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魔法使いは奇跡の外に  作者: 陰日向日陰
第1章 魔法使いの弟子編
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第3話 宝石葬

 宝石葬。


 何やら聞き覚えの全くない単語のせいで、ルレアの脳はそれの適切な意味を理解できなかった。

 宝石というのは、母親がアクセサリーとしていくらか持っていたあの綺麗な石のことであろう。葬は葬式の意だろうが、それがどう関係するのか。

 まさか、宝石に遺体を詰めるわけにもいかないし。というか大きさからして入らないし。


 グラシゥスはそれを知ってか知らずか、続けて彼女に尋ねる。


「ルレアさん、ご両親の遺体だけどさ、もし肌身離さず持ち運べるとしたらどうする?」

「え……? それは……骨を残して火葬して、ということでしょうか?」


 一応、ルレアの村では火葬が主だ。といっても、魔法による高火力で骨も残らず焼いてしまうが、まあ、火葬の部類だろう。たぶん。

 ともかく、そのせいで火葬で骨が残るイメージはないが、そういうものもあるらしい。だから、もしかしてそうやって骨を残すのかとも思ったが。


 ルレアの問いにグラシゥスは首を横に振った。


「ううん。人の遺体から成分を抽出して宝石を作り出す魔法があってね、それで作った宝石をアクセサリーにできたらいいんじゃないかと思って」


 なんだそれは。聞いたことがない。


 とは言っても、いち村娘のルレアの見聞など高が知れている。同い年で学校に通っている子や、あるいは研究者という職種の人には、及ぶべくもない。


 グラシゥス曰く、ある宝石もとい鉱物を構成する物質を人体から強引に抽出する――学識の神の信徒の考案したそれで、物質を構成する最小単位レベルでこねくり回すらしい――魔法があり、それを用いて遺体を直接宝石に変えてしまうことができるのだそうだ。


 遺体を魔法でいじくりまわされる不快感と、見知らぬ魔法使いにやられる抵抗感はあるかもね、とその魔法使いは付け加える。


「グレーゾーンな気はするけど、君のことをご両親が見守っていてくれるように宝石葬を執り行ってしまったから遺体は残せなかった。だから他の人たちと同じように遺品を――っていうのはどうかな?」


 その言葉に、世界から大切な人がことごとくいなくなってしまった少女は、震える声で問う。


「お父さんと、お母さんと、一緒にいられるんですか?」

「そうだね」


 それに、青年は自負を以って応じた。

 彼が今まで培ってきた魔法への自負を以って。


 その端的な返事にルレアは顔をはね上げた。好転などできようはずもない現状において、ほんの少しだけルレアの心に光が差し込んだ。


 もしそれが叶うなら、まだ折れずにいられる。

 まだ、がんばれる。


 自然と零れる涙は知らないふりをして、一度深く息を吸ってから確と言う。


「お願いします」


 プレナの家系は、そうでなくても『魔法使い』たちは、先祖代々魔法信仰を継いできた者たちだ。

 そんな人間が、死んだ後に魔法で弔ってもらえるというのなら拒むはずがない。とりわけ、あれだけ魔法を愛していた両親が。


 それで愛娘を見守ることのできるのであればなおのこと。


「分かった。じゃあ僕は宝石葬の準備をしておくから、そっちの用意が終わったら声かけて。……儀式は広場のところかな?」

「そうですね、いつもあそこですから」

「了解」

「ありがとうございます」


 村の中心にある広場の方に向かう魔法使いの背中を見送って、ルレアはルレアで儀式の準備のために家の中に入る。

 いつもしまっていた衣類棚の中から何の変哲もない儀式道具を一式見つけ出して、壊されていなくてよかったな、と息をついた。


 世間一般で執り行われている儀式というものは、元を辿ると儀式魔法に行き着く。人間の魔力では到底足りないような魔法を、ある神へ信仰心と儀式を送ることによりその神の力を借りて実現する。

 それが儀式魔法だ。

 そのために多く用いられるのが魔法陣で、これは文字や記号を用いて描かれた、魔法を引き起こせる円陣や方陣を指す。


 小規模なものであれば、一室に小さな魔法陣を描き、その中に術者が入って魔法を行使する場合が多いが、それが集落全体を挙げての儀式である場合、集落それ自体が魔法陣となるように設計して道を作り、家を建てる。

 この村も同様だ。複数の儀式魔法が行使時に互いを邪魔することのないよう組まれた複雑な魔法陣を基にして村が作られている。

 だから儀式魔法を行うのは村の中心の広場でなければならない。


 村では、女性は儀式のために物心ついたころから舞の練習をするのがならわしだ。

 もちろん、ルレアもその例に漏れず。


 まずは昨日から着っぱなしの服を脱ぐ。

 今更になってその事実を思い出して、臭くなかったかな、と服のにおいを嗅いだりした。もちろん分からなかった。


 激しい動きはしていないとはいえ村をぐるっと回ったから、汗をかいていてはいけないと思って魔法で全身を清める。汗をかいたり大泣きしたり歩いて回ったりで、思ったより不快感は高かったらしい。すっきりした。


 もう帰ってこないからと衣装棚の中の服やら肌着やら、必要なものをいくつか袋に放り込む。金目のものは――気にしなくて大丈夫か。


 その衣装棚の最奥にしまってある舞衣まいぎぬ。白地に清らかな青で紋様があしらってある。舞う時間が長いからと、体の負担を減らすように薄く軽く織られていて、それでいて清艶な装飾のための大小のレース。

 すっかり着慣れた舞衣に身を包むと、身長の数倍ある長い細帯を体に巻き付けるように締め、端を結わえたら服の準備は完了だ。靴もそのためのものに履き替えて、脱いだものは魔法で軽く綺麗にしてから服と同様に袋に詰める。


 と、そこで思い出した。

 両親の血肉が散乱している部屋に向かう。


 部屋に飾ってあった写真立て。大きくなったからと少し前に撮り直した家族三人の揃った写真だ。壊されずに済んだようだ。


「……頼めばペンダント作ってもらえるかな」


 宝石葬で両親を弔ったとして、それを肌身離さずみにつけるにはアクセサリーが必要だ。

 両親ともに装飾品などはあまり身に着けないタチで、母が宝石のついたものを少し持っている以外は聞いたことがないから、作ってもらった方がいいような気がしている。

 作ってもらうなら、ペンダントにして外に宝石、中に写真を入れられたら良い。


 じゃあ材料はどうしようかと考えて、そういえば、使うことはついぞなかったが、結婚記念に銀食器を買ったという話を思い出す。

 キッチンの食器棚を見てみると、奥の奥に入っていた。よし。


 使っても怒られはしないだろうし、怒ってくれるならその方がいい。だって、また二人の声が聞けるから。


 そういえば。

 他の人の貴金属類はどうしようか。さすがに、いなくなってしまったとはいえ知り合いの家で家探しして金策、というのは憚られる。


 ――まあ、なんとかなるか。


 自分の荷物と二人分の銀食器と写真を持って、ルレアは家を後にした。


 もう、この家は、思い出の中にしか残らない。


 最後に一度目に焼き付けてから、くるりと村の中央の広場に足を向けた。


 中央広場に行くとグラシゥスが魔法陣を書き終えたところのようだ。こちらの持っているものを見て不思議そうにしている。


「お待たせしました」

「こっちも今終わったところ。それは?」

「ペンダントを作ってもらえないかなと」

「んー……じゃあ、錆びないように保護魔法をかけておこう。宝石葬が終わったら食器と写真を加工してペンダントを作るから、それを受け取ってそのまま儀式始めてくれる?」

「分かりました。よろしくお願いします」


 ちょっと待っててと言われ、グラシゥスがぱぱっと魔法陣に描き足した二箇所それぞれに、銀食器と、写真立てから抜き取った写真を置く。


 なんてことのないようにやっているが、そも、村自体が巨大な魔法陣として機能している上で、それを阻害しないように内側に魔法陣を組んでいる魔法使いのその所業に、ルレア驚きを隠せなかった。

 長老たちと肩を並べられたとしてもおかしくないくらいの卓越した魔法使いだ。


 ――村人を皆殺しにした人喰いを全滅させられているのだから、それもそうか。


 魔法陣の影響が及ばない唯一の場所に荷物を詰めた袋を置いた。今まで散々、使う機会なんてないだろうと幼馴染みたちと揶揄してきた、こういう時のためだけに作られた箇所だ。


 使いたくはなかった。


 魔法陣の中心に置かれた両親の遺体を取り囲むように、魔法陣から光が発される。強烈すぎる光に目が眩むようだった。

 光は遺体を包み込んだまま宙へと浮き、光の束が幾重いくえにも重なって、次第に収縮していくと――そこには、一欠片ひとかけの宝石がぽつりと残っていた。


 続いて、銀食器と写真が光る。

 同様に光の束で大切に包まれたそれらは、光が収まった頃には形をすっかり変えていた。


 銀製のロケットペンダントに宝石がはめられ、中に切り取られた写真がしまわれた。まるでルレアを待っているかのようにふよふよと浮いている。


 少女はそれにいざなわれて魔法陣の中に入った。

 彼女を歓迎するが如く魔法陣がぱっと光って散る。


 ペンダントは少女の首にかけられ、優しく彼女の肌に馴染んだ。


 石畳を数度踏みしめる。

 深呼吸。


「湯けむりに佇む魔法の神よ、ここにて祈り上げる」


 ルレアは締めていた帯を解き、抜剣よろしく振り抜いた。大きく腕を回すのに合わせて、帯は体にぐるりと巻き付くようにたなびく。

 解放された数多の層を成す二色のレースが風を孕んではためいた。


 儀式として舞うのは初めてだ。

 だが、十数年、ずっと練習してきた。


 ほとんど毎日。

 幼馴染みみんなで揃って。

 ここで。


 祝詞は自然と口から出てくる。諳んじられるように何度も読んだ。

 舞は体が覚えている。慣れるまで数え切れないほど繰り返してきた。


 決して、このためにやってきたわけではない。

 緊張したら励ましあって、ちゃんとできたら褒めあって。そうやって、次の代の子たちに教えるまでみんなでやっていくつもりだった。


 こんな、ひとりでやるつもりなんてなかった。


 頭を使っていないから、ぽっかり空いたところにはいつでも思い出したいような、けれど思い出したら辛いに決まっていることばかりが入ってくる。


 毎日顔を合わせた村の人たちとした他愛もない話。

 物心ついた頃には仲の良かった幼馴染みたちと遊んだ時の村と森の景色。

 慶弔の時には村中むらじゅうでどんちゃん騒ぎしたお祭り。


 両親との夕飯時。


 村を囲う結界が張られる。ルレアの魔力では到底足りない規模の魔法で、それは、儀式魔法によってウァイストから助力を得られた証左だ。


 ――そして、村全体が燃え上がった。


 結界内部が業火に包まれる。自然発火ではない。魔法の火だ。

 現世に残る魂、魔力、肉体、全てをしがらみから解き放ち、湯浴み終わりに魔法を極めたかつての魔法使いのもとへ送り出す炎。


 だが、思ったよりも勢いが強い。結界から溢れんばかりに燃えたぎっている。

 ……もしかすると、みんなの分の魔力が、魂のようなものが、飛び散らないでまだこの辺りに留まっていたのかもしれない。


 ――ああ、そうだといいな。せめて、ものを言わなくなったとしても、この舞を、みんなが見てくれていたらいいな。


 燃え上がる炎の中で、少女はひとり踊り続けた。


 こぼれた涙をそうとは知らずに。


 思い出だけになった景色を、永遠にその中に閉じ込める魔法を。

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