第2話 村の惨状
朝食を食べ終えたルレアは、村を一通り見て回ることにした。
いかに悲惨でも、ルレア自身の目できちんと確かめたかった。
誰もいなくなったとしても、人喰いに荒らされても、ここは自分の故郷だから。
そして、自分はこの村に住んでいた、唯一の生き残りだから。
「私はこれから村の様子を見て回りますが、グレイスさんはどうするんですか?」
魔法で料理道具や食器を手早く片付けたあと、自分の家の中を見終わったルレアは尋ねる。彼はどうやら放浪の身のようだし、あまり引き止めてしまってはいい気もしないだろう。
ちなみに、唯一遺体が残っていたらしいというだけあって、自宅の被害はそこまで酷くはなかった。
リビングでは両親の血肉の破片が飛び散っていて、それは悲惨な状態だったが、そこ以外は扉が粉砕されているくらいで、荒らされた様子もない。
唯一、ルレアが隠れていたベッドだけはへし折られたため――そして恐らくは彼女を寝かせるため――、母親のそれに替えられていたが。
「アンティルレアさんさえよければ一緒に見て回ろうかな。万が一見落としがあるといけないから」
「ルレアでいいです」
自分だけ愛称で呼ぶのもどうかと思い、命の恩人なら構わないだろうとルレアはそう言った。その恩人は穏やかに笑った。
ひとまず、近いところから。
隣に住んでいたのは同い年の幼馴染みだ。隣と言っても畑をいくつも間に挟んでいてあまり隣人という距離でもなかったが、幼い頃から一緒によく遊び、舞の練習の日には毎回揃って広場へ行き、帰路は毎日のように一緒だった。
幼馴染みの家の玄関の扉は、自宅の部屋のそれと同じように粉砕されて破片しか残っていない。人喰いの化け物には扉という概念がないらしい。
こちらの惨状はルレアの家とは様子が違っていた。
まず、血はリビングの床壁天井に散々飛び散っていて、肉はどこにも残っていない。ところどころ血が拭われたように見えるのは、肉をかき集める時にそうなったのだとなんとなく理解できた。
自宅の様子を見た時にグラシゥスから保護魔法を施してもらっていてよかったと思った。人喰いの侵攻してきた側から遠く被害の少なかったであろう二軒でさえこの有り様なのでは。
ただ、リビングの血の量から考えて、そこで喰われたのは二人のはずだ――などという思考と、もしかしたら生き残りがという希望は、次の部屋を見て全て打ち砕かれた。
幼馴染みの部屋だ。血肉が飛散している。
こちらはまだ肉の破片が残っていた。かと言って、それを集めて葬式をやろうという気にはならない。惨すぎる。絶対、集めている最中に気分が悪くなる。
他の部屋も一通り見たが、結局、やはり誰もいなかった。人喰いも、生き残りも。
「大丈夫?」
一歩後ろを歩いているグラシゥスが心配そうに声をかける。本人にそのつもりは毛頭なかったが、ルレアは傍から見ていてもはっきり分かるくらいに顔色が悪かった。
見ていて気持ちのいい光景ではないのに加えて、それが知り合いの成れの果てなのだから当然と言えば当然だが。
ルレアは酷い様相で、それでも気丈に振る舞う。
「大丈夫です。気分は最悪ですが、精神は鍛えてますので。……魔法は心に由来しますから」
「休み休みでいいよ。襲ってきた魔物の群れは全滅させたし、近隣の警戒もしてる。食料も十二分にある。急ぐ理由はなにもない」
「何から何までありがとうございます」
「君には恩があるからね」
はて、昔に会ったことでもあるのだろうかとルレアは頭の片隅で思う。見たところグラシゥスの方が年上――とはいえ、魔法使いは往々にして年齢不詳だ――のようだが、村の外の人間でそのくらいの歳の知り合いはいなかったはずだ。
当のグラシゥスにはそんなルレアの疑問を察してか、機会があったら教えるよとはぐらかされた。そう言われると余計に気になる。
幼馴染みの家族三人に祈りを捧げて、二人は家を後にした。
他の家を見て回ると、この二軒は特に被害が少なかったことがよく分かった。
幼馴染み宅を最後に、生存者がどうという話ですらなく、遺体どころか肉の破片でさえ見つからない家ばかりだった。
逃げた先で喰われたのだろう広場の微かな血痕と、喰い足りなかったのかそれを舐めとったらしい石畳の上の痕。喰い物を探して家中を破壊して回ったと思われる残骸、人喰いに抵抗した魔法の痕跡と、そこにあるはずの人喰いの骸までも喰い荒らされた様子。
グラシゥスが来た時点では人喰いは残っていたはずだから、共食いしたのもあるだろうが、いくらかは彼が片付けてくれたのだろう。
火災が起こっておらず、村の建物の全てが原型を留めていたのは幸いだった。魔法信仰が盛んなこの村では火は魔法でつけるものであり、家には強固な対魔法防御魔法が施されている。
それも人喰い相手には無力だったが。
それなりに大きな村ではあったが、全員顔見知りだったからどこに誰が住んでいたかはルレアの頭の中に入っている。そして、恐らくはその人数と被害から見て取れる死者数は同数であった。
一通り見て回り、ルレアとグラシゥスはルレアの家まで戻ってきた。家の中は血まみれなので外だ。
「明日、近くの町まで行って報告とか色々としようと思ってるけどルレアさんはどうする?」
「私も行きます」
「キツかったら僕の方でやっておくから、無理はしなくていいよ」
「無理は……してますが、それは別にいいんです。生きてさえいれば、生きていけますから」
むしろ、ぼんやりしている時間が長ければ長いほどかつての幸せな時間を思い出してはないてしまうだろう。そちらの方が辛い。
そんなことより、と本人以外にはそんなことと切って捨てられないような体調のルレアが言う。
「明日町に行くなら、今日中にお葬式はやってしまいたいのですが、いいですか?」
「いいけど……遺体はほとんど残ってないのに?」
「肉体的なものというよりは、信仰的なものです」
魔法を極められなかった者たちが、魔法を極めた者による加護を得られるようにと。そういう魔法儀式を行う必要がある。
本来であれば村を挙げての一大行事として執り行うものだが、そこまでの時間と労力をかけている場合ではないし、そもそもあの規模は半分、大人たちがどんちゃん騒ぎする口実である。
娯楽の少ない村で暮らしているのだから、息抜きはそれくらいしかない。
だから、今回は簡易的なもので構わないだろう。
それに、今回のは特に例外で、儀式では村を丸ごと弔う必要があるが、まあ、それはいい。その場合の話はルレアも教えられて知っているし、儀式全体の魔法が高度になるだけで、ルレアには影響がない。練習通りにやればいい。
とはいえ、今回に限ってはどうしようか決め兼ねることもあった。
遺体がないことについては問題ではない。魔物の生息域に比較的近い場所で暮らしているため死んでも体が戻ってこないことは稀にある。その時は、故人が生前に大切にしていたものを遺体の代わりとして葬式を行う。そういうものだ。
しかし、今回は中途半端にも――ルレアからするといくばくかの救いでもあるが――、彼女の両親のそれだけは辛うじて残っている。
遺体が残っている場合はそれは何よりも丁重に扱われるべきであり、他者の代替品である遺品などと同等に扱ってはいけないのが村の習慣だ。
これでは、遺体の残った両親のそれだけは別に行う必要が出てきてしまう。
どうしたものか。
それについては考えを巡らせながら、それはそれとしてちょっと確認しておきたいことをグラシゥスに尋ねる。
「グレイスさん、もし、私が今から村を燃やしたら怒りますか?」
「まったく。ここの村の住人は今やルレアさんだけだから、村のしきたりがあるならそれに則ればいいよ。……森に延焼したら話は別だけどね」
となると、懸念すべきことはひとつだ。
ルレアのその考え込む様子を不思議に思ってか、グラシゥスから声がかかる。
「何か問題でも?」
「あ、その、信仰上の理由で――」
懸念点を説明すると、彼も少し考える素振りをする。特に用意するものもないから、二回やっても時間がかかってルレアが疲れるというだけで、自分としてはやってしまって構わないのだけれど……。
と、グラシゥスが何かに思い至ったようだ。
ルレアの視線の先でぽつりと漏らす。
「宝石葬」




