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魔法使いは奇跡の外に  作者: 陰日向日陰
第1章 魔法使いの弟子編
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第5話 冒険者

 冒険者と言っても、全員が全員あちこちを旅しているわけではない。

 元は冒険の神アリューティシルを信奉する者たちが、かの神の在り方(・・・)に感銘を受け、それを継ごうとしたのが始まりである。


 なお、アリューティシルを狂信している一部の信徒にとっては崇高なる主神の猿真似をしていると感じるようで、かなりいい顔をされない。


 ――などという話をグラシゥスに尋ねて教えてもらいながら、ルレアはグラシゥスの用事のために冒険者協会に向かっていた。


「ちなみに冒険者『協会』なのは、折り合いが悪かった昔の名残で、信仰の中心だった『教会』から文字ったとされている」

「そんな子供の口喧嘩みたいな……」

「まあ今では一部の狂信者以外はそんなに仲悪くないし、なんなら信仰が広まるからって理由ですっかり仲良くしてたりもする」

「そんな現金な……」


 そんなものだよ、と世間知らずの村娘――この場合は元村娘なのだろうか? ――に笑うグラシゥス。魔法にしか興味のなかったウァイスト同様、その信者も勢力闘争には興味も関係も薄いらしい。


 協会は城下町の東の外れに位置している。規模は地域最大――全世界でも有数――で、この地域の協会支部の統括も担っているのだという。

 城下町の外れの方にあるのは、冒険者の活動場所は基本的に町の外だから城門に近いと諸々都合がいいからだそう。


 その協会に着いて、あまり関わってこなかった類の人たちとその多さにおののきながら、ルレアはグラシゥスの後について中に入った。


「えっと、じゃあグレイスさんの用事が終わるまで端の方で待っていますね」


 中もそれなりの人で賑わっていて、併設されている酒屋ではまだ昼間なのに酒を呷っている集団すら見かけた。机上には空になった木製のジョッキが山になっている。


 言いながら、ルレアがどうにか避難しようとルレアがロビーの中で比較的空いている場所を探しているとグラシゥスが不思議そうに言う。


「え? ルレアさんも来るんだよ」

「でも、ここの報告は魔物の報告で、私は別に行かなくてもいいんじゃ……」

「そっちじゃなくて、働き口不安がってたでしょ。紹介するって言ったのはここだよ。冒険者協会」

「……へ?」

「じゃあ行こうか。僕が報告してる間に登録済ませておいてね。先に終わったら好きなところで待っててくれていいから」


 話についていけない。

 冒険者という職業に対して色眼鏡で見ているわけではないが、それでも、世間一般では、高位の冒険者でない限り荒くれ者が多いという評判のはずだ。少なくともルレアはそう教わった。

 時には人と人との命のやり取りまでする職業で、それは当然、多少は荒っぽくても気が強い方がいいに決まっている。それはルレアにも分かる。


 だがここに自分が入るとなると話が変わる。


 困惑しているうちにグラシゥスに連れられて受付まで来てしまった。

 受付嬢がにこやかに言う。


「花車の意匠に」

「花車の意匠に。先日連絡したグラシゥスです」

「魔物の件ですね、承っております。それでは奥へご案内いたします」

「それから、彼女の冒険者登録もお願いします」

「かしこまりました」


 ルレアのことはほっぽって話が進んでしまう。

 受付嬢はカウンターの下をがさごそと探して、書類とペンを取り出した。


「こちらに記入をお願いしたいのですが、読み書きはできますか?」

「あ、はい、できます」

「では、ここで書いて待っていてください。戻ってきたら登録の続きをしますので」


 受付嬢は机の上の『受付中』の表示を『離席中』に変えた。

 こちらへ、と促されてグラシゥスは協会の奥へと行ってしまった。


 ただでさえもういない知り合いが皆無になってしまって、取り敢えず、心細さを紛らわすために渡された用紙に記入をすることにする。


 要項は名前と種族、信仰、特技、経歴、それから希望役職でご丁寧にも具体例までつけられていた。


 名前『アンティルレア・プレナ』

 種族『徒人サピエンス

 信仰『魔法の神 ウァイスト』

 特技『魔法』

 経歴『なし』


 希望役職――これは与えられた欄に丸をつければいいらしい。選択肢は八つ。ありがたいことに簡単な説明もついている。


 闘士、素手や短剣で戦う者。

 剣士、剣で戦う者。

 戦士、槍や斧などの長物で戦う者。

 斥候、斥候任務を担う者。

 射手、弓などの遠距離武器で戦う者。

 法士、魔法や奇跡ヴェラートを扱う者。

 神官、特に対象に益のある魔法や奇跡ヴェラートを扱う者。

 呪士、特に対象に害のある魔法や奇跡ヴェラートを扱う者。


 奇跡ヴェラートとは、神の祝福(ヴェナレディアート)という正式名称の通り神から与えられる祝福のことで、その恩恵は多岐に渡る。身体能力強化のような単純だけれど強力なものから、ものを引っ張る程度しかない効果のものまで。

 全貌は明らかにされておらず、かつての先祖ができていたが今では失われてしまった能力の先祖返りが奇跡ヴェラートとして表れるような珍しい例や、効果も何も分からない奇跡ヴェラートなんかも存在している。


 なんていうのは一般常識だが、ルレアにとってはさして重要ではない。身体能力強化もものを引き寄せるのも、万象の再現は魔法で事足りる。


 はてさて、ルレアは奇跡ヴェラートをさして使わないが、魔法の傾向からして選ぶのは法士でいいだろう。何かあれば変えることもできるらしいし。


 一通り書き終えた後、もう一度上から読み直してみたり裏に何か書かれていないか確認したりして、それも終わってしまって手持ち無沙汰になった。


 何気なしにロビーを見渡してみる。


 なんというか、やはり異国感がある。ルレアには縁遠い格好をした人ばかりで、おそらく、それぞれの役職に応じた格好をしているらしいことは分かった。

 中には複数人で似通ったデザインの服装をしている人たちもいて、儀式の時に村の女性みんなで着替えるようなものかな、なんて思ったり。ただ、それはどうやら少数派だ。


 そんなことを思っている間に、先刻対応してくれた受付嬢が戻ってきた。

 机上の表示を『受付中』に戻す。


「おまたせしました。書けましたか?」

「一応は」


 ルレアがペンと一緒に記入済みの用紙を渡すと、受付嬢はにこやかに受け取った。


「ありがとうございます。では、大切なことの説明や細かいところの確認をしていきますね」

「はい」


 ここまで来たら逃げられない。

 もし性に合わなかったら登録だけして仕事を請け負わなければいいかと腹を括った。


「基本的には、七級から一級までの七段階で評価しています。基準は、実力、経験、人格、実績を基本として、様々な要素を総合的に判断しています」


 放任主義なだけあって人格へのこだわりが強いらしく、たとえ実力があっても昇格できない場合があったり規定違反時の罰則が厳しかったりするそう。


 ただし、例外が『超級制度』。

 国家規模、世界規模の実力を持つ者は超級に分類され、そこまでの実力であれば人格に難ありでも昇格可能だそうだ。


「とはいえ、超級はあまり一般的な事例ではありませんから頭の片隅に入れておいていただければと」

「私は七級からスタートですよね?」

「はい。最下級の魔物と危なげなく戦えるようになることが六級への昇格の基準です。それまでは魔物との戦闘依頼は受けられません。町中での依頼を中心にこなしてくださいね」


 それから、と受付嬢はカウンター下から冊子を取り出した。彼女の指先がなぞる表紙には『冒険者協会規則』と書かれている。


「こちらに色々と書かれていますので、困った時には参考にしてみてください」

「結構厚いですね」

「そうですね。でも、規則が厳しいわけではありません。基本的には法を守り良心に従い、各々の判断で動いてもらって構いません。これはちょっとした補助みたいなものです」


 受け取ってぱらぱらめくってみると、確かに、規則は前半数ページのみで、その後ろには厳罰が課された実例を中心に載っていた。


「ただし規則は、基本的には『頻繁に起こりうるトラブルに巻き込まれないためのもの』ですから、一通り読んでおくことをおすすめします」


 治安が悪いところの冒険者はここの比じゃないくらい荒いですよと笑いながら軽くとんでもないことを言われた。行きたくない。


 協会規則には他にも、初心者のうちには陥りやすいミスの対処や冒険者活動のコツ、おすすめの野営料理なんかも載っていて、規則本というよりは指南書や教科書に近そうだった。

 どちらもルレアは読んだことがないが。


 携帯の義務はないが、なにぶん中身が有益なため持ち歩く人も多いのだそう。


「依頼はあちらの掲示板に張り出されているものを受付で受注してください。具体的なやり方などはやってみて覚えるのがいいと思いますので、後で簡単な依頼をひとつ受けてみることをおすすめします」

「分かりました。そうしてみます」

「協会の各種設備の説明や催し事の告知は向こうの連絡板に掲載されるので、たまには確認してみてくださいね」


 受付嬢が依頼掲示板とは逆側を示しながら言う。

 たしかに大きいなとは思っていたが、冒険者協会とは依頼の仲介だけでなく様々な施設も併設されているらしい。


「次は詳細登録に入ります。種族は徒人サピエンスで間違いありませんか? もし配慮が必要な場合は仰っていただければと思います」

「間違いないです」


 世の中には少し違った姿形の人々がいるようで、ルレアは会ったことがないが、そういった人たちは人口が最も多い徒人サピエンスから迫害されることも珍しくはないらしい。

 見たことがないからなんとも言えないが、ルレアにはあまり関係がないだろう。


「魔法の神ウァイストの信仰者ということですが、他の神々への忌避感や嫌悪感などはありますか?」

「いえ、主神は人それぞれですから」


 神々の中には仲の悪かった人たちもいたようで、その影響でいがみ合っている宗教もあるらしい。

 ウァイストは全く関心がなかったし、ルレアも興味はない。


「魔法はどちらで?」

「村で魔法が盛んだったので、両親や村の人に教えてもらっていました。基本的に使うのは生活魔法ですが、戦うのもできなくはない……はず、です」

「それで法士志望なんですね。他にできることなどはありますか?」

「えっと、一応、剣の素振りはしていたのですが、それはどうなんでしょう?」


 なにしろ自身の丈の四倍はあろうという長帯を、地面に触れないように振るのだ。体の使い方やコツ云々の前に、そもそも筋力がないと話にならない。

 加えて、舞は元々剣舞だったから動きを覚えるのに剣を振るうことがままあった。割愛するが信仰にも関係があるし、何かと剣は身近だった気がする。


 しかし、剣を振っていたとはいえ剣術を扱えるわけではない――村の人のほとんどがそうだった――から、そう考えると特別人に言うようなことでもない気もする。


 ルレアの言葉に、受付嬢はペンを顎に当てて軽く考える素振りをする。


「主に魔法を使うということでしたら法士でいいとは思いますが、中には剣士と兼ねる人もいますからね。最終的には本人の好みになります」

「そういうこともできるんですか?」

「ええ。この役職というのも、パーティーを組みやすくするための目安ですから。固定パーティーで活動している方は適当な場合も結構ありますよ。いくつかの役職に当てはまる方にはどれが一番自分のスタイルに近いかで選んでもらっています」

「なら法士でお願いします」

「かしこまりました。他には何か質問などありますか?」

「いえ、大丈夫です」


 首を横に振ったルレアを見て、最後にもう一度書面を流し読んだ受付嬢は、ペンと紙をそれぞれしまうと緩く微笑んだ。


「ありがとうございました。以上で登録は終わりです。後日、識別票が作られますが、受付に来た時についでに渡しますので、識別票を受け取るまではこの協会を利用してください」

「識別票?」

「身元確認や有事の際の識別に用いられるものです。詳しいことは現物をお見せしながら、お渡しする時にまたしますね」


 なんでも、刻印する内容が決まっているから専門の人に頼んでからできあがるまでに数日かかるらしい。

 それまではこの城下町に残っていなければならないようだが、それなら、多少は見慣れたこの町でさえ慣れないルレアにはいらない心配だ。


 村の外こわい。この町以外はもっとこわい。


「分かりました」

「それでは、花車の意匠の祝福が、幸多き旅にありますように」


 聞きなれない言葉に一瞬戸惑う。

 が、そういえば村で、グラシゥスがそんなような言葉を言っていたのを思い出した。村ではみんなが同じ挨拶をしていたから慣れないルレアである。


 記憶の奥から前に誰かに教えてもらったマナーを掘り返してくる。


 ――えっと、確かこういう時は。


「浴後に湯けむりに佇む。魔法は万象に帰す」


 よし、できた。

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