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魔法使いは奇跡の外に  作者: 陰日向日陰
第1章 魔法使いの弟子編
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第25話 得物選び

「なんでわざわざ渡しにきたんだろうね」


 四人の中で最初に何を買うかを決めたエマが、庭の端で椅子から足をぷらぷらさせながら言う。

 先刻ルレアに合わせて作ったので、エマには少し高い。大体どこの椅子もそんなんなのでエマは気にならないが。


 グブラが渡しにきた紹介状は、今は机の上にある。その手紙の手前に置かれたティーカップに紅茶を注いで、エマはどぼどぼ角砂糖を入れた。

 入れすぎると叱られるので、(エマ基準で)少しだけ。


「ルレアとエマが悩みすぎないようにと、あの二人がこだわりすぎないようにだろうね」


 かれこれ小一時間剣を振り続けているあの二人を見ながら苦笑気味にグラシゥスが答えた。


 初心者は使いやすさと装飾の間で悩むことがままある。普段はそれで間違いないのだが、今回に限っては使いやすさ最優先にした方がいいというそれとないアドバイスだろう。

 それから、剣に慣れ親しんだ者は概してこだわりも強く選ぶのに時間がかかることから、ほどほどにしとけよと遠回しに言っている。この後行く場所が六ヶ所あると分かれば、多少なりとも早く選ぶものだ。


 まあ、比較対象が悪いとこうなるが。


 ルレアはルレアで、アーラを買うかどうかと、短剣をどれにするかを迷っている。こちらはたまに振るくらいであまり試し振りという感じではない。多分見た目で決めかねているのだろう。

 女の子が見た目に気を使うというのは、エマは当事者だし、グラシゥスもそのくらいは知っている。


 ルレアの前にある机の端で渦を巻いている剣を見てエマが尋ねる。


「ルレアちゃんはあれ使うなら短剣いらないんじゃないの?」

「あそこまで長いと閉所じゃ使いにくいからね。念のためにあった方がいい」

「あー、確かに。森の中とかでも木邪魔だしね」


 そう言っていると、ルレアが二択で迷っていた短剣をどちらにするか決めたらしく、アーラと短剣を持って二人のところへ来た。


「お待たせしました。これでお願いします」

「分かった。あの二人が終わるまで待ってて。それまでなら何回変えてもいいから」

「はい。ありがとうございます」


 机を増築してそこに剣を置かせて、グラシゥスは自分の椅子をルレアに譲る。自分は少し離れたところに新しく作ったもう一脚に座った。


 グラシゥスが取り出したティーカップに、礼を言いながら紅茶を注ぐ。角砂糖はひとつだけ。


「エマは決めるの早かったね」

「剣のことはなんにも分かんないから。フィリが選んだのなら間違いないしそれでいーやって」

「今まではほとんど触ったことないの?」

「ないねー。神殿じゃ剣なんて使わなかったし、冒険者になってからは買ってる余裕なかったから」


 これも、これもとエマは自分の着ている服と机に立てかけてある杖を示す。


「全部神殿にいた時から使ってるんだ。服は繕えるし杖はめったに壊れないから。逆に、フィリの剣とかルーの小物は一回依頼に出たらメンテナンスしないとだから、お金はそっちに回してるの」


 だからね、とエマは、振っては唸り振っては首を捻っているフィリとルーシーを優しい、神官らしい表情で眺めながら言う。


「ああやってお金気にしないで武器選んでる二人見てると嬉しくて」

「楽しそうだもんね」

「うん! ありがとうね、グレイスさん」

「どういたしまして。あと、刃の消耗なら少しはやりようがあるから教えようか?」

「ほんと! すっごく助かる!」


 どこからともなく闇色に染まった大ぶりの短剣を取り出した。

 ルレアが短剣の細部にまで索識魔法を施すのを確認すると、グラシゥスが表面に細工をし始める。

 刃が光を吸っているような色なこともあって、見た目では全く分からない。けれど、このひと月弱、しつこいくらいグラシゥスに鍛えられたルレアには手に取るように分かった。


「メッキ、ですか?」

「大体正解。同じ金属だから厳密にはメッキとは違うんだけど、その認識で大丈夫」


 一人だけ何も分からないエマが頭上にはてなを浮かばせながら首を傾げて戻らない。


「表面になにかしたの?」

「刃の表面の構造を一枚だけ追加する魔法だよ。こうしておくと刃が損耗しにくい」

「さらっと言ってますけど、相変わらずやってることおかしいですからね」


 魔法の動きからして、剣を形作っている鋼の構造を転写しているようだが、そこまで緻密に再現するのはとてもではないがルレアには無理だ。

 あるいは、こういうところが式さえ立てられれば魔法を使える立式主義と、想像さえできれば魔法が使える想像主義の違いなのかもしれない。


 説明はしたが、グラシゥスの魔法運用を教わっていなければルレアでも分かったか怪しいくらいの細かい作業なので、当然というか俗に言う『魔法』に親しみ出したばかりのエマでは分からないだろう。

 今度はグラシゥスが自身の短剣に分かりやすく鋼色のメッキをかけて、それでエマも納得がいったようだった。


 だが、それはそれとして疑問は残る。

 手慰みに魔法を使うような、すっかり馴染んでいるルレアならともなく。


「わたしたちじゃこんな魔法は使えないよ?」

「そこで理論魔法の出番だからね」


 魔法式を立てられさえすれば使える理論魔法。

 必然、刻印と相性がいい。


 俗に信仰魔法などと呼ばれる類の魔法は、元はといえばそちらが魔法の源流なのだから当然刻印の類の魔法はある――例を挙げると中央諸島の魔法に顕著だ――が、理論魔法はその他の魔法と比べても特に相性が良かった。

 魔法式をその魔法を発動させたいものに刻んでおけば、魔力を流した時に自動で発動する。あるいは、条件だけつけて先んじて魔力を込めておけば、条件を満たすだけで一定の効果が得られる。


 今回でいえば鞘だ。

 納めるたびに膜が剣身を覆うから、刃こぼれや汚れの心配なく剣を振るえる。


「鞘を作ってもらったあとで言ってくれれば彫るよ」

「おおー! ……あれ、でもそれなら新しく剣作っちゃえるんじゃない?」


 剣の構造を模倣する、というのであれば。


 エマの指摘はご尤もで、自身もかつて抱いたその疑問に答えるべく、グラシゥスは再び魔法を使った。

 自分の短剣の構造はよく知っている。今回は、その構造を皮膜として転写するのではなく純粋な剣の形に変えていくと――。


「はい、完成」

「……成功じゃないの?」


 そこには、グラシゥスの得物そっくりの、闇色の短剣ができあがった。

 少なくとも、エマにはそれのどこがいけないのか分からない。が、ルレアはどうも違うようだ。訝しげな声音で言う。


「構造だけ見たら成立してるんですけど、こう、上辺だけなぞったみたいな、なんか違和感があります」

「これが魔法の限界だね。鍛治の神の恩恵を受けられなかった武器防具は質が比べるまでもないくらいに悪くなる。一層重ねるのが精一杯だ」


 これまた唯一、武器の質なんて知ったことではないエマが取り残される。

 試しにつついてみたらそこから粉々に崩れ落ちた。


「わっ」

「触ったらこうなる。もうちょっと真面目にやれば多少はマシになるけど、結局大して使えないから大差ないね」

「表面だけなら大丈夫なんだよね?」


 武器の強度や頑丈さは、自身と、それ以上に自分の大切な人の命に直結する問題だ。問うたエマにグラシゥスは自信を持って頷いた。

 今まで作ってきた数多の魔法にかけて。


「問題ない。ひと月に一回くらいは専門家に見てもらった方がいいけど、無茶な使い方をしない限りは保証するよ」

「なら、うん、わたしはいいと思う! ……って言っても、フィリとルーにも聞かないと分かんないけど」


 エマにとってはお金が節約できるくらいにしか思っていないが、あそこまで真剣に選んでいる二人にとっては重大な決断だと思うから。


 その、悩んでいたうちの片方の声。


「私はいいと思うよ。正直、多少雑な使い方ができた方がやれること増えるし」

「あ、ルー、決まった?」

「うん。これでお願い」


 色々と悩んでいた武器たちを丸ごと抱えたルーシーが差し出したのは、鍔のない、短剣と長剣の間くらいの長さの片刃の緩い曲剣だった。

 だからエマは小首を傾げた。ルーシーが今使っている短剣の、二、三倍の刀身だ。


「こんなに長いのでいいの?」

「ちゃんと戦うならこのくらいは欲しいからね。今使ってる短剣は万能用にする」


 どちらかといえば、だいたい何にでも使える短剣を戦闘用としていたのでそちらが本来の用途だ。頑丈なのはいいのだが切れ味はよくないから、工夫はしていたとはいえ結構大変だった。

 その点、この剣ならよく切れそうだ。

 我ながらいいものを選んだなと、片刃の鋭く光るのを見てルーシーは思う。


 グラシゥスが追加で椅子と机を作って、武器類をそこに置いてルーシーは席に着いた。

 ティーカップとお茶菓子がさらに出てくる。


 目をきらきらさせながらエマが覗き込む。


「食べていいの?」

「どうぞ」

「やったー!」


 エマが食べ始めたのを合図にルーシーもつまみ出して、ルレアもそれに倣いながら聞いてみる。


「なんでいつも何かしら出てくるんですか」

「癖みたいなものかな」

「でも、グレイスさんはほとんど食べないですよね」

「そんなに好きなわけじゃないからね」


 そう言いながら、今日は珍しくひとつ取った。食べると、なんとも言えない表情でコーヒーに口をつける。


「美味しいんだけど、僕が知ってるお菓子ってどれも甘すぎるんだよ」

「あれってわざと選んでたんじゃないんですか? てっきり疲労回復とかそういうのだとばかり」

「全然。そもそもお菓子に詳しくないから、知ってる店のを順番に選んでただけ」

「なら今度どこか行きませんか? 町の人に聞けば、そんなに甘くなくて美味しいお店、教えてくれるでしょうから」


 グラシゥスは少し驚いた表情をして、エマはなんか嬉しそうな表情をしてルーシーに咎められている。


 そこ、視界の外だからって安心してそうだけど、私の知覚範囲は視覚じゃなくて索識魔法のそれだからね。


 対して返事は、飲み干したらしいカップに新しくコーヒーを注ぎながら。


「そうだね、昇級祝いにでも遊びに行こうか」

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