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魔法使いは奇跡の外に  作者: 陰日向日陰
第1章 魔法使いの弟子編
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第19話 雑貨店

 女性に詰め寄られてルレアは半歩体を引く。


 なんだ、この人は。

 敵意はなさそうだが、村にこんな人はいなかったはずだ。出稼ぎに行っていた人の知り合いか?


 少し警戒心を高めたルレアに気づいたか、こほん、と女性は咳払いして距離を取った。


「失礼、興奮してしまった。……少し昔のことになるが、店のことであの村には少しお世話になったことがあってね」

「そうなんですか。珍しいですね」

「村の人間は村にいるから知らないと思うが、あの村はこの町では結構有名なんだ」


 女性がカウンターに戻る。

 席を促されて、依頼のことと金魚鉢のことが頭をよぎったが、故郷の話には代えられなかった。

 ルレアは女性の正面の椅子に座る。


「ウァイストの魔法の神という認識はもはや学識の神に取って代わられて久しいが、南方の森には村があってそこには多くの『魔法使い』が住んでいるというのは町の人間なら多くの人が知っている」

「交流がなかったので、てっきり誰も知らないものだと思っていました」


 ルレアの言葉に女性は苦笑する。


「正直に言うと、あまりメリットがないから誰もしたがらないんだよ。民族魔法は現代の立式主義と相性が悪いから」

「そうですね。魔法を使うのになぜそんなに回りくどい方法を使うのか、よく分かりません」

「こちらからすると、なんで魔法式もなしに自在に魔法を使えるのか不思議だけどね」


 女性がルレアと相対する意見を口にしながら肩をすくめる。


 それは、グラシゥスとのやり取りの中で何となく察していた。

 理論魔法は元の姿とは似ても似つかず、すっかり別物へと進化してしまった。立式主義、あるいは想像主義の使い手が互いの技術を身につけるのは至難の業だろう。


 けれども、立式主義のグラシゥスの方が想像主義のルレアより魔法においては上回っているのも事実だ。どちらが上だとかどちらが優れているとか、そういう話は無意味である。

 どちらにしろ、神の真似事ができるという点では変わらないのだから。


 実際、ウァイストは魔法を極めようとするなら、どんな手段方法であっても――当然、彼女の美学に反しない限り――関係なく同志だと考えていた。

 彼女の後を追うルレアも同様に。


「けど、私にとっては有益なこともあったんだ。精神魔法は立式主義と相性が悪いから」

「そうなんですか? 別にこちらとも相性がいいとは思いませんが」


 いくつかあった、使える者の限られる魔法の代表例だ。ルレアでもまだ完璧に扱える自信はない。

 女性が尋ねる。


「何人くらいいたんだ?」

「子供の半分は全く使えませんでしたね」

「……だから君のところの村に行ったんだよ」


 不思議そうにしているルレアに女性は呆れたような、思い出すような表情を浮かべた。


 そう、あの村はそういうところだ。こと魔法において平均値も最大値も、それ以外の統計的な値も軒並み極端に優れていて、対外的な関係に乏しいためそれを普通だと思っている。


 精神に干渉する魔法は極めて魔法式が煩雑でありそらで立式できる人がほとんどいないため、立式主義の精神魔法は世界にほとんど使い手の例がない。

 それが想像主義に寄ると数が増え、千人に一人いるかどうか、という程度まで跳ね上がる。


 しかしその統計のほとんどが、一部の神の信徒――信仰魔法では魔法式を取り入れているところの方が少ないため必然的に想像主義に分類される――であって、一般性には欠けている。


 この少女がいい例だ。


「ですが、他の魔法ならほとんどが全員扱えました。大人にしか使えない変な魔法だって文句言ってる子も結構いたんですよ」

「ほう? 詳しく聞かせてくれないか、村に行った時は子供と関わるのを断られてしまってね」

「……サピマの信徒ならある程度は優遇されていると思いますが」


 己悦きえつの神サピマ。ウァイストと特に仲の良かった十二神の一角で、ルレアの知っている数少ない神様のうちの一柱だ。村の人はみんな、その十二神の信徒には少なからず親しみを覚えていた。

 あとは例えば、スタンデュリアも十二神に含まれている。エマに対してルレアが警戒度を低くしていた理由である。


 女性はルレアの言葉に肩をすくめた。


「だろうね。だからこそ魔法の研究に付き合ってくれたんだろうさ」

「所詮はサピマの信徒でも外の人ですし、そこの線引きははっきりしていたみたいですね」


 排他的なわけではないが、必要もないのに子供を危険な目に遭わせるような真似はしないというのが村の習慣だ。


 村でのことを思い出す。

 同世代の子供みんなで集まって、村の人に魔法を聞いて回って、家の中は暴発防止に制限がかけられているからと、広場に集まって魔法を試して。


 平和だった。


 そして、普通だった。それでよかった。


「特別なことはありませんよ。ただ、ちょっと魔法が使えるだけで」

「子供が精神魔法を使えない理由とかに心当たりは?」

「小さい頃は人の気持ちなんて考えてませんでしたから、それが理由なんじゃないですかね。私たちは想像できないことは魔法にできませんから」

「なるほど、そこで繋がるのか」


 カウンターの上にあったペン立てから取ったペンで小さな紙切れに殴り書きする。

 わざわざ熱心にメモしているところ申し訳ないが、ルレアは勘違いされたらたまらないので一応注釈を入れる。


「あくまで私の考えです。正しいかは分かりません」

「中にいる人の意見なんだ。外の私たちとは乖離があるし、それこそが研究に役立つものだよ」


 ――そういうものなんだろうか。


 研究というものの概念を、最近グラシゥスから教えてもらって理解したてのルレアには分からない。

 どうやら、ルレアにとっての魔法と似たようなものがある人もいるらしい、というくらいの認識だ。


 女性が考え事を初めて手持ち無沙汰になったルレアは何の気なしに店の中を見回した。

 魔力の感じられる物品が多い。魔法が妨害されていたのは恐らくこれらのせいだろう。人が制御しているわけではないから無秩序に魔法が入り乱れている。こういうところでは魔法が使いにくい。

 果たして、何を集めているのだか。


 ルレアの様子を認めた店主が尋ねる。


「売り物が気になるかい?」

「いえ。魔法を極めるのに必要のない物なので」

「ウァイストの信徒は相変わらずだね。村に行った時にも同じようなことを言われたよ」


 女性は緩く苦笑した。

 走らせていたメモ書きを止めて、よっこいしょ、と重厚そうな椅子から立ち上がる。


 手近な棚にある鉱石を手に取ってルレアに見せてきた。


「こういう自然物も趣味じゃない?」


 渡されて受け取る。


 魔力が――というより魔法が、石の中に渦巻いている。奇妙な感覚だ。

 小さい頃に初めて魔法式を見た時と同じ感じ。


「好き嫌いというより不思議な感じですね。生きていないものが魔法を使っているので」

「好き嫌いで言うと?」

「嫌うほどではありませんが、特別好きでもないですね。お金を払って買いたいとは思いません」


 それこそ先刻の例で言えば、ルレアには金魚鉢の方がよっぽど好きだ。

 言いながら返すと、女性は少し残念そうだ。


「ふむ……やっぱりダメか。一般人にこういうものを売ると危険だから販路開拓したかったんだけど、おあずけかな」

「販路開拓……冒険者は?」


 ルレアの言葉に、商品を棚に戻している女性は瞬いた。考える間が空いた後に、ああ、と合点がいったようで。


「そうか、君はまだ出てきたばかりだから知らないのか。低級冒険者のほとんどは一般人と変わらないよ」

「そうなんですか?」

「すごく悪い言い方をすれば、所詮は日雇いにすぎないからね。高級になれば何かしらの技術を持っているだろうが、低級ではひよこもいいとこだ」


 ……その考えはなかった。


 確かに、自分もそうだが、グラシゥスからの受け売りはあっても自分で磨いた技術というものは大してない。

 冒険者協会という大きな組織に属しているからといって、それは本人の技量や力量の保証にはならない。自分の力だと誤認してはいけない。


 と、改めて気を締め直したルレアに女性が半ば呆れた様子で言う。


「勘違いしないでほしいが、君はそれに当てはまらないからね」


 ――そうなのだろうか。


 こっちに、と女性に手招きされる。店の奥に何かあるらしい。


 店内も大概だったが、奥の恐らくは居住スペースと兼用しているのであろう部屋はとっ散らかっていた。

 雑に扱われている様子はないが、本人以外には――あるいは本人にも――どこに何があるのか分からないような置かれ方だ。


 その間を縫うようにして女性が奥へと入っていく。

 ルレアも踏まないように頑張ってついていく。


 一室の開かれた扉の前で女性が立ち止まった。


「多分ここだね」

「何かあるんですか?」

「さっき、村に行ったことがあると言ったろう? 私の専門は精神魔法で、その研究のために行ったのだから当然メモは残っている」


 しかも、とウィンクを飛ばしてくる。


「私がほぼ完全に立式主義者だったのと、主神がサピマだったが幸いしてね、村の大人から彼らの魔法を教えてもらえた」

「本当ですか!? 今すぐに買います! いくら出せばいいですか、言い値で買いますから明日にでも――」

「待て待て、早とちりしすぎだ」


 女性は両肩を掴んで必死に迫ってくるルレアをなんとか宥める。


 小さい頃から魔法の探究を怠らないウァイストの信徒は、概して年齢を重ねるほどにその魔法は洗練されていく。

 さらには個々人で好きな魔法があり、それには独自の解釈を加えるなどして自由に改良している。


 その魔法は大っぴらに人に教えていいものではないが、村の人たちに気に入ってもらえたのと、知ったところでどうせ使えないということで彼女は特別に教えてもらった。


 そして、年齢を初めとするある一定の条件を満たすと子供は大人からそれらを教えてもらう――らしいのだが、もしかしたら、と思ったら案の定だった。


 この子は、それらの魔法を教えてもらっていない。


「言っただろう、私は想像主義者じゃないから使えないんだ。そんなものを、恩のある村の人間に売りつけるつもりはない。……そうだな。今日中にここの整理整頓の依頼を出しておくから、明日それを受注してまた来るといい。報酬としてあげよう」

「……いいんですか? 村の人が外の人に魔法を教えるなんてことほとんどありませんし、大切な人のものなんじゃ……」


 話を聞いて事の重大さを察したようだ。

 遠慮がちになっているルレアに女性は微笑む。


 大切な人のもの、と君が言うのなら。


「私よりも彼らを大切に思っている人がいるんだから、あれはその人(きみ)が持っているべきだよ」

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