第4話 思い出の味のオムライス
「これで手続きは全て終了となります。お疲れ様でした。……亡くなった方々に、親愛なるガイラアルの眼差しが届きますように」
「魔法は万象に帰す」
ルレアとグラシゥスは朝一番で近隣の城下町に来ていた。廃村になってしまったことの報告と魔物の群れについての情報提供のためである。
ルレアの村はどうやら町でもそれなりに有名だったらしく、廃村になったなら報告した方がいい、とのグラシゥスの助言に従った形だ。
昨日は夜がすっかり更けるまで舞い続け、気がついたら朝だった。気力体力ともに限界だったらしい。儀式が終わると同時に倒れるように眠ったとグラシゥスから聞いた。
寝床は彼が用意してくれたお陰で、何もなくなった村のど真ん中で寝たのにも関わらず、寝起きの気分は悪くなかった。
もしかしたら、ウァイストがみんなの魂と一緒に、自分の悲しみまで持っていったのでは、なんて妄想もしてみたり。
朝早くに村を出たにも関わらず、報告まで終えるともうすっかりお昼時を過ぎてしまっていた。それはお腹も空くはずである。
対応してくれた女性の鎮魂の言葉にもはや自分以外に言う人の知らない祈りで返して、ルレアは役所を後にした。
グラシゥスの方はこういうことに慣れているようで、また比較的よくある魔物群れの報告ということもあってさっさと終わらせていた。
それでも念の為にと同席してくれていて、その彼が、町の人の多さにまだ慣れないルレアに尋ねる。
「お腹空いた?」
「そうですね。でも、グレイスさんの方でやることがまだあるなら、そっちを先に終わらせてからで大丈夫です」
「急ぎじゃないから、先に何か食べようか」
「分かりました。この町には詳しいんですか?」
「前住んでた時があったから多少はね。けど美味しい店を知ってるわけじゃないし、ルレアさんのおすすめがあるならそこがいいな」
「ここに来ると毎回決まって行くお店があります」
「よし、決まりだ」
両親の行きつけだったお店だ。
他の大都市がどうなのかはルレアには分からないが、この町の治安は、昼間の大通りは比較的いいと思う。ただ、夜には出歩かないよう言われていたし、少し裏手に入っただけでも空気がガラッと変わるから、手放しに良いとは言えない。
ルレアの言っているお店は当然というか大通りに面している。
値段や客層、店の雰囲気なんかからして、おそらくは大衆食堂に近いのだろう。この辺りの人にとっては気軽に来られる店のひとつに違いない。
だが、城下町になんて滅多に来ないルレアにとっては、その店は出先に行くと毎回食べられる、特別感のある美味しい食事処であった。
店はお昼時ということもあって繁盛していて、けれどなんとか二人席に案内してもらえる。
メニュー表は各席に備え付けられていて、自分はいいからとグラシゥスに譲る。あまり来られないお店ということもあって、ルレアが頼むものはいつも決まっていた。
「私はオムライスにするので、メニュー表はグレイスさんが見てください」
「おすすめの料理はある?」
「ここはデミグラスソースが美味しいので、ハンバーグとかオムライスとか、ソースをかけられるメニューがいいと思います」
「なら、ルレアさんと同じのにしようかな」
店員を呼んで、デミグラスオムライスを二人前注文する。飲み物はどうかと聞かれて、慌てて、ルレアは紅茶を、グラシゥスはコーヒーを頼んだ。
オーダーを取った店員が席を離れていって、ルレアは息をついた。
「すっかり忘れてました。こういう時、普通は飲み物も頼むんですよね」
「僕も久しく外食してなかったから忘れてたよ」
「お家でも持っているんですか?」
冒険者というのは、各地を転々として依頼を受けているものだと思っていたのだけれど。
かなり腕の立つ魔法使いだから持ち家のひとつ、それもそれなりに大きなものでもありそうだと思ったルレアだったが、当人からの返事は否だった。
「最近はほとんど野宿だったから、そこら辺のもので自炊だね」
「そこらへんの……」
ルレアも自然が近い生活を送ってはいたものの、毒のある草や生き物も珍しくはないため、両親からそこら辺のものを取ってくるのは禁止されていた。
一応、そういうものを見分ける魔法もあるにはあるし毒消しの魔法も覚えているが、子供の頃から躾られた慣習はなかなか変えられるものではない。今でもそこら辺のものを採って食べるのにはうっすらと忌避感がある。
しかし、そもそも今は家なき子だ。
実家の金庫には両親による強固な保護魔法がかけられていて――それは知っていたが――、どうやら各々の家でそれは同様のようだった。跡形もなく家々が消えた村に、それだけ散在していた金庫を見て驚いた。
申し訳ないとは思ったが、こちらも命がかかっているのでしっかり回収させてもらった。お陰でしばらくは飢え死にせずに暮らせそうである。
とはいえ、仕事は見つけないといけない。
もし仕事が見つかる前に、あるいは見つかっても家計がちゃんと周り始める前に、手持ちが尽きてしまったら終わりだ。
そしたらそこら辺の草でも食べなければならない。
そういえば、目の前の魔法使いは前にここに住んでいたことがあるそうじゃないかと思い出す。
ダメ元で聞いてみる。
「グレイスさん」
「ん?」
「ここら辺でいい仕事知りませんか?」
「知ってるよ」
「あるんですか!」
まさかの即答に目を輝かせる。
「性に合うかは分からないから、紹介はするけど自分で決めてね」
「でも、食い扶持があるだけで違いますから」
安堵の吐息そのままにルレアが言うのに、グラシゥスは緩く笑ってそうだねと応じた。
しばらくして、店員がオムライスを二人前とお盆に載せた飲み物を持ってきてくれる。
小さい頃からずっと不思議だが、あの腕に載せるやつはどうやっているのだろうか。
店員がオムライスと飲み物をテーブルに置いてくれるのに合わせて各々軽く礼を言う。
決まったわけではないが、一から自分で職探しをするハメにはならずに済みそうなルレアは、先刻までよりよほど晴れやかな気持ちでオムライスに向かった。
食べ始める前に一言。
「浴後に湯けむりに佇む。魔法は万象に帰す」
「花車の意匠に」
スプーンで一口ほどに区切って、端に余った卵とデミグラスソースでご飯を包むようにして食べる。柔らかい卵の食感が口の中に広がる。
――美味しい。
そうだ、こんな味だったと思い出しながらさらに一口、もう一口と食べ進める。
真ん中の方は、端の部分よりも気持ち厚めだ。ご飯の上から落ちないように慎重に、それでいて素早く口の中に入れる。
特製のデミグラスソースといい、この卵といい、記憶の中にあるまんまの美味しさだった。
無心で食べるルレアをグラシゥスは微笑んで見守る。
グラシゥスなりに彼女が食べ慣れているであろう料理を心がけて作っていたつもりだが、それでも食べたことのある味には叶わない。
――やっと一息つけたようでよかった。
彼女を助けてから今まで、休まる暇もなかった。
グラシゥスは一人でなんでも処理するのに慣れているし、魔物の殲滅も役所への報告も、全滅した住人の弔いもやった回数は少なくない。
だがこの少女は違う。
親の庇護下にいた中で突然に野原に放り出されて、右も左も分からないまま、とにかく、目の前のことを順次終わらせなければならなかった。
本当は、ここらで一人くらい安心できる人と一緒にいさせて、心休まる場所で思いっきり羽を伸ばさせてあげるべきなのだろうけれど。
こんな、どこの馬の骨とも知れない魔法使い相手じゃそれも無理だろうなと。当の魔法使いはオムライスを食べながら申し訳なく思う。
せめて、彼女がまた飛び立てるまで、自分にできることはやってあげよう。
花車の意匠の祝福が、幸多き旅にありますように。
グラシゥスはオムライスをソースまで綺麗に完食して、美味しかったしまた来ようかなと思いながら久しぶりに飲むコーヒーに口をつけた。
――にがっ。




