第29章 船上でのやりとり
そもそも、その護衛騎士がそんなうがった考えを抱くようになった元凶は、公爵夫人の嫡男だった。
彼は大学に通っていて、時々発掘調査に同行して見学していたので、リーチェの姿を目にしていたのだ。
彼女が知人であるキース卿と同郷でいつも行動を共にしていることも知っていた。
だからキース卿が金印を見つけて大学中が大騒ぎになったとき、リーチェもそれに一枚噛んでいるのではないかと、勘が働いたのだ。
そしてちょうど同じころ、自分の元護衛が彼女の護衛をしていることを知った。そのため、彼女のことで気になることがあったら適宜報告しろ、と命じた。
そしてその結果、彼女の能力に気付き、危機感を覚えるようになったのだ。
しかしそのことを母親に気付かれて叱責され、考えを改めたのだ。
ところが、そのことを護衛騎士には伝えず、騎士の誤った考えを正さなかった。
その結果、騎士が勝手に突っ走ってしまったというわけだ。
リーチェから木箱を預かった運送屋は荷物を荷馬車に積み込んだ後で、どこぞの騎士と何やらやり取りをした。
そしてその後、その騎士に先導されるように荷馬車を走らせ始めた。
学生寮の前に馬車を停めて待機していたマートン卿は、その様子を見て怪しいと感じ、その後を追った。
すると馬車は港ではなく、公爵家の裏門の前で止まった。
そして騎士が門番とやり取りをした後、荷馬車が門をくぐったのを確認して、マートン卿は門番に身分証明書を提示して、夫人との面会を求めたのだ。
夫人がドラコーン王国のオーウェン子爵家やプレセント男爵家と親しくしていることを、門番は把握していた。それゆえに、即座に取り次いでもらえたという。
そして公爵家の使用人が荷馬車をすぐに調べた結果、宛先がドラコーン王国行きの、プレセント男爵令嬢の荷物を見つけたというわけだ。
自分の荷が略奪されていたと知って、リーチェは驚愕した。あの誠実そうな運送業者がそんな真似をしていたなんて。
しかも、その荷をマートン卿が取り戻して港まで運び、目的の貨物船の出港に間に合わせてくれたとは。
それを聞かされた彼女はホッと胸をなで下ろすとともに、目の前に座る騎士に深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べたのだった。
その後港から戻ったマートン卿は、再び学生寮の前に戻り、ギフティーとリーチェが出てくるのを待っていたのだという。
自分達が部屋の中で甘ったるいやり取りをしていた間に、彼一人がそんな大変な思いをしていたのかと思うと、彼女は申し訳なさで一杯になった。
しかもリーチェが卒業式に参加している間にも、二人して公爵家に向かい、色々と後処理を済ませていたというのだからなおさらに。
「公爵家には恩義があるから、このことは公にはしないことにした。一応荷物は取り戻せたし。
しかし、この事は公爵家としては由々しき問題だろう。護衛騎士が命令に背いて護衛対象者に害をなそうとしたのだからな。
おそらく、この件をなかったことにはしないだろう。嫡男もそれに大きく関わっているし。
その嫡男が後継から降ろされるかどうかは分からないが、間違いなく再教育は施されるだろうな」
「私のせい?」
この二年お世話になったグロリア夫人に、知らなかったとはいえ大変な迷惑をかけてしまったと、リーチェは青ざめた。
彼女は公子の顔は知っていたが、話をしたことはなかった。
年ごろの男女を接触させて噂になることを避けたかったのだろう。夫人がご子息とは接触しないように気を遣ってくれていたのだ。
「私には息子が三人だけで娘がいないでしょ。だから貴女が娘のように思えるの。
本当の娘にしたかったのだけれど、貴女には心に思う人がいるみたいだから、息子を近付けないようにするわ。
だって貴女のことを知ったら、きっとお付き合いしたいと言い出すに決まっているもの」
夫人はそう言っていた。
あの金印を見つけなければ、きっと彼も自分の存在など気にしなかったに違いないのだ。そう思うとリーチェは申し訳なくなったのだ。
「違うよ。公爵令息は元々歪な愛国精神を持っていたんだ。いや、未熟で偏った思想と言った方がいいのかな。
自国の歴史を大切に思うこと自体は悪くないけれど、現在の国際関係や経済活動に関心がないのは問題だ。
成績はいいのかもしれないが、視野が狭い。
おそらく、公爵家の後継者は務まらないだろう。早い時点でそれが判明しただけでも、良かったんじゃないかな。
優秀な息子がまだ他にいるらしいし」
そうギフティーに言われて、リーチェも簡単に納得してしまった。
アルペディア王国は地下資源に乏しく、農産物だって自給自足ができていない。
優れた絹製品や、陶器、木工品といった芸術作品を輸出すること。そして、長い歴史のある国であるため、その独特な伝統文化や遺跡で観光客を呼ぶことで外貨を稼いでいる。
それなのに、貴重な商品を外国に持ち出されたくないからと、外国人には芸術品の売買を禁止しようとしたら、国の経済は立ち行かなくなるだろう。
しかも蚤の市まで外国人お断りの紙などを貼ったら、市だけでなく国全体の客は半減してしまうに違いない。
いくら歴史的史跡が多くても、自由に土産物も買えないとなったらば、観光客は来ないだろうし。
そんなことも分からない人が公爵になるなんて、無理というか、なってはだめだろうと思ったのだ。
「あの国へ行くことがどんなに危ないか、これでよく分かっただろう?
君の審美眼を利用しようとする者や、逆に排除しようとする愛国者がうようよいるのだから。
君には国でやるべきことをしながら待っていて欲しい。その方が、僕は安心して用事が済ませられる。分かってくれたかな?」
ギフティーの言葉にリーチェは素直に頷いた。
それを見て顔には出さなかったが、ギフティーは内心かなりホッとしていた。
というのも、最初は国のためにリーチェを囲い込もうとしていただけだった公爵令息が、本気で彼女に好意を持ってきたみたいだ、と夫人から聞かされたからだ。
そのうち、王族の中からもそんな連中が次々と出てきそうで怖い。
アルペディア王国の王族や高位貴族は王立学院へ入る者が多い。そして王立学園の方には、王都にタウンハウスを持たない地方出身の貴族や平民が多い。
なぜなら学園には学生アパートが付随していたからだ。
歴史は学院の方が古いが、現在学力レベルは同等らしい。リーチェが学園の方へ入ったのは、もちろん学生アパートがあったからだ。
プレセント男爵がそちらを選んでくれたことで、高貴な方々と接する機会がなかったことを
深く感謝したギフティーだった。
そして心の中でこう思った。
あの国に二度とリーチェを近付けさせない。近付けてたまるものか! と。
その話の後気持ちを切り替えたギフティーとリーチェは、港に着くまでの一足早い新婚旅行を楽しんだのだった。
もちろんマートン卿の監視の下で。




