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魔法使いは奇跡の外に  作者: 陰日向日陰
第1章 魔法使いの弟子編
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第15話 はじめてのおそうじ

「冒険者協会から来ました、アンティルレア・プレナです」


 ルレアは一人、町中の老婦人の家に来ていた。

 何かといえば依頼である。


 グラシゥスの弟子になり、一応は彼の庇護下にあるとはいえ、やはり稼ぎ口は大切だ。せっかく冒険者登録したのだし、やるだけやってみよう。


 今日は初任務だった。


 七級で戦闘任務が受けられないひよっこは、町中のお使いや家事の手伝いのような依頼を中心に受ける。今回の依頼ももちろんその例に漏れない。

 町中にある一軒家の清掃の依頼だ。


 ドアをノックして挨拶したルレアに、家の中から出てきた老婦人が穏やかに微笑む。


「木漏れ日の希望があなたを導くまで、スタンデュリアの便りが途絶えませんように。今日はよろしくね」


 そう祈った女性の笑顔の裏には、優しさと激しさを一緒くたに内包した魔力があった。

 簡単に言えば怒らせたら怖いタイプである。


 もちろんそんなことはおくびにも出さずにルレアもできる限りの笑顔で応じる。


「浴後に湯けむりに佇む。魔法は万象に帰す。家の周りの清掃ということで間違いありませんか?」

「ええ、よろしくね。それから、私にはそんなに丁寧に返さなくていいわよ」

「分かりました。では、早速取りかかります」


 どうやら信心深い人らしい。そういう人は普段から正式の祈り言を使う。

 老婦人はエマと同じ主神のようで、グラシゥスからこの町は信仰的に中立よりだと教えられていたから、たまたまだろうけれど同じ主神の信徒に会うのは珍しいな、とルレア。


 そんなことを思いながら、家を覆うようにして魔法を広げる。


 まずはどこを掃除したらよいかを探る。細々とした清掃も必要そうだが、依頼書にあった通り、最も重要なところは側溝の汚れだろう。

 手で掃除するには忌避感のあるこびりついた汚れだった。泥と、油と、その他にもまぜこぜで。


 そこは後回しにして、先に他の場所を軽く掃いてしまう。こういう時に風の魔法は便利だ。


 汚れがキツいところには強い水圧で押し流す。もちろん、飛び散らないように結界も張って。

 掃除をしながら、ルレアはしみじみと呟く。


「結界……やっぱりすごく便利だな」


 先日グラシゥスからとうとう教えてもらって感動したが、やはりあの感動は間違いではなかった。


 知らない頃なら風流で包んで結界の代わりにしただろうが、流れを注意して操らないといけない風と違って形を固定したらそれきりの結界は楽だ。


 ただ、あまりに汎用性が高すぎて、確かに魔法の技量を鍛える時期に教えるのはよくないな、とも。

 ルレアが両親から教わっていないのもそれが理由だった。

 ルレアが魔法を使いすぎるから、あまり教えてくれなかったのもあるが。


 ……今思うと、少しくらいはわがままを言って教わっていればよかったかもしれない。


 と、そんなことを思いながらしばらくルレアが魔法で掃除をしていても、老婦人は全然家の中に戻る気配がなかった。

 軒先でやるのがいけなかっただろうかと思って少女は声をかける。


「あの、終わったら報告しますので、それまで中で待っていてくださって大丈夫ですよ」

「あら、やっぱり気になる?」

「そういうわけではありませんが、わざわざお時間を取らせるほどのことではありませんので……」


 初めての依頼で依頼人との距離感を掴みかねているルレアに対して老婦人はにこにこしている。


「新人さん?」

「はい。数日前に登録したばかりです」

「とてもいい手際ね。これなら引く手数多じゃないかしら」

「ありがとうございます。家ではよく掃除をしていたので、そのおかげかもしれません」

「魔法の使い方も丁寧でいいわ」

「師匠によくよく言い聞かせられております」


 ――ちゃんと笑えただろうか。大丈夫のはず。うん、多分。自信ないけど。


 集中していないとすぐ見つけてくるし、気づいたらどこかにいなくなるのだ。索敵にも隠密にも、何よりも魔法の精度は欠かせない。


 見られながらやるのにちょっと慣れないような気もしながらも、一通りの掃除を終わらせて、引き続いては件の側溝のしつこい汚れだ。


 何を隠そう、これをやってみたいと思ってこの依頼を受けたのである。


 ルレアは調べたい箇所全体に染み込ませるように魔法を広げる。特に汚れと石の境のところだ。目に見えない細かいところまでしっかり確認する。


 自分が魔法を操れる最も細かい程度まで調べあげると、いよいよ掃除を始める。


 自分で把握した、側溝と泥濘との間に風を滑り込ませる。それだけ。すると、面白いくらい簡単に汚れが浮かぶ。


 泥濘を風で分断したら、そのまま汚れを包んでしまった。


 流れを崩さないよう慎重になりながらゆっくりと持ち上げる。持ち上げたところで止まった。


 ――これ、この後どうしよう。


 ルレアが思ったのと同じくらいで老婦人がゆったりと玄関から道路に降りてくる。


「綺麗に落ちたわね。ここまで綺麗になったのを見たのは初めてよ」

「ありがとうございます」


 応じながら、ルレアは念のため、暴発して撒き散らさないように二重三重と風を重ねる。


 風に包まれた泥濘をまじまじと見る老婦人にルレアが内心ハラハラしていると、老婦人が家の庭の端を指さした。


「そこが菜園なんだけどね、ちょうど肥料が足りなくなってたから撒いてもらえるかしら?」

「分かりました。助かります」

「いいのよ。私も美味しい野菜が作れて助かるわ」


 育てている最中の野菜がないかと、泥汚れの中に変なものが入っていないかを確かめてから、ルレアは均等になるように土に撒いた。その後で軽く土を混ぜ返す。

 これは村でよくやっていたから慣れている。


 そこまで終わってから、もう一度、老婦人の家の全体を見てみる。

 家の周りの道。壁の汚れ。 側溝の泥濘。

 及第点なくらいには一通り綺麗になったはずだ。


「終わりました。確認してもらえますか?」

「もう終わったの? 早いわね」


 言いながら老婦人がゆっくりと家の周りを歩きながら見始める。

 ルレアは後ろからついていく。


「やっぱり魔法って便利ね。私もこれくらいできたらよかったんだけどねぇ」


 綺麗に掃除された家の周りの道路を眺めながら彼女はしみじみと言った。


 その言葉にルレアは違和感を覚えた。

 感じられる老婦人の魔力はルレアと同じか、それよりも魔力は多いはずだ。


「使えないんですか?」


 問うて、その魔力で、と続けるのはやめた。

 そもそも魔力なんてものは普通には知覚できないものだし、そんなものを初対面の人に探られたとなっては誰もいい気がしないだろう。


 けれどもその意図が通じたのか、あるいは別の理由か、老婦人は微笑んで言う。


「理論魔法とは違って、私みたいに主神の影響を大きく受けた人は使える魔法が偏るのよ。だから、私が使うならこうね」


 老婦人から滲み出た魔法が広がる。

 家の隅々まで行き届くと、そのまま溶け込んでしまった。母親がやっていた覚えのある魔法だ。

 汚れがつくのを予防する魔法。


 こうすると掃除が楽なのよ、と。


 ルレアは懐かしい母親の声と一緒に、楽しげな同い年の少女の、誇らしげな主神の説明を思い出す。


「スタンデュリアは予知の神でしたね」

「あら、知ってるなら話は早いわ。そう、スタンデュリアは予知の神だから、こうして予防するのは得意なんだけど、それ以外は私には難しいのよね」

「なるほど……勉強になります」


 エマとグラシゥスがスタンデュリアの特性については話していたが、どうやらそれは魔法にも影響を及ぼすようだ。

 魔法そのものが自身の主神の特性であるルレアにとっては直感的に理解し難いことだが。


「ウァイストの信徒さんにこんなおばあさんが魔法の話しちゃってごめんなさいね」

「いえ!とんでもないです。私はまだまだ未熟ですから、とてもいいお話を聞けました」

「ふふ、あなたはきっと立派な魔法使いになれるわ」


 柔和な笑顔を崩さずに老婦人が言う。

 その言葉が彼女自身によるものなのか、予知の神の信徒としてのものなのか、ルレアは少し気になったが、好意に深入りするのもいけないと思って聞かなかった。


 前者であれば好感を持ってもらえたということで初依頼が大成功である証左だし、後者であれば自分のこれから辿る道に対する予知の神の信徒からのお墨付きだ。

 どちらにしても善言であることに違いはない。


 さて、と老婦人がルレアの方を向いた。


「綺麗にしてくれてありがとう。これで十分よ」

「分かりました。それでは、またのご依頼をお待ちしております」

「木漏れ日の希望があなたを導くまで、スタンデュリアの便りが途絶えませんように」

「魔法は万象に帰す」


 互いに交わしてから老婦人が家に戻ったのを確かめて、ルレアは張っていた気を緩めた。

 初依頼はひとまず終わりである。


 ゆっくり息をつく。


「はぁー……よし、これでおしまいだから完了の報告に行かなくちゃ」


『魔法使い』は、ひとつ、大きく伸びをした。

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