第16章 入学祝いの贈り物
あの日ギフティーは、リーチェからマランディア侯爵家のパーティーに連れて行ってと言われた。
しかしそれをはっきりと拒否をした。
そのパーティーは、親類だけにマリアンとキースの婚約発表する場だったからだ。
マランディア侯爵夫妻はこの期に及んでも、娘ローゼマリアに対する認識を改めようとはせずに、なあなあで済ませようとしているのが見て取れる状態だった。
淑女教育は全く進んでおらず、高位どころか下位貴族のマナーさえ覚束ない有様。
しかも勉強もまともにせずに、課題を全て侍女にやらせていたので進級も危うい状態。
そして、リーチェを含む下位貴族や平民出身の学生への虐め、嫌がらせをする行為が学園でも問題になっていたというのに。
落第や退学処分を受ける前に転校させた方が家にも娘にも良いことであることは明らかだった。
そんな当たり前のことすら判断できないほど彼らは愚か者だった。
それでもこれまでなんとか侯爵家が持ち堪えられてきたのは、先代から使える優秀な家令と執事、そして親族のおかげだった。
キースが早めに留学をすることになったのも、このまま屋敷にいたらまともな人間にならないと彼らが判断し、そう仕向けたからだったのだ。
両家の親類がいる中で彼女の処遇を発表すれば、侯爵夫妻もごまかすことはできなくなる。
あれは彼ら三人を追い込むためのパーティーだった。
結婚発表だけでなく、マランディア侯爵令嬢の断罪の場でもあったので、彼女に説明をするわけにはいかなかったのだ。
従姉妹が将来幸せな結婚生活を送れるように。
これ以上リーチェが嫌がらせや虐めに遭わないように。
あの出来損ないの王女から仲間を奪うために。
もしそのことをはっきり教えていたなら、リーチェもあんなにしつこく言ってはこなかっただろう。
これまであんなわがままを言い出すことはなかったので、彼女が嫉妬しているのだということはすぐにわかった。
ギフティーは正直それが嬉しくて、その気持ちを誤魔化すために厳しい顔をしてしまったのだ。
リーチェにはギフティーがパーティーを楽しみにしているように見えた。
だから嫉妬をしていたのだが、彼はローゼマリアではなくて、マランディア侯爵令息と話せることを楽しみにしていたのだ。
女性に恨まれずに躱せる方法を伝授してもらおう、と思っていたからだ。リーチェのために。
それにかっこいい男になるためのアドバイスを受けたいとも考えていた。
それなのに、ものもらいになって目が腫れてしまったことでパーティーに参加することができなくなった。それゆえに、彼はとても苛立っていたのだ。
リーチェが去った後で、ギフティーは薄い紙の包を拾い上げた。
中には淡い緑色のハンカチが入っていた。それには銀色の刺繍糸で見事な龍が刺してあった。
その見事な出来栄えに、彼は瞠目した。
これまでにも彼女からは何枚ものハンカチをもらった。
しかし、そのどれもが何を刺繍したのかが判別できないくらいの仕上がりだったのだ。
勉強だけでなく、ダンスや詩作、音楽、礼儀作法など、貴族令嬢として嗜めるべき事柄はほぼ完璧にこなすようになっていたリーチェ。
そんな彼女が唯一苦手にしていたのが刺繍だったのだ。
リーチェから贈られるものはどんなものであれ、ギフティーにとっては宝物だった。
最初は怯えて泣き出してしまった白龍の化石を始め、絵本や異国の本、甘くない塩クッキーや野菜パイ、そしてお印入りのハンカチ。
特に最初にもらったハンカチはお守り代わりにいつも身に付けていた。
リーチェはそれを目にする度に
「そんな恥ずかしいものを持ち歩かないで。貴方には似合わないわ。
あんな物を平気で贈った自分の厚顔無恥さが居た堪れない〜」
と身を悶えさせていたが。
彼女の指先が針の持ち過ぎで硬くなっていることを知っていた。針を突き刺していつもあちらこちらに傷を負っていたことも。
そんな彼女を彼は愛おしくて堪らなかった。
一年前、一足先にリーチェが学園に入学することになった際、ギフティーはそのお祝いにアクセサリーを贈った。
それは強力な邪気払いと魔よけの力を持つとされるマラカイトのネックレスだった。
その石は周りからのいじめ、嫌がらせ、パワハラなどから持ち主を守る、「保護」のパワーストーンとされているのだ。
そしてそれは単なる言い伝えなどではなかった。
実際にストレスを軽減し、精神を落ち着かせる効果があるのだ。
そのおかげで冷静に物事を判断し、悪意をいち早く察知して避けることができるとされているのだ。
ギフティーはこれまではどこへ行くのもリーチェと一緒だったから彼女を守れたが、これからはそうはいかない。
以前は自分が年下であることなど全く気にしていなかったが、学齢期が近付くにつれて、なぜ自分は年下なのだろうと歯がゆい思いをするようになっていた。
彼女は可愛くて優秀だ。注目されるのは分かり切っている。
しかし、男爵令嬢であるために抵抗しにくい。
マリアンやポーラが守ってくれるとは言ってくれたが、いっときも離れず側にいるというわけにはいかないだろう。
だからそのネックレスを贈ったのだ。
「これ、お守りだから絶対に外さないでね。約束して。破ったら天罰が下るよ」
「わあ〜、綺麗! 私の瞳の色の石を選んでくれたのね。ありがとう、嬉しいわ。
もちろんずっと着けているわ」
正直なことをいうと、彼の瞳と自分の神の色である黒い石、例えば黒水晶とか、オニキス、黒曜石だったら、と思わないでもなかった。
しかし、年齢的にしぶ過ぎると判断したのだろうとリーチェは勝手に納得した。
そして自分の身の安全を考えてプレゼントを選んでくれたことに、リーチェは感激して涙ぐみ、死ぬまで外さないと彼と天に誓ったのだ。
もちろん、彼の脅しなど全く気になどしていなかった。
それを天使のような愛らしい顔で聞いていた彼が、心の中で
「絶対に外さないでね。
そのネックレスさえ身に着けていてくれさえすれば、たとえどんなに遠く離れていても君の居場所がわかる。
だから、いざというときは助けに行けるからね」
と真剣に彼女を心配していたことなんて気付いてもいなかった。幸せ一杯で。そして
「来年彼が入学する際には、今度こそ誰が見ても白竜だと分かる、素晴らしい刺繍入りのハンカチを贈ってみせるわ!」
と、今度は自分の心に誓ったのだった。




