第2章 初めての贈り物
リーチェが家族と共にオーウェン子爵家の隣の屋敷に越してきたのは七歳のときだった。
父親が男爵になり、多くの貴族が居を構える王都郊外に新たに屋敷を購入したからだ。
それまで平民の子だったリーチェは、貴族のマナーや常識を全く知らなかった。
木に登って勝手にお隣の庭に忍び込んでは、素晴らしい庭園を散策し、勝手に花を摘み、土を掘り起こし、面白そうなものを拾ってはポケットにしまい込んでいた。
その挙句、名門子爵家の家宝であるご令息を泣かせてしまったのだ。
まだ若いメイドが一瞬目を離した隙に。
そのメイドのスージーからは、その後ずっと嫌味を言われることになった。
「オーウェン家の至宝から目を離すなんてもってのほか! メイド失格! クビよ!」
屋敷中の使用人から激怒されて、彼女は本当にクビの一歩手前までいったのだから、それも当然だった。
温和で懐の深い奥様のおかげでなんとか解雇を免れたとはいえ、幼い弟や妹を抱えて働き始めたばかりの彼女を、不安に陥れてしまったことは事実。
リーチェはあの後から毎年、彼女にちょっとした贈り物をし続けている。会わなくなってからもずっと。
それにしても、なぜ自分まで許してもらえたのだろう。しかも、先触れなしの訪問まで許されるなんて。
子爵家の使用人と 同様に彼女もそれを不思議に思った。夫人はともかく、子爵はあんなに激怒していたはずなのに。
そもそも、初対面でなぜリーチェがギフティーを泣かせたのかといえば、もちろんそれは一つ年下だった彼があまりにも可愛かったからだ。
瞬きをしたら小鳥の羽ばたきの音が聞こえてきそうな長いまつ毛。
そしてそれが影を落とす大きな黒い瞳。
白磁のような肌に薄っすらとピンク色に染まった頬。
形の良い鼻に、愛らしい唇。
そして極めつけは明るい薄茶色のさらさらなロングヘアー。
半ズボンを履いていたが、まるで精巧なお人形のように可愛らしかった。
ぜひともお友達になりたいと思った。
「誰かと仲良くしたいと思ったら、相手の喜びそうな贈り物をすることだ」
それは以前、父親が兄に商売に関するレクチャーをしているときに、たまたま小耳に挟んだ情報だった。
相手の喜びそうなもの?
そこで彼女は考えた。
貴族になる前に平民街で住んでいたとき、仲良くしてしていた友人の中にラリーという少年がいた。
彼は生き物好きだった。生きている生物だけではなく、蝉や蛇の抜け殻を集めるのも好きだった。
そのコレクションをいつも自慢していた。
そのことを思い出して、彼女はお守り代わりに持っていた白蛇の抜け殻を、ギフティーの可愛い手に乗せたのだ。
「私はリーチェ。お友達になってください。これ、ほんの私の気持ち、プレゼントです」
と言って。
白蛇の抜け殻をお財布に入れておくとお金が貯まると言われていて、商売人には喜ばれるアイテムだったからだ。
ところがギフティーは固まり、ガタガタと震え出し、最後は大声で泣き出したのだ。
彼は幼いころから病弱で、それはもう大事に育てられてきた箱入り息子で、ほとんど外遊びなどしたかことがなかった。
それゆえに爬虫類をみたことがなかったので、鱗がかなり不気味に映ったのだ。
本来、あの時点で彼女 は出禁になってもおかしくなかった。
勝手に人の屋敷内に入り込み、そこのお坊ちゃんを泣かせたのだから。
この騒動を知った両親は仕事先から飛んできて、家宝の壺をお詫びの品として持参して必死に謝罪したくらいなのだから。
オーウェン家は下位貴族とはいえ、ドラコーン王国建国以来の名家。しかも夫人の父親は宰相を務めるモンテル伯爵だったのだ。
それではなぜリーチェが許してもらえたのかというと、フルーラ夫人が大らかな優しい人で、全てにおいて寛容だったからだ。
怒りを表す夫を「まあまあ」となだめてくれたのだ。
もっとも彼の怒りを最終的に収めたのは、家令ロバートの言葉だった。
「旦那様、プレセント嬢からいただいた贈り物は、白蛇の抜け殻などではありません。
まあそれもそれなりに価値がある物ではありますが。
あれは古代白龍の鱗の化石です。
ええ、ギフティー様のお印である白龍。
あのご令嬢は、まさしく最適な贈り物を選ばれたといえるでしょう。
ちなみにその価値がどれくらいかと申しますと、おそらくこのお屋敷の建物と同等くらいかと……」
「・・・・・」
何故許されたのかを全く理解していなかったリーチェだったが、その後オーウェン家に自由に出入りすることを許されたのだ。
まあそれは古代白龍の鱗の化石や、プレセント男爵家の詫びの品が功を奏したというよりは、夫人がそろそろ息子を過保護にするのを止めようと思っていたから、という理由が一番大きかった。
この娘なら息子を逞しくしてくれるに違いない。夫人がなぜかそう感じたからだ。もちろん二人にはしっかり見張りを付けたが。
とはいえ出会いが出会いだったので、ギフティーはしばらくの間リーチェのことを怖がって、なかなか近寄ろうとはしなかった。
しかし、当時彼女はまだ七歳だったというのにやはり商売人の娘だったので、相手を喜ばす方法を知っていた。
まずは珍しいお菓子を贈った。
しかし、ギフティーは甘い物が苦手だったために、どれも受け取ってはもらえなかった。
ダイエット中のフルーラ夫人は少し味見をするだけだったので、 そのお菓子のほとんどが使用人へ配られた。
とはいえ、舌の肥えた夫人は美味しい菓子の情報をしっかり頭にインプットし、それを社交に役立てていた。
結局大喜びしていたのは 、これまで食べたことのないような菓子を食べられた使用人達だった。
リーチェのことを最初はよく思っていなかった彼らも 、次第に態度を軟化させていった。
一通り試して甘い物はどれも好みではないと分かったので、次に最高級の肉を贈ってみたが、喜んだのは子爵と、残り物をもらえた料理人だけだった。
それならば珍しい花を贈ってみれば、これまでよりは少し関心を持ったようだが 、本当に喜んでくれたのは夫人と、やはりお裾分けをしてもらった、侍女長とメイド長 だった。
最終手段として、最初に思いついていたおもちゃにしようとリーチェは思った。
しかし、それを夫人に勘付かれて
「おもちゃはすでにたくさん持っているので、もう要らないわ」
と夫人に言われてしまったのだった。




