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魔法使いは奇跡の外に  作者: 陰日向日陰
第1章 魔法使いの弟子編
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第14話 剣士対斥候

 フィリが協会への報告を終えてエマたちのいる場所へ着くと、エマは嬉々として薄めの本を読んでいて、ルーシーは眉間にとんでもないシワを刻みながら本に向かって唸っていた。


 ――どんな状況?


 エマがフィリに気づく。


「あ、フィリ! おつかれ」

「おつかれ。これどんな状況?」

「魔法のお勉強!」

「ルーはなんでそんなしかめっ面なの?」

「グレイスが鬼畜だから」

「やっぱりグレイスさん鬼畜だよね! ルーシーもそう思うよね!」

「なんでルレアは嬉しそうなのよ」


 ルレアが酷い目に遭った自分と同じ感想を持ってくれた友人に嬉しそうにはしゃぐとその友人から呆れられる。

 なんで? 虐められてるからだよ。


 弟子と教え子から散々な言われようの当のグラシゥスは苦笑している。


 エマが楽しそうに見せてくるからフィリは隣に座って彼女の読んでいるものを一緒に見る。ルーシーはルレアに泣きついていた。


 エマが自慢げにフィリに言う。


「さっきまでね、ルーがめっちゃ甘えてきてかわいかったの」

「恋人同士でいちゃついてなかったら今でも泣きつきたいに決まってるでしょ」

「おーよしよし」


 半分涙目のルーシーをエマは抱き寄せて撫でる。


 ルーシーがへこたれてるのも珍しいなとは思ったがいかんせん本人が沈んでいるので下手に口を出すのはやめておいた。

 ルーシーのことはエマに任せて、フィリは教えてくれる先生の方に目を向ける。


 ルレアからは魔法使いとして紹介されたが、斥候を自称するだけあってよく鍛えられているのが見て取れる。

 斥候は一般に正面戦闘をあまり得意とはしないが、フィリよりも余程強いだろう。


 フィリの視線にグラシゥスが気づく。


「早速やる?」

「うん、お願いするよ」


 それだけ交わして、二人は三人から危なくない程度に距離をとる。グラシゥスの指示でルレアが自分たちの周りに結界を張った。


 フィリとグラシゥスは、近接武器では攻撃の届かない、魔法の独壇場となる距離まで離れる。この距離から始めるのが、冒険者同士が模擬戦をする時の定番だ。

 互いに得物を抜いた。


 フィリは基本に忠実に、円盾を前にして片手剣を半身に構える。対して、グラシゥスは構えなかった。片手に大ぶりで闇色に染まった短剣だけ。


 そして一言。


「どうぞ」


 言われてフィリは地面を蹴った。


 間合い数個分の距離をふた息ほどで駆け抜けて、上から袈裟に斬り下ろす。

 当たる直前まで動き出す気配はなかったはずだ。


 が、空を切る。


 もちろんその程度でよろけるはずもなく、もう一歩踏み込み、返す剣で下から斬り上げる。


 まるでグラシゥスの体の表面を滑っているかのようにこれも外れた。


 斜め左前方に位置する彼に対し、続けて構えた盾でそのまま叩く。

 剣よりも攻撃範囲が広いから――というフィリの想定も虚しく、これまた、気持ちが悪いほどの至近距離のところを掠めた。


 反撃を警戒して一度距離をとる。


 フィリは構えはそのままで口を開く。


「……一回止めていい?」

「どうかした?」

「いや、なんかすごく気持ち悪くて」

「そう? それはよかった」


 ――何がいいんだ。


 フィリが警戒したまま不思議に思っていると、グラシゥスはルーシーに視線をやる。


「ルーシー、これくらいできるようになってね」

「……久しぶりに見たけど、やっぱり気持ち悪い」

「みんなそう言うんだよね。戦った人も、見た人も」


 クゥ・カメリア。

 相手の攻撃を引き付け、当たる寸前で皮一枚分だけ躱す、俗に回避盾と言われる戦い方をする巫女。

 グラシゥスは直接見たことはないが、似たような戦い方をする戦士の文献はいくつかある。それを基にやってみたのだが、存外、似ているようだ。


 そんなことを考えているグラシゥスを見ながら、自称は斥候で、その技量よりも魔法の技量の方が上のはず――そう思わざるを得ないほどに魔法に長けている――なのに、いよいよ本職が分からなくなってくるなとルレア。


 エマはルーシーの横から元気よく応援する。


「フィリ! がんばれー!」

「次、行くよ」


 言ってまたグラシゥスとの距離を詰める。


 斬り下ろし、斬り上げ、薙ぎ払い、突き、シールドバッシュ。ことごとく外れるが、そのどれもが不快感を覚える避け方だ。

 現実と感覚が違っているが故の違和感、とでも言えようか。


 フィリは努めて冷静に、相手の奇に呑まれないように自分を律する。基本通りでは当然読まれやすいだろうが、少なくとも、闇雲に振り回すより下手を打って反撃を食らう可能性は低い。


 理性のない魔物であれば、確かに、苛立ちがかさんで攻撃が単調になりそうだなとも思った。


 フィリの連撃の合間、グラシゥスが初めて大きく後ろに跳び退いた。

 先刻からその気配はあったが、動きが極めて軽い。本職が斥候というのも頷ける。


「そろそろ攻守交替ね」

「来い」


 一息。


 目の前までグラシゥスが迫った。


 横薙ぎに蹴りつけてくるのを盾で防ぐ。受け流す暇もなく、衝撃が直にフィリを襲う。

 続けざまに来る短剣を躱す。牽制のためにフィリも長剣を一振りするが、間合いが短剣のそれであまり意味がない。

 フィリが離脱を試みる前に詰めてくる。


 立ち振る舞いから分かってはいたが、戦ったことのないくらいの強さだ。

 動きにブレはなく、攻撃は鋭く、速く、間合いの読みはこちらより常に一瞬以上早い。

 しかも、恐らくは斥候という役職のためか、無駄な動きがほとんどなく、予備動作ですら僅かだ。その僅かなものでさえ、この完成度からすればむしろ違和感があるほどに。


 なんとか攻撃を凌ぎ続けるフィリに、こちらも違和感を覚えたグラシゥスは再び間合いをとった。

 その間に呼吸を整えるフィリに尋ねる。


「君の奇跡ヴェラートって、攻撃系だったりする?」

「いや、そんなことはないけど」

「じゃあ気のせいかな……まあうん、多分大丈夫」


 これでおしまいとグラシゥスに言われて、フィリは大きく息をついた。

 精神力だけで持ちこたえていた全身から変な汗が吹き出す。草原に大の字で倒れ込んだ。


 エマが駆け寄ってくるのが見える。

 彼女よりグラシゥスの方が早くて、不思議な魔法を使ったかと思うと体から倦怠感が抜けた。


 体を起こして拳を握ってみる。

 どうやら、ほぼ全快に近いようだ。


「フィリ、大丈夫?」

「気が抜けただけだから大丈夫だよ。ありがとう」


 フィリはエリが走った勢いそのままに突っ込んでくるのを抱きとめながら、いつもの至近距離で尋ねてくるのに言う。

 慌てて魔法を使わないあたり、どうやらグラシゥスの今し方使った魔法を知っているようだ。そう思ったのが分かったわけではないだろうが、エマが教えてくれる。


「これね、ルーが覚える魔法のひとつなんだって」

「中央諸島の?」

「うん。ま、万物に宿る神々(ロドリアンサス)を信仰してない人には縁遠そうだけどね」


 泣きべそを止めたらしいルーシーが言いながら近寄ってくる。今度は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「じゃなかったら、あんな書き方したグレイスのこと許せない」

「そんなに?」

「今すぐにでも理論魔法に戻りたいくらいよ」


『中央諸島法派教本』と表紙に書かれた、先刻彼女がにらめっこしていた本を手渡してくるので受け取る。パラパラめくると、なるほど、全く分からなかった。

 魔法の心得がないわけではないため、理論魔法の本ならフィリにも辛うじて理解できたが、これはできる気がしない。


 ルーシーに返す。いらなそうだった。


「これから本格的に鍛錬に入るけど、その前に君たちから何かある?」


 グラシゥスから問われ、代表してフィリが答える。


「今日は大丈夫だったけど、依頼はこなさなきゃいけない以上、毎日は厳しいと思う」

「そうだね。まあルレアと違って僕の技術を教えるわけじゃないから、各々自分で鍛えて、何かあったら聞きにきてくれたらいいかな」

「その場合はどこに行けば?」

「協会か宿に言伝を頼んでおいて。時間が空いてそうな時にこっちから行くから」

「分かった」


 五人分の椅子と机をグラシゥスがなんでもないように作って、どこからか取り出したグラスに魔法で生成した水を注ぐ。


 みんなそこに座って、今の攻防でどっと疲れたフィリと知恵熱が出そうなルーシーが競うようにして水を呷る。エマも楽しそうに真似た。


 得物を手慰みにもてあそびながらグラシゥスが言う。


「後でみんなの武器と防具も調整したいね」

「今使ってるのでも十分だよ?」

「エマの杖はね。けど君もルレアも短剣くらいは予備で持っておいた方がいいし、ルーシーはこれまでと戦闘スタイルが変わるわけだから、使う武器を一から考え直した方がいい」


 そこで切って、少し考えながら続ける。


「フィリは……多分だけど、盾使わない方がいいんじゃないかな」

「どうして?」

「少し窮屈そうだから。それに、防戦よりも攻戦の方が得意そうだった」


 痛いところを突かれる。

 それはフィリ自身も前々から思っていたことで、それでも、盾を手放したくはなかった。

 守れなくなってしまうから。


「それは確かにそうだけど、前衛が一人しかいない以上は防御手段は多い方がいいだろ?」

「それはそれで正しい。まあ、今すぐじゃなくていいから、機会があったら考えてるといいよ」


 戦闘スタイルもパーティー構成も、画一的な正解があるわけではない。最も実力を発揮できる型はあるだろうが、好きにやるのが一番だ。


 ――ふんわりいい香りがした。


 気づくと、グラシゥスの手にはいつの間にか短剣ではなくお菓子があって、甘い香りが漂っている。


「はい、どうぞ」

「やったー! 甘いのだ!」


 喜び勇んで食べるエマとその彼女からあーんされているフィリを傍目に、ちょっともらいすぎなんじゃないかとルーシーはグラシゥスの方を見る。


「いいの?」

「うん。勉強には頭を使うからね。今日はしっかり教本を読んでもらいたいから」

「……じゃあいらない」

「食べなくても読み込んでもらうけどね」


 ルーシーは無言でお菓子の山をむんず掴んだ。


「あ! ルーずるい!」

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