第3章 子爵夫人の思惑
贈り物に思い悩んでいたそんなある日、リーチェは本屋でとっても綺麗な挿絵の入っている絵本を見つけた。
昆虫や爬虫類も可愛らしく描かれていた。
(これなら、ギフティー君も、虫を嫌いじゃなくなるかも)
そう彼女は思った。
そしてその勘は当たった。
二人は一緒に絵本を見ること段々とで仲が良くなっていった。
(そりゃあ物心ついたころからベッドにいる時間が長かったのなら、おもちゃより、やはり本の方が好きになるよなぁ。
もっとその人の立場になって贈り物をしなきゃだめだな)
今更ながらリーチェはそう思ったのだった。
それからというもの、彼女は何かと記念日を作ってギフティーに絵本を贈るようになった。
するとある日、彼がこう訊ねた。
「どうしていつも絵本ばかりなの?
もちろん絵本も好きだけど、文字の書かれた本も読みたい」
「字が読めるの?」
「字くらい読めるよ。僕、もう六歳なんだから。お隣の国の字も読めるから、そっちの本でもいいな」
ギフティーはいわゆる天才児だったのだ。
その日以降、彼女がさぼっていた家庭教師の授業を真面目に受けるようなったのは言うまでもない。
文字が読めると知ったリーチェは、贈り物に児童書や図鑑などを選ぶようになった。
その結果ギフティーは次第に生き物に興味を持つようになった。
知的好奇心が旺盛な彼は、リーチェとともに外に出て、花壇の土を掘り起こしてミミズや、ダンゴムシを観察し、池の中でカエルの卵や、木の葉の裏にある蝶の卵を探した。
そして卵が成長した姿を想像して楽しんだ。どんな蝶になるのかあてっこしあったりして……
外遊びをしているうちに、徐々に体力がついたギフティーは、一年も経つとすっかり健康体になった。
そんなある日、ギフティーはこっそりと一人で隣のプレセント家に遊びに行き、庭の木の枝に座っておやつを頬張るリーチェを目撃した。
生まれて始めて見る光景に彼は唖然とした。
まさか人間が絵本に出てくる猿のように、木に登れるなんて思っていなかったからだ。
「どうしてそんな所でおやつを食べているの?」
「ここって高台でしょ。木に登るとね、景色がとっても綺麗で、遠くの山並みとか、海が見えるの。
それを眺めながら食べるおやつは最高なのよ」
その言葉に嘘はなかった。ただし、本音を言えば、誰もいない食卓でおやつを食べることは淋しくて味気なかったからだ。
彼女の両親は仕事で世界中を飛び回っていてほとんど家にはいなかった。
兄はかなり年が離れていたので、物心ついたころには学園の寮に入っていた。
だからリーチェは木に登って、海を見ながら両親のことを思っていたのだ。
「すごい! 見たいなあ。僕も木に登れるかなあ」
景色はともかく、いつか鳥の巣を観察してみたいと思っていたギフティーは、目をキラキラさせた。
そして半月に及ぶ練習の結果、彼は木登りのコツを掴んだのだった。
ところがそれから間もなくして、二人は木の上でサンドイッチを食べているところをメイドに見つかってしまった。
大きな悲鳴が響き渡ったせいで、何事かと使用人だけでなくて夫人まで庭に出てきてしまった。
まさか庭のこんな奥までメイドか来るとは思っていなかった二人は、顔を赤や青くしながら見上げる人々を見て、目を丸くした。
そんなに悪いことをしている自覚が全くなかったからだ。
二人はまだ手に残っていたサンドイッチを慌てて口に詰め込んで、スルスルと地面に降り立ったのだった。
「リーチェちゃん。私は、決して女の子だから木に登ってはいけないとは言いませんよ。
でもドレス姿でそれをやってはいけません。
世の中にはTPOというものがあって、特に貴族は時と場所と目的を考えなくてはいけません。
それを破ると周りから嫌われてしまい、仲良くしてもらえません。
そしてあなたが嫌われると、あなたのご両親やお兄様まで同じと見なされて、他の貴族とお付き合いしてもらえなくなります。
そうなったら海運業のお仕事にも差し支えるようになります。
お仕事が上手くいかなくなると、多くの従業員が仕事を失って路頭に迷い、その家族も困ってしまいます」
フルーラ夫人は決して怒ってはいなかったが、その話を聞いてリーチェは震え上がった。
まさかワンピースドレスを着て木に登っただけで、多くの人々にそんなに迷惑をかけることになるとは思っていなかったからだ。
「フルーラ様。私はTPOというものが何なのかわかりません。でも、とても重要だということはわかりました。
どうしたらTPOを学ぶことができますか?」
それを聞いた夫人は目を丸くした。
「マナー講師から教わっていないの?」
「先生は、新興の男爵令嬢なんて大した社交場には招待されることなんてまずない。
だから、最低限のことを知っていればいいと言っていました」
それを聞いた夫人の目からは珍しく怒りの炎が見えた。
(他所の家庭の教育事情に口を挟むのは厳禁なのは十分に分かっているわ。
けれど、将来私の娘になるかもしれないこの子を見下し、笑い者にする教育を施すなんてとんでもない。
そんなエセマナー講師を放置しておくことは許せないわ)
「あなたが本気で学ぶつもりがあるのなら、私が貴族令嬢として必要なことをみんな教えてあげるけれど、どうする?」
もちろんリーチェは大喜びでお願いをした。するとギフティーがにこにこしながらこう言った。
「僕も一緒に学ぶつもりだから一緒にがんばろうね。
そして、疲れたら気晴らしにまた木に登っておやつを食べようね。
リーチェには僕の服を貸してあげるよ。それならいいのでしょ? お母様」
夫人は「いいわ」と少し笑いながら頷いたが、側にいた侍女長が
「だめです! 危ないですから。それに貴族の子息や令嬢がそんなはしたない真似をしたらいけません!」
と間髪入れずに言い放ったのだった。
その後リーチェは、あまりにも厳しい夫人のレッスンに涙目になりながらも、歯を食いしばり頑張った。
自分の振る舞いで人に迷惑をかけたくなかったし
「大きくなったらパーティーで一緒に踊ろうね」
と、ギフティーに言われたからだった。
王子様とパーティーで踊るなんて、お話のお姫様みたいだわ。素敵!
リーチェはその日を夢見て、より熱心に厳しいレッスンに励んだのだった。
しかしリーチェは、両親が彼女の将来についてすでにある決め事をしていたこと知らずにいたのだった。




