第7章 幸運を捨てた王女
手のひらサイズの濃い紫色のジュエリーボックスの蓋を開けた瞬間、王女は「キャーッ!」という悲鳴とともにそれを放り投げたのだ。
「虫よ、虫!」
侍女がすくにそれを拾って確認した。そしてそれを王女に差し出しながら言った。
「アイリス殿下、これは赤珊瑚で作られた天道虫のブローチでございます。生きている虫ではございません」
「ブローチですって!
虫嫌いな私にそんな物を贈ろうとするなんて、嫌がらせにしてもひどいわ。気持ち悪くて着けられるはずがないじゃない」
「王女殿下、プレゼント嬢はそういうつもりで贈られたわけではありません。
赤珊瑚と天道虫には……」
「なに? それが気に入ったの? それならあなたにあげるわ。
やっぱり男爵令嬢同士だから好みが似ているのでしょう」
男爵令嬢を見下す王女のその発言に、さすがに侍女は驚愕して、嗜める言葉を発することができなかった。
恐る恐るエミリア妃を盗み見ると、思った通り青ざめて引きつっていた。
アイリス王女は侍女やリーチェのことだけを馬鹿にしたつもりだったのだろうが、自分の母親もまた男爵令嬢だったことを全く失念していたのだ。
これ以上この事に触れてはいけない。侍女はとっさにそう判断して黙ったのだ。
それは招待されていた子供達も同じだった。
ギフティーは唖然として固まっていたリーチェの手を引いて、王女の側から離れると、少し離れたテーブルへ連れて行き、水を飲ませた。
「ごめんなさい。王女殿下を怒らせてしまって。ギフティーやフルーレ様に迷惑がかかったらどうしよう」
普段何事にも動じないリーチェも、さすがに体を小刻みに震わせ、泣きそうになっていた。
初めてギフティーに会ったときに泣かせてしまったとき以来の衝撃だった。
相手を思い、良かれと贈ったものでまたもや怖がらせてしまった。
「大丈夫だよ。リーチェの選んだ贈り物に問題はない。普通の女の子ならむしろ大喜びすると思うよ。
僕の梟と同じで、あちらに一般教養というか常識がないだけだから、アンディス殿下がきちんと説明してくれるよ」
ギフティーはリーチェの両手をぎゅっと握ってそう励ました。すると「ギフティーの言うとおりよ」という声がした。
二人が振り向くと、そこにはモンテル伯爵家の令嬢であるマリアンと、ラドナー侯爵家の令嬢のポーラが立っていた。
「赤い天道虫は体にとまると幸運がやって来ると言われているし、珊瑚は健康や長寿を願う魔除けの意味があるお守りよ。
こんなおめでたい贈り物はそうはないわ。それをもらって怒る人の方がおかしいのよ。
それで罰せられるなら、今後は誰もあの方に贈り物なんてしないわ」
マリアンは呆れたようにそう言った。隣にいるポーラも頷いてからこう訊ねた。
「あんなに可愛らしいブローチを初めて見たわ。私もずっと可愛い天道虫のアクセサリーを探していたの。
どちらのお店で購入したのか、教えていただけるかしら?」
ギフティーだけではなく、初めて会ったご令嬢達にもそう言われて、自分の贈り物選びが間違っていなかったのだと分かり、リーチェはようやく安心した。
そして、自分が見つけたお気に入りの雑貨店に、お二人をお誘いしたいなぁ、と思ったのだった。
オーウェン子爵夫人の姪であるマリアンは、ギフティーより一つ年上でリーチェと同い年。
彼女は両親には似ず賢くて、とても理性的な子供だった。
実の両親とは馬が合わず、叔母のフルーラを尊敬し、叔母も姪を実の娘のように可愛がっていた。
隠れて交流を持っていたので彼女のことは信頼していた。
それゆえに、少し離れた場所から子供達の様子を見ていたオーウェン子爵夫人は、これならもう心配はいらなさそうだと判断した。
そして、友人のいるテーブルに向かって歩き出した。
それからその女性の向かい側の席に腰を下ろし、ともにお茶を飲みながら会話を始めた。もちろん視線はしっかりと子供達に向けながら。




