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魔法使いは奇跡の外に  作者: 陰日向日陰
第1章 魔法使いの弟子編
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第18話 金魚鉢

「あら、ルレアちゃんこんにちは。今日もお仕事?」

「はい。調味料売ってるお店ってどこにあるか分かりますか?」

「ええ。通りをまっすぐ行って、掃除道具を売っているお店の角を曲がってしばらくするとあるわよ」

「ありがとうございます、助かります」

「いいえー。頑張ってね」


 初依頼から今日で十日と数日。

 そろそろ冒険者としての活動にも慣れてきた。


 受付嬢から聞いていた通りどうやら今の時期に七級の冒険者はほとんどいないようで、張り出されていた七級の依頼はほぼ全てルレア一人でやっている状況だった。


 掃除をしたり、迷子のペットを探したり、おつかいをしたり。そういうことをしていたら町の人と顔見知りになるのも当然だ。活動場所が町中ばかりなのだから。


 けれどもまだ町に明るくはなくて、こうして道を尋ねることが多いのも理由の一つかもしれない。


 鮮魚店のおばちゃんに見送られて通りを行く。


「おう、嬢ちゃん、こないだは掃除手伝ってくれてありがとな」

「あ、おねーちゃん! 見てみて! マロンって洗うときれいな色してるでしょ!」

「ルレアちゃん、美味しいチーズが入ったから今度買いに来なね」

「あ、あの、アンティルレアさん、薬草ありがとうございました、またよろしくお願いします」

「魔法使いのおねーちゃんだ! こんにちは!」


 最近では、区画に一人は知り合いがいる。

 そしてその人たちにも近所づきあいがあるおかげで、間接的にでもルレアのことを知っている人が鼠算的に増えていっている。

 もちろん、ルレアにとっては喜ばしいことだ。

 実力がついたのに人望がなくて昇級できないなどということになってはたまらない。


 焦る依頼でもない――依頼主も最近のルレアの町での様子は見知ったところなのだろう、ゆっくりでいいと言ってくれている――ので、一人ひとりと都度井戸端会議をしながら町を歩く。

 話し込んでいるとどこからともなくやってきた知り合いの知り合いに誘われて、好意に甘えてそっちの方についていく。

 そこで話し込んでいると、また別の顔見知りが現れる。ついていく。

 子供にはひっぱられていく。


 ……気づいたら変なところまで来ていた。


 見覚えのある町並み――計画整備されているため大抵の場所が似通っている――だが、見える範囲にある店に見覚えがない。

 どこかに知っている店がないかとルレアがきょろきょろしていると、ガラス製品を扱っているらしい店が目に入った。表に商品が並べられている。


 ――金魚鉢が売っている店ならば、ルレアが見落とすはずも忘れるはずもない。が、見覚えはない。


 目に止まってしまったから、ルレアは引き寄せられるようにふらふらと立ち寄る。

 並んだガラスの商品の中で、一際まるまるとしている、純粋に透明なガラスだけで作られた金魚鉢に目が吸い込まれた。


「きれい……」

「そちらがお好みですか」


 店番をしているらしい若くて爽やかな青年が言ってきた。


「近くに湖と海がそれぞれあって、ここら辺では観賞用に魚を買う人も多いんです」

「魚を見るのにはこういう透明な方がいいですよね。こっちの模様が刻まれてる方も素敵ですけど」


 ルレアは模様を刻んで赤青緑と美しい色味が差し込まれている商品を見ながら言う。

 ガラス模様を通して棚に揺らいでいる光まで含めて綺麗だ。


「そっちは、大きいのは花瓶、小さいのはグラスなどによく使われますね。何かお探しですか?」

「少し立寄っただけで、これといって探してるものはないんですけど……でも、この鉢は素敵ですね」

「ありがとうございます。うちの家内が作ったものでして、難しい形はまだ作れないから、できる限り丁寧に作っていると言ってました」

「いいと思います」


 店の奥でものを作って、手前で商品を売っているようだ。

 奥で作業している二人うち、女性の片方がそうなのだろう。これだけ綺麗な形の鉢を作れる人にはぜひ頑張ってほしい。


 買いたい衝動と、でも今は仕事中だしという葛藤との間でルレアが唸っていると青年は穏やかに言う。


「最近噂になっている冒険者の方ですよね」

「あ、はい。アンティルレア・プレナといいます。七級の冒険者です」


 挨拶をしてからぺこりと頭を下げる。


 自己紹介してから、あれ、と内心小首を傾げた。

 こちらの方に来たことがないということは、この辺りで活動したことはないはずなのだが。

 そんなに噂というのは広まるものなのだろうか。


「僕は体が弱くて、薬屋でよく薬をもらっているんです。そこの店主から」

「ああ! そういうことでしたか」

「ありがとうございました。お陰さまでだいぶ良くなりました」

「それはよかったです。またご入用であれば協会の方にご依頼ください」


 ルレアは板についてきた爽やかで人当たりの良い営業用スマイルで協会の宣伝も忘れない。


 逆に青年の方もルレアに嬉しい申し出をしてくれる。


「薬草のお礼に、よければ少しサービスしますよ」

「いえいえ! そんな、とんでもないです。普通の値段で買います。……ただ、今仕事中なのでこれを持ち運ぶのはちょっと……」


 鉢の大きさはルレアの顔と同じくらいだろうか。

 ガラス製であれば割らないように気をつけないといけないし、結構かさばる。

 収納魔法は、グラシゥスから教えてもらいはしたがまだ使い慣れていない。できればもう少し適当なもので練習してから使うようにしたい。


 せっかくサービスすると言ってくれたのに、買っていけなくて申し訳なかった。


 青年が少し考えてから口を開く。


「なら、取り置きしましょうか?」

「とりおき?」

「はい。五日間くらいならアンティルレアさんが買いにいらっしゃるまで店で取っておきますよ」

「ほんとですか!」


 そんな売り方があるのか。

 ルレアは思わずテンションが上がってしまって、ひとつ咳払いをして落ち着く。


「えっと、じゃあ仕事が終わったら買いに来ますので、それまでお願いします」

「分かりました。値段は銀貨五枚ですから、忘れずにお持ちくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 ――迷惑にならないように早く終わらせないと。


 魔法を広げて、恐らくそっちだと思われる方に足を向けた。

 最短距離で行くために、少し細い道に踏み入る。


 城下町の区画は整っているが、それでも間には細い裏路地が生じざるを得ない。

 建築に詳しかった村のおじさんに聞いたことがある。建物同士の間があまりにも狭いといけないから、少しは空けなくてはならないのだと。


 それに、こういう細道は通り慣れている。


 ――通り慣れているはずだった。


「あれ、ここどこだろう……?」


 なぜか裏路地から表に出られない。

 周りを見回しても、一軒、怪しい気配のする看板が出ているだけで他は暗い。


 魔法を広げる。


「……邪魔されてる。けどこれは」


 大荒れの天気の中では魔力を精密に読み取れない。その感覚に近かった。

 誰かに狙われているわけではなさそう――もちろんその心当たりもない――で、とりあえず先刻目についた店の扉を叩くことにした。


 ドアベルが薄暗い店内に鳴った。


「んぁ? お客さん? 美しく生きられんことをー」


 ……美しく生きているようには見えなかった。


 店奥のカウンターで何やらいじっている店主であろう人物が、ルレアを認めて手をひらひらとさせた。

 ここ十数日で聞いたことのない挨拶――多分、いのごとであるはずだ――に、少し困惑の間が空いてからルレアも返す。


「魔法は万象に帰す。この辺りの道についてお尋ねしたいんですけど……」

「……ん?」


 ルレアの言葉に店主が反応する。

 持っていた道具をテーブルに置いて、少々不気味な雰囲気に気圧されているルレアのもとまで来る。


 中性的な女性だった。

 外見だけでは男性だと言われても違和感を抱けそうにない。


 ルレアの全身をじろじろと見て問う。


「私の主神はサピマなんだけど、君、主神は?」

「魔法の神ウァイストですけど……」


 主神に興味があるなんて珍しいなとルレアが思っていると、女性にいきなり肩を掴まれた。

 興奮気味に言う。


「やっぱり! ウァイストの信徒ってことは……あそこの村の生き残りか!」

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