第5章 子爵夫人の過去
ギフティーが誕生日を終えた数日後には、オーウェン子爵家にはたくさんの子供向けのパーティーの招待状が届けられていた。
同じ年代の子を持つ夫人の兄の妻の実家を含め、国王に近い貴族の家のみならず、王弟からも届いていて、夫人は嫌そうに片眉を吊り上げた。 彼女にしてはとても珍しいことだった。
王弟は夫人と彼女の兄の幼なじみだった。
出世欲の強かった兄は、妹と当時の第二王子を結ばせようと目論んでいた。
しかし、勉強や剣の練習をサボって遊んでばかりいる、ちゃらんぽらんな王子を彼女は疎んでいた。
それ故に娘である自分を溺愛している父親にお願いして、もう一人の幼なじみである現在の夫とさっさと婚約してしまったのだ。
それは彼女が十三歳のときだった。
その後第二王子は侯爵令嬢と婚約した。
ところが、学園時代に男爵令嬢と真実の恋に落ち、卒業式の日に優秀だった婚約者に婚約破棄宣言した愚か者だ。
そんなろくでもない男の招待など願い下げだった。
しかし、とここで夫人は思った。
これから息子が表に出たら、おそらく色々と面倒なことに巻き込まれるだろう。
まだ世間には知られていないが、ギフティーは天才児であり、第一王子の側近候補になっている。
しかも本性はともかく、見かけはまるで精巧な人形のように美しい。
しかもすでにマナーは完ぺきだし、ピアノやダンスも子どもとは思えないほど上手だった。
子爵令息と身分は低いが、だからこそ手に入れやすいと考える者も出てくるかもしれない。
宰相の孫だし、出世し陞爵する可能性が高いいのではないか……という、お気楽な希望的観測で。
そんなお遊びに付き合えないし、面倒事に巻き込まれては堪らないわ。
こっちはそんなくだらない連中を相手にしている暇なんてないのだから。
やはり初手は大事よね。それなら嫌だけれど、王弟の招待を受けるのが最適解かもね、と夫人は思った。
王城の中にある王弟の住む第二王宮の園庭で、アイリス王女主催のガーデンパーティーが開かれた。
お揃いの銀のラメ入りの衣装に身を包んだギフティーとリーチェ。
蝶ネクタイと首元のリボンは、彼の瞳と彼女の髪の色である黒色。
そして二人とも同じ鮮やかな緑色のリボンで髪を縛っていた。それはリーチェの瞳の色だった。
ギフティーの胸ポケットに差し込まれていたハンカチも緑色だ。
色鮮やかで派手な服装をした王女やその他の高位の貴族子女達と比べると、一見地味に見えたが、そのデザインは最新のもので、素材も珍しい生地であり、人目についた。
そして高価な装飾品を着けず、リボンだけだったことで初々しさが醸し出されていて、周りから注目を浴びた。
周りにいた高位のご夫人方が歯ぎしりしながら二人を見つめていた。
嫌味の一つも言ってやりたいのに、言葉が出なかった。
そもそも王太子と和やかに会話しているギフティーを見て、この子供を見下し、侮るような態度を取るのは不味いと察したのだ。
特に宰相の嫡男の妻であるモンテル伯爵令息夫人は、扇子を握りしめて小刻みに震えていた。
義理の甥がアンディス王太子と親しくしていることを知らなかったからだ。
侯爵家出身の夫人は下位の子爵家に嫁いだ夫の妹を見下し、付き合いを避けていたのだ。
だから、社交界で挨拶するくらいで、これまでオーウェン子爵家に関心を持っていなかったのだ。
自分達よりも豊かな暮らしをしているらしいと耳にして、そのことも気に食わなかったのだ。
これはまずいと伯爵夫人は思った。
王太子はそのとき十二歳で、ギフティーは十歳。そして彼女の嫡男は八歳だった。
このままではどう考えても王太子の側近に選ばれるのは難しくなる。
王弟の嫡男とは同じ年だったが、さすがに将来の見込みのないあの二人の子供と、親密になっても意味がない。
自分が王妃にあまりよく思われていないことは、なんとなくわかっていたので、王太子は無理だろう。
それなら娘をギフティーの婚約者にすればいいのではないかと思った。そうすれば息子も王太子に親しくなれるチャンスがあるだろうと。
パーティーを終えた後、夫人は夫にその話を持ちかけたが、白い目でこう言われてしまった。
「近ごろは血が濃い結婚はあまり良く思われない。従兄弟同士なんてもっての外だ。
それでなくても、妹夫婦から我が家は避けられているのだから、余計なことを話すのではないぞ」
(これまで両親や自分がいくら注意しても 、妹夫婦と親交を持とうとしなかったのに、今さら何を言っているのだ)
口に出さなくても夫がそう思っているのが分かって、夫人は居た堪れなくなった。
実際夫である伯爵令息は
(王族、そして幼なじみという理由で、中身を見ずにあの不出来な第二王子と婚約させようとして、妹に嫌われてしまった。
反省したつもりなのに、高位貴族だということだけでこの妻を選んでしまった。
父の言うとおり、本当に物事の本質が見えていなかったのだな)
そう後悔しながらも、この先宰相となったら、身分ではなくて、人の資質を見て付き合うと、改めて思ったのだった。




