第16話 識別票
ルレアが初依頼を終えて協会に戻ると、運のいいことに登録した時に対応してくれた受付嬢のカウンターが空いていた。
同い年くらいの少女が穏やかに微笑んで出迎えてくれる。
「花車の意匠に」
「魔法は万象に帰す」
受注した時にもらった紙をルレアが渡すと、受付嬢は受け取って、カウンター下から取り出した用紙に何やら記入をする。
しながら口を開いた。
「お疲れさまです。初依頼はどうでしたか?」
「ちょっと疲れましたね」
「初めてのお仕事ですからね。特に今回のような肉体労働を伴う依頼だと、皆さん疲労困憊になって帰ってこられますよ」
「私は魔法でずるしちゃったんですけどね……」
あははとルレアが笑うと、受付嬢は穏やかに首を振った。
「魔法使いの方の中でも特に早いと思いますよ。お昼すぎに帰ってくる方が多いので」
「なら、きっと師匠のおかげですね」
「お師匠さんができたんですか?」
「はい。グレイスさんに教えてもらってます」
その言葉に受付嬢は合点がいったようだ。
ルレアにはなぜ受付嬢がにこやかに笑っているのか分からないが、彼女は声量を下げて言う。
「あの人、すごい人なんですよ」
それ以上は、と少女は口に人差し指でばってんをした。
なんでも、守秘義務があるから無闇に等級などを口外するのは厳禁らしい。冒険者では隠している人の方が少ないとはいえ、協会職員は中立であるべきだと。
ルレアとしてはそれもそうかと思う一方で、グラシゥスなら知られたところで問題にならなそうだな、とも思った。
受付嬢が少し羨ましそうに続ける。
「私は見たことはありませんけど、きっとすごい魔法を使うんでしょうね」
「それはもう。今まで見てきた中でも指折りです」
「ウァイストの信徒の方にそう言ってもらえると、グレイスさんも鼻が高いと思いますよ」
言いながら記入していて、受付嬢が何かに気づいた。依頼表をくるりと机上で回して、ルレアの方に見せてくれる。
ペンで指し示したのは依頼主のところだった。
「この人、七級の依頼をよく出してくれるんですよ」
「あんまりいないんですか?」
「必要になるような家では協会に出す前に使用人を雇ってしまいますし、必要ではあっても依頼金の関係で依頼できないご家庭もありますから」
七級のものには協会で色をつけているんですけれどね、と付け加える。
紙を自分の方に向けて再び記入を進める。
そもそもほんの一部の特例を除いて冒険者は全員七級から始まり、依頼の受け方から依頼主との関係の築き方までをまずは七級の比較的簡単な依頼を通して身につけるものだ。
だからできることなら、七級相当の依頼が新人に対して不足することがない方がいいのだが、実際はそううまくもなかない。
「依頼金、かかる時間、手際などを考えてみると、新人の冒険者では依頼人が赤字になりますから、依頼してくれる人は半分くらいボランティアのようなものなんです」
「それで依頼があんなに少なかったんですね」
ルレアは今朝、どの依頼を受けようか依頼板の前で選んだ時のことを思い出す。
今回の掃除の依頼は泥濘の掃除をやってみたいのもあったが、そもそもあれ以外には数えるほどしか七級の依頼がなかった。
「災害の後など、猫の手も借りたい時には増えるんですけどね。特に今は新人が多くいる時期でもないですから一人二人が出してくれているくらいです」
話を聞くと、どうやらこの町にある学校を卒業するのが春口で、その頃になると冒険者志望がまとまって協会にやってくるようだ。今のような秋口には、ルレアのような訳ありや町の外出身の人がパラパラ訪れるだけらしい。
今の七級冒険者はルレアくらいだから十分な量だが、一気に百人超が登録する春口ではとても足りないだろうことはルレアにも容易に想像できた、
そうこうしているうちに、どうやら必要事項を書き終えたらしい受付嬢はペンをルレアの方に渡してきた。紙ももう一度こちらに向ける。
「お名前の方お願いできますか?」
「分かりました」
さらさらと書いてしまう。
ルレアがペンと紙を返すと、彼女はもう一度通して確認してから、ぱちんと笑顔で手を打った。
「はい、これで依頼完了です。お疲れ様でした。報酬金など持ってきますので少々お待ちください」
そう言って、受付嬢はカウンターのプレートを『離席中』に変えると裏手の方に行ってしまった。人から預かったお金なのだから、専用の金庫か何かに入れてしまっているのだろう。
見送ってから、ルレアは背もたれに寄りかかって深く息をついた。
疲れた。
グラシゥスとの鍛錬の時とはまた違った疲れ方で、恐らく、体力や魔力というより精神力の消耗だろう。
知らない人と関わって慣れないことをするのは当然精神的に疲労が溜まる。 慣れるまでは休み休みやった方がよさそうだ。
それに、人が少ないとは言っても、数少ない七級の依頼を独占するのもよくはない。
そのままぼんやりしていると、しばらくして受付嬢が戻ってくるのが分かった。トレイにお金と小箱のようなものを乗せている。
ルレアが体を起こすのと受付嬢が裏手から出てきたのが同時だった。
戻ってくると札を『受付中』にひっくり返す。
「お待たせしました。こちら、今回の報酬金です」
「ありがとうございます」
銀貨八枚。
協会提携の宿は安いとはいえ、二食付き一泊分の宿代を支払ってもう一食食べたらほとんどがなくなってしまうだけの金額だ。
日銭を稼いで暮らすのにギリギリなのに、新人が高い武器防具に簡単に手が出るはずもない。
そんな新人はごまんといるのだろう、受付嬢はルレアに尋ねる。
「生活費の方は大丈夫ですか?」
「はい、貯蓄はありますから。それに……その、グレイスさんにもいくらか負担してもらっているので」
自分の分は自分で出すと言ったのだが、出世払いでいいと勝手に支払われてしまった。
ついでに、装備の類は僕が払うから、と先手を打たれてしまってもいる。冒険者稼業に必要な経費は師匠持ちになるだろう。
いくら世間知らずでもそれが相当に厚遇であることは理解しているから、ルレアは少し言うのに躊躇してしまう。
それに受付嬢は優しい笑みで言う。
「師弟なんですし、甘えてもいいと思いますよ」
「そうなんでしょうか……、会ったのが最近というのもあるんですけど、そもそも師弟ってどんな関係なのか分からなくて」
ルレアが最初にグラシゥスに弟子を取らないかという言い方をしたのは、ルレアにとって、魔法を教え教わる関係にあるのは物語の中の魔法使いの師弟だけだったからだ。
ルレアたちは大人たちにサポートされたり同年代の子供たちと一緒に魔法で遊んだりはするが、誰から教わるでもなく魔法を使っていた。
だから、魔法を教わるというのは新鮮で、師弟関係というのにも慣れない。
そんな少し真面目すぎるきらいのあるルレアに微苦笑しながら、受付嬢は銀貨を手渡す。
「人によりますから、そんなに悩まなくていいと思います。お師匠さんが大切にしてくれるなら、まずはそれにちゃんと甘えて、できることが増えたら恩返しすればいいんじゃないですかね」
その自立の一歩ですと、続いて何やらトレイに載せていた小箱を渡された。ルレアは小首を傾げながらも促されて開けてみる。
銀色のチェーンと小さな金属板が入っていた。
「こちらがアンティルレアさんの識別票になります」
ああ、と言われて思い出した。この前言っていたやつだ。
「これが識別票ですか」
「はい。依頼の受注や報酬金の受け取りにはこれから必要になるのと、先日のグレイスさんのように、何か特別な報告がある場合にも見せていただくことになります。情報源は把握しておく必要がありますから」
それから、と受付嬢は神妙な面持ちで続ける。
「有事の際には、遺体の身元証明に一枚、死亡報告に一枚を使用します。必ず、二枚とも肌身離さず携帯してください」
「どこにつければいいんですか?」
「ほとんどの方が首に下げられますね」
首元。
言われて触ると、既にルレアの肌に馴染んでしまった、少しごつごつしたペンダントがある。
両親と、両親との思い出が詰まった。
……ちょっと嫌だな、と思った。
「……ネックレスをつけてるんですけど、その場合はどこに?」
「手首に巻く人もいらっしゃいますよ。手の動きが邪魔されるので、そういう人は利き手と逆にしている人が多いと思います」
「それがいいですかね……」
「チェーンは好きな長さに加工してしまって構いません。要望があればこちらで調整しますし、アンティルレアさんでしたら、グレイスさんに頼むのもいいかもしれませんね」
なんでも、高位の冒険者になると識別票も多少勝手にいじってしまうそうだ。
こだわらない人ももちろんいるが、大抵の場合は何かしらの特徴が出るから有名な人だと識別票を見ただけで誰か分かる、なんてことも。
「こちらで加工するより細かい要望も聞いてもらえるでしょうし、出来上がりも早いでしょうから」
「そうですね……じゃあ、頼んでみて無理そうだったらまたお願いしにきます」
そんなに忙しくもなさそう――そもそもルレアに魔法を教えている時以外何をしているのだろう?――だし、多分やってくれるだろうと思いながら。
識別票を、小箱に入れ、丁寧に閉めてから手に取ったルレアに受付嬢は尋ねる。
「他に何かありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「それでは、お疲れ様でした。またのご活躍を楽しみにしていますね」
「ありがとうございます」
ルレアが立ち上がる。
受付嬢は笑顔で少女を見送った。
「花車の意匠に」
「魔法は万象に帰す」




