第1章 プロローグ
新連載を始めます。
96作目の作品となります。
読んで頂けると嬉しいです。
自分が不思議な力の保有者であることに無自覚な子爵令息と幼なじみの男爵令嬢。
二人が誤解やすれ違いの末にハッピーエンドを迎えるまでの話。
徹頭徹尾、二十年近く昔に起こった、二人には直接関係のない王家の婚約破棄騒動が関わってきて二人を悩ませます。そのあたりを楽しんでもらえたらと思います。
「もう、君からは何も貰いたくないよ。贈り物なんていらない。だから、もう僕に近寄らないで!」
差し出した見舞いの品を手で払われた。
リーチェ=プレセント男爵令嬢。彼女が幼なじみのギフティー=オーウェン子爵令息から出禁にされたのは、十五歳のときだった。
(ああ。やっぱりバチが当たったのね。人の恋路の邪魔をしたから。
でも、大好きなギフティーをあんなずる賢くて性格の悪い女狐に取られたくなかったのよね。
もう少しマシというか、本当に彼のことが好きでいい子だったら、辛いけど応援できたわ。
しかしやっぱり「ものもらい」をわざとうつした のはまずかったわよね。訴えられても仕方ないことをしてしまったわ。
それにしても、最後の贈り物が「ものもらい」じゃあまりにも情けないわ)
ようやく仕上がった、彼のお印 の刺繍入りの緑色のハンカチ。
これまでのような不出来でみっともない刺繍じゃない。先生からも合格点をもらった、自分でも見惚れるくらい素晴らしい白竜をせっかく刺せたと思ったのに。
リーチェは項垂れて、オーウェン子爵家 の隣に建つ自分の屋敷にトボトボと戻って行った。
✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽
それから二年後。
留学先のアルペティア王国の王立学院の卒業式の日の早朝、リーチェは突然やって来た訪問者を見て目を丸くした。
明るいサラサラの長い茶髪を、見覚えのある緑色のリボンで結んだ、正装姿の幼なじみのギフティー。
まつ毛バサバサの大きな目に白磁のような肌は初めて会ったころと変わらなかったが、丸みを帯びていた頬はシャープになり、口元には妙な色気を漂わせていた。
「なぜここに来たの?
というよりどうしてここに私がいると分かったの?」
「ニュースで君の家のことが話題になっていたからだよ」
「ああ」
リーチェの家は大きな海運会社を経営していた。男爵の地位を得られたのも、世間の言う通りに高額な税金を納めていたからだ。
そう。典型的な成り上がり。
そして三月ほど前、突然の嵐で彼女の家の所有する貨物船が転覆してしまった。
沈没はしなかった。そして運よく会社の別の船が並走していたために、乗組員や荷物も大方移し替えることができたのは不幸中の幸いだった。
ところが、母国ドラコーン王国の王家に納める品が海水に浸ってしまった。
それが王弟の待ち望んでいた絵画 だったために、船主であるプレセント男爵はその対処に苦慮している……と新聞に掲載されて話題になったのだ。
しかもその後のいざこざまでがゴシップ誌に書かれて、世間を騒がせた。いや、今もか……
ギフティーの耳に入らないわけがなかった。
リーチェは自分の迂闊さを悔やんだ。
卒業式になんて出ないで、ギフティーや王弟ともう二度と会わずに済むように、さっさとこの国からも逃げ出せばよかったと。
しかし卒業生代表に選ばれていたので欠席するわけにはいかなかった。
いくら変わり者だと呼ばれていても、長年に渡り貴族令嬢、並びに商人の娘として、厳しい教育を受けてきたために、信用を失う行為がどうしてもとれなかったのだ。
王弟からの愛人要請にはまだ応じてはいないので、式を終えたら即行逃亡するつもりだった。
そう。母国への帰国途中、船から海に落ちて死んだことにする計画を立てていたのだ。
弁償はきちんとするから心配するなと両親は言ってくれたけれど、あの方がお金で納得するわけがない。七年前のことを逆恨みしているのだから。
幸運を手放したのは自分達でしょ!
王族だというのに、信じられないくらい情けない小男だ。
「久しぶりに会って積もる話があるけれど、今日はこれから卒業式に出なくてはならないので時間がないの。
申し訳ないけれど、出直してくれないかしら?」
リーチェはなんとか彼を追い出そうとした。
身分違いだけでなく、全てにおいて不釣り合いであることを自覚し、彼と恩のある子爵家に迷惑を掛けたくなくてこの国へ来たのだ。
そしてこの二年、必死に彼を忘れようと努力してきた。
まあ、そんな努力をしている時点で忘れられるはずがなかったのだが。
それなのに、まさか自分の名がこんな形で彼に知られてしまうとは!
また新たな土地へ 逃げなければと思って、すでに片付けは済んでいたところだった。
部屋の中へ入れてしまったら、それがバレてしまう。
「時間はあるでしょ。まだ朝の六時だし。式は九時からだよね? 朝食を取りながらだって話はできるよ。
君と僕の間で今さらマナーなんて気にすることはないよね?
木や塀の上でランチやおやつを食べて、そのまま昼寝したこともあったしね」
子供のころの話をされて、リーチェは真っ赤になって「やめてぇ〜」と悲鳴を上げた。
お印は日本の皇族で使われるもので、欧州ではシンボルマークが最もそれに近いようです。
紋章、記章、モノグラムとなると、家紋とか花押の意味合いになる気がするので。
この話では『お印』という言葉が作者のイメージ的に合っていたので、あえてこちらを使っています。




