第8章 子爵夫人と王妃の会話
「アイリス王女には『幸運を自ら捨てた王女』っていう二つ名が付きそうね」
ドラコーン王国の王妃イザベルが言った。
「実際そうなるのではないかしら?
実の母親を大勢の人前で見下すような娘に幸運なんて手にできるはずがないもの。
それに人の善意を踏みにじる人間にもね。
ここに招待された子達は全員、うちの子達と同じようにアイリシ王女殿下の幸せを願って、一生懸命にプレゼントを準備したはずよ。
それなのに、あの態度。いくら子供でも酷いわ。あの方が王女だなんて信じられないわ」
珍しく笑顔を消したオーウェン子爵夫人が、控え目な声で王妃にこう返した。
「お恥ずかしい限りだわ。
教師からプチデビューするにはまだ早いと言われたし、私達も皆で止めたのに、無理矢理強行した結果がこれよ。
さすがに今頃は、二人とも後悔しているのではないかしらね。遅すぎるけれど」
王妃も真顔でため息をつきながらそう言った。
そして、紅茶をゆっくり飲んで少し間を空けてから、扇子で口元を隠してこう言った。
「何故フルーラがアレン殿下の招待を受けたのか疑問に思っていたけれど、あの二人を見てすぐ理解したわ。
他の方々もそうでしょう。お揃いの衣装で互いの色の小物身に着けているのだから。
特にほら、見て。貴女のお義姉様がエミリア妃と共に悔しそうな顔をしているわよ」
それを聞いたフルーラ夫人は、そこには触れずに
「お似合いでしょう?」
悠然と微笑んだ。
「そうね。たしかにオーウェン家の表面しか知らない人達は、そう思うでしょうね。
いくら名門とはいえ、子爵令息と男爵令嬢ならそれほど格差はないし、財政面も釣り合っていて、何も問題ない。
それに、二人ともずば抜けた容姿をしていて、しかもマナーにも完璧。
貴女の息子は天才だけれど、彼女の方もかなり優秀なのでしょ? 彼と対等に会話ができるってことは。
それにほら、ご覧なさい。もうあんなに他の子達と話が弾んでいるわよ。社交能力もかなり高そうね。
貴女、最初から二人を結ばせようとして、彼女にまで息子と同じような教育をしたのでしょう?」
そのことに関してフルーラ夫人は最初から否定する気などなかった。むしろそれを知ってもらって協力してもらおうとさえ考えていた。
「マナーやダンス、音楽に関してはそうね。
でも一般教養は男爵家が雇った家庭教師に学んでいるのよ」
「でも、口添えはしたのでしょ。そうでなければこう言ってはなんだけれど、その家庭教師って、新興の男爵家からの依頼なんて絶対に受けないレベルの方だもの」
「よくご存じで」
「白々しいわ。隠居したはずの元王家のお抱えの教師に、どうせ貴女の得意の人当たりのいい笑顔で言ったのでしょ。
『プレセント男爵家の依頼をお受けできないくらいお忙しいとお聞き致しました。
そんなご多忙な先生に、子爵家風情の我が家が、お世話になっては申し訳ないので、気を使わずお辞めになってくださって結構ですわ』
って」
「まあ! まるで見ていたかのようにお話されるのね」
「簡単に想像ができるわよ。何年貴女の親友をやっていると思っているの?
あの先生、久し振りに教え甲斐のある生徒に出会ったと喜んでいらしたから、それを聞いて慌てて男爵家からの依頼を受けたのでしょ?」
そもそもその功名な教師は、王弟殿下の子息達を教えていた。しかしそれが耐え切れなくなって辞職したのだ。
(あの親にしてこの子供達。どうせこちらが精魂込めて教えても、結局全て無駄になる。
あんな意味のないことに時間を掛けるなんて二度とごめんだ。うんざりだ)
ということで、優秀な息子にその後を任せてのんびりするはずだった。
ところが偶然博物館でギフティーと出会って会話を交わして、彼は歓喜したのだ。
ああ、誰かと意見を交わし、議論を戦わせたいと長年願ってきたが、ようやく巡り合えた。それはまだ八歳の少年だったが。
彼は、初めて自分から家庭教師をさせて欲しいと、オーウェン子爵に売り込んだのだ。
そして実際に教えるようになって、毎日が楽しくて堪らなかった。そう、若かりし頃、大学で仲間達と討論していたときのように。
そんな幸せな時間を奪われてなるものかと、彼は思った。
「本当に貴女は人を誘導するのが得意よね。旦那様なんて貴女の手の平でいつも踊らされているのでしょう?
しかも彼はそんなことに気付かないで、成功しているのは全て自分の実力だと思っているのに違いないわ。
それでもいい気にならないで、ちゃんと貴女を大切にしてくれているのだから、まあいいのだけれど」
王妃の言葉は辛辣だ。
しかし、魑魅魍魎が闊歩する世界に身を置いている彼女が、そんな物言いができる相手は数少ない。
親友のフルーラと、もう一人の戦友だけだ。
「嫌だわ、王妃様。私はこれまで人を誘導したことなんてありませんわ。単に争い事が嫌いなだけの、臆病な平凡な女に過ぎませんもの」
「その笑顔、本当に胡散臭いわ。それなのにどうしてみんな騙されるのかしら?」
「ですから騙したことなんてありませんってば」
「貴女みたいな人こそ王家に嫁ぐべきだったのよ。先の陛下が今もって私達に愚痴るのよ。
フルーラ嬢がアレンと結婚してくれていたら、どんなに良かったかって」
「私と婚約していたとしても、絶対に結婚まで至らなかったと思いますよ。
あの才色兼備で非の打ち所がない、侯爵令嬢だったグロリア様ですら婚約破棄されたのだから」
「才色兼備で非の打ち所がない令嬢だったからこそ上手くいかなかったのよ。
アレのくせに無駄にプライドだけは高いから、見下されているようで嫌だったみたい。
でも、貴女は子供の頃からおだてて誘導するのが上手かったじゃない」
声を潜め、辺りを十分確認した上で王妃はそう言った。
すると、フルーラ夫人は珍しく微笑むのを止めて、親友の顔を見ながら初めて本音を漏らした。
「グロリア様だからこそあそこまで頑張れたのよ。
私はあの方の尻拭いをするのは、十三歳までが限界だった。これ以上耐えられないと思ったの。
貴女は幼いころから王太子殿下の婚約者になっていたし、第二王子妃の候補に名が上がるのは、自分かグロリア様だとわかっていたわ。
あの方を補佐できる令嬢なんてそうはいなかったから。
自分だけ逃げるのは卑怯だと思ったけれど、もう無理だったの」
「罪悪感を持つことはないわ。彼女の努力は無駄にならず、他国の公爵家へ嫁いで幸せになったのだから。
その縁を結んだのは貴女だったのでしょう? 自分自身と仲間のために最善のことをしたわ。
彼女、フルーラに感謝しているのよ。そして、学園時代にもっと親しくできていたら良かったと、残念に思っているみたい。
でも、友人というのはいつだってなれるものでしょう。一度手紙を出してあげてちょうだい」
フルーラ夫人はイザベル王妃のこういうところが敵わないと思った。
彼女は昔から人と人とをさりげなく繋げてくれるのだ。
彼女ほど王妃に適した女性はいないと改めてそう感じた。
「お花畑のアレン殿下とエミリア妃殿下が、ギフティー君と彼らの娘を婚約させようとしても、陛下はそれを絶対に認めないから安心してちょうだい。
将来王太子を支える大切な側近の妻が、問題のある人物では困るもの。
アイリス王女って、本当に両親によく似ているの。容姿だけなら良かったのに、その中身まで」
遠い目をしながらイザベル王妃はこう呟くように言った。
普段から散々迷惑を被っているのだろう。
フルーラ夫人は親友の心境を察して、彼女の息抜きのために、これからはもっと頻繁に二人きりのお茶会の場を設けようと決め、ゆっくりお茶を飲み干した。
そして、再び息子達に目を向けた。




