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魔法使いは奇跡の外に  作者: 陰日向日陰
第1章 魔法使いの弟子編
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第24話 アーラ

 庭を一面覆っている芝生。

 踏みしめると柔らかい感触が返ってくる。石畳とは全く違うが、そもそもルレアは村娘だ。土にも草にも慣れている。


 服は、儀式の時でもない限り舞の練習は私服でやっていたから支障はない。靴も同様。ヒールの高さが同じなら大丈夫。


 問題は。


 店内と庭との出入口の横にある長机の上に並べられた剣に杖に小道具。その一角を占めている、渦を巻くようにして置かれた剣。


 アーラ。


 三人が譲ってくれたから、最初はルレアの試し振りからすることになった。アーラの他にも悪くないと思った短剣をいくつか。質はどれも変わらずよかったから、選定基準は見た目だ。

 気に入った順にやるといいとグラシゥスに言われて、まずはアーラの試し振りをやることにした。

 切るのはきっとできないだろうから、振るところからだ。


 長机に近づいて、アーラの柄に手をかける。


「じゃあ、やります」


 刀身が地面につかないように魔法で宙に浮かせながらゆっくりと引き抜く。自身の倍以上はあろうかというアーラを体の周りに侍らせながら、庭の真ん中の辺りに移動した。

 もう一度踏みしめる。問題はない。

 最後に、深呼吸。


 ――よし。


 魔法を解いた。


 重力に従って落ちていく刀身をしならせて逆らわせる。いつもより数段鋭く風を切る音が鳴る。


 自身の数倍ある刀身を、それも曲がる剣をどうやって扱うかという話だが、前者だけならともかく、後者も含めてならルレアには考えがあった。

 舞だ。

 細帯と剣――布と金属では感覚など全く違うだろうが、振れるという点では相違ない。それに、ウァイストへの舞はルレアにとっては魔法の次に時間を割いてきたことだから、それなりに自信もあった。


 果たして、――やはり、全く違う。


 舞えないわけではない。剣は一度も地面に触れていないし、ステップも完璧に踏めている。呼吸も、それほど乱れることはない。

 けれど、軽いといえど金属に変わりはなく、これだけ長ければ相応に重い。振るのに腕全体を大きく使わないと、手首だけだと壊れそうになる。

 それに何より、普段と違うのは柄だ。

 柄は当然曲げられないから、その分だけ感覚がずれる。その微調整も、ステップを踏み、剣を振りながらしなければならない。


 舞でこんなに必死になったのは久しぶりだった。

 今までと違うことが重なって、ステップを踏むのにすら注意を払わなければならないほどに。


 それでも一区切り、ルレアたちが『一番』と呼ぶ舞まではやり切った。


 このまま二番を――と思ったところで、不意に剣が軽くなる。


「そこまで」


 割って入ったのはグラシゥスだ。剣が浮いて、落とさないようにする必要がなくなったと分かるとルレアは無意識のうちに張っていた気が緩んでそのまま芝生にへたりこんだ。

 剣を鞘に戻しながらグラシゥスが、そろそろ慣れた中央諸島の魔法をルレアにかけてくれる。


「すみません」

「無理しすぎ。今までの経験値でなんとかやりくりしてたみたいだけど、振り方からなってないね。それだと体を壊すよ」

「ですよね……なんとなくいけるかなって思ったんですけど」


 フィリたちに場を譲りながら店側の庭の端に退避する。グラシゥスが作ってくれた椅子に腰掛ける。彼もその隣に座った。

 代わって、庭を二分したそれぞれの真ん中辺りに、フィリとエマ、ルーシーが自分の選んだ武器を持って陣取る。グラシゥスが作った簡易な置き場所にそれらを置いて試し切りを始めた。


「もし続けるなら、まずはアーラを振り慣れること。舞とか実戦とか、応用的なのはその後ね」

「……いいんですか?」


 ルレアが実際にやった感覚だと本当にこれで戦えるのかという気になってしまったので、グラシゥスの言葉が意外で聞き返す。

 師匠はなんのことはないように肩を竦めた。


「もし気に入ったなら是非はないよ。僕の魔法運用だと隠れることと守ることは得意だけど、それに比べて攻撃は一段劣るからね。そこを剣で補うのはありだ」

「でも、新しくこれをやり始めるより魔法で戦えるようになった方が早くないですか?」

「ルレアが超級になりたいとかじゃなければ、そんなに早く強くなったところで大して意味はないよ。基本的に戦う相手は等級次第だからね」


 賊に襲われるだとか、依頼の等級割り振りミスだとか、そういう事態が起こらない限りは戦う相手は等級相応かそれ以下だ。失敗する可能性を下げるために、そもそも依頼の割り振りは実力相応より少し簡単になっている。


 それに、とグラシゥス。


「今の君の実力なら五級か四級の依頼くらいは問題ないだろうし」

「え、は、はい? 四級って中堅ですよね? さすがに無理ですよ」

「まだ戦闘依頼を受けたことないから分からないだけだよ。そもそも、魔法をそれだけ使えるなら三級にいてもおかしくない」

「いやいやいや、グラシゥスさんより下手ですから三級はないですって。過大評価しすぎです」

「僕はその三級の魔法使いとパーティーを組んでたんだから分かるよ」


 そう言われてしまうと、返す言葉がなかった。

 ルレアには魔法の巧拙は分かるが、冒険者としての力量はてんで分からない。だから、自分の力量が判断できても冒険者としての適正等級は目星がつかない。


 とはいえ、そう言われたからこそ、ルレアとしてはむしろ気になってしまうことがある。


「じゃあ、どうしてひと月も戦闘依頼受けさせてくれなかったんですか?」

「理由はいくつかあるけど、六級に上がると色々と都合が悪いからっていうのが一番大きいかな」


 七級と六級の差は、戦闘依頼の受領ができるか否かだ。ただそれだけだが、六級になると町の外での依頼を受けられるようになる。

 人間というのはできるのにそれをしない者へ当たりが強くなるもので、そうなってしまうと町の中の依頼だけを受け続けるというのは外聞があまりよろしくない。

 だが、町の外の依頼は一般的に一泊が基本である。前泊後泊は人によるが、行ったその日に帰るというのは珍しいタイプだ。ルレアは慣れていないのだから、なおさら一晩野宿なりしてから帰るようだろう。

 そうなると、鍛錬に割ける時間が減る。


 また、七級に長くいる――町の中での依頼をこなし続けるということは、すなわち町の人と関わる時間が長くなることに等しい。根を張るところのないルレアには少しでも町の人と親しくなって、安心できる場所を増やしてほしかった。

 実力があるのに七級に居座り続けるのもあまり好まれはしないが、師匠が頑なに許してくれないという言い訳があれば矛先はその師匠に向くだろう。それなら他人からのルレアへの心象はそこまで悪くならない。


 理由としてはこの辺りだが、あまり言っても恩着せがましく聞こえるだろうからグラシゥスはいくつか抜粋してルレアに伝えた。


 ちなみに。


「前に町の南の森の薬草採りの依頼受けたと思うけど、あれはルレアが町の外出身で数週間前までそこに住んでたから例外だっただけね。本当はダメ」

「知ってます。受付でしつこく言われましたから」

「魔物が一匹でもいたらとにかく逃げろって?」

「はい。あの森は子供の頃からよく遊びに出るんですけどね」


 ルレアは受付嬢の口酸っぱい忠告を思い出して苦笑した。グラシゥスも思い当たる節があるのか似たような表情を浮かべている。


「言うこと聞かない新人って一定数いるからね。そういう子たちが少なくとも死なないように、命に関わることはみんなうるさくなるんだよ」


 冒険者にしては珍しく、と言われてルレアは小さく吹き出した。確かに、あの冒険者たちがみんなして真剣な顔で言ってくるのだから滅多なことだ。


「おい、グレイス」


 ルレアがそろそろ回復してきた頃合いで丁度、そう彼を呼んで顔を覗かせたのは店番をしなければならないからと店内に残っていたグブラだ。ひらひらさせているのは六通の手紙で、全て丁寧に封がしてある。

 呼ばれたグラシゥスは魔法で手紙を自分のところまで飛ばす。


「上から、鍛冶師、研師、鍔師、柄師、鞘師、金工師だ。その紹介状を見せりゃ優遇してくれる。買ったらそれぞれ回って好きなように誂えてもらえ」


 長机に置かれた刀剣類を見ながらルレアは首を傾げる。目利きに自信がある訳ではないが、魔法で調べればある程度の善し悪しはつく。

 グラシゥスに基準を教わったりしてそれなりに理解したつもりだが、それで言えばそんなに色んなところに行く必要があるようには思えなかった。


「このままではダメなんですか?」

「ダメってこたぁねぇが、まず状態が完璧じゃねぇからな。本職に見てもらった方がいい。それに所詮は汎用品だ。せっかくなら自分好みにした方が気分もいいし、使い勝手もいい。その分金はかかるが、師匠が出してくれるって言ってんだから気にせずこだわれ」


 フィリとルーシーが向こうでうんうんと頷いて、武器の類はまるで素人のルレアとエマはそういうものなのかと思うことにした。


 特に、とグブラがルレアを見やる。


「アーラは基本的に鞘にしまわねぇ。これは長いし行商人が持ち歩くからって一応入れてあるが、鞘とは言えねぇただの入れもんだ。もし鞘に入れるなら、いいやつ作ってもらえよ」

「いえ、あの、まだこれを買うと決めた訳では……」

「そうか? まあ好きなの選べ。そっちの三人も」


 グブラはグラシゥスにちらと視線をやってから、フィリとエマ、ルーシーの方に顔を向けた。


「気に入ったのに言い訳つけて諦めたら、あとで後悔するからな」

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