第15章 勘違い
リーチェが自分の勘違いに気付いたのは、母国から船で三日ほどかかるバードルン王国で留学生活を始めて二月ほど経ったころだった。
学園で卒業生を招聘して講義をしてもらう授業があった。
その講師陣の先輩のうちの一人が同郷であったために、彼女はその人物の世話係を命じられた。
そして自己紹介のとき、その人がキース=マランディアだと名乗ったのでリーチェは瞠目してしまった。
ローゼマリア侯爵令嬢には兄がいて、国内の学園には入学せずに留学したのだと聞いたことがあったが、それがまさかこの国だったとは。
どうせしがない男爵令嬢である自分のことなんて知らないだろうと、彼女も素知らぬ振りをして自己紹介をした。
ところが授業終了直後、その侯爵令息に話があると園庭に呼び出された。そして開口一番
「妹が迷惑をかけて申し訳なかった」
と謝罪されてしまった。
侯爵家の嫡男であり、講師としてやって来た優秀な大学生に頭を下げられて、彼女は喫驚してしまった。
「ローゼマリアは規律の厳しい修道院付属の全寮制の学び舎に転校させた。
もっと早く転校させていれば、君が留学することもなかっただろう。マリアンも悔しがっていた」
転校させた? まずそれに驚き、次に親友の名前が出て再び驚いた。
「マリアン様とお知り合いなのですか?」
「彼女は僕の婚約者だ」
「えっ?」
(婚約の話なんて聞いてないわ)
「一体いつ……」
思わずこう呟くと、一見すると冷たく見える美貌の青年が、本当に申し訳なさそうにこう言った。
「終業式の翌日だ。身内だけを招待してパーティーを開いて、婚約発表をしたんだ。
ギフティー君とオーウェン子爵夫妻にも参加してもらったよ」
リーチェは目を見開いた。彼の言葉で自分の勘違いに気付いたからだ。
「彼らも、親しい君に秘密にしているのは心苦しかったと思う。
しかし、あの日に妹にそれを言い渡すつもりだったから、それまでは秘密にしなければならなかったのだ。
事前に漏れてあの王女殿下に相談でもされたら、面倒になる可能性があったからね。
私達の婚約について知らせていたのは、親類の中でもオーウェン家くらいだったんだ」
ギフティーはローゼマリアと会えるのを楽しみにしていたわけではなかったのだ。
従姉妹の婚約発表のためのパーティーが無事に終わること、それを気にかけていただけだった。
マリアンの将来にとって不安要素となる義妹。彼女を排除するために、それを秘密にするのは当然のことだった。
そんな事情も知らないくせに、連れて行ってと子供のように駄々をこねたのだから、彼が腹を立てるのは当然だったとリーチェは項垂れた。
憔悴してしまったリーチェに、キースは困惑して何度も謝った。しかし彼が悪いわけではなかった。
そもそも、たとえ勘違いをしていなかったとしても、自分は留学させられていただろう。
留学の手筈はすでに全て整っていたのだから。
そう。自分は両親の言うとおりギフティーには相応しくはない。
フルーラ様にあれだけ淑女教育を受けてきたはずなのに、嫉妬心を抑えきれずに、あんな無様な態度を取ってしまったのだから。
やはり野生児の本性は変えられなかった。
あの勘違いがなかったら、おそらく自分は学園に残っていた。
そして彼にまとわりつくご令嬢を嫉妬心で追い払い、小説によく出てくる悪役令嬢に成り下がっていたことだろう。
そうリーチェは思った。
けれどこの際、少し悪女になって、彼の罪悪感を利用させてもらおうと思った。
だからこうお願いした。
「キース様。私がこの国に留学していることを誰にも話さないでください。
他国でなら何をしても構わないだろうと、王女殿下が何かを仕掛けてくるかもしれませんから。
マリアン様には私から手紙を出しますので」
しかし、結局マリアンには留学先がバレてしまった。それはキースが約束を破ったのではない。
手紙の取り次ぎ先を他国に居を構えた兄の所にしたのだが、リーチェが選んだ便箋と封筒がバードルン王国特有の物だったらしく、婚約者からのものと全く同じだったらしい。
「考古学が好きな者同士感性が似ているのかしら。
ギフティー君には秘密にするから大丈夫だとマリアンは言っていたよ」
そうキースに言われてしまった。
リーチェは特別講義を受けた後、休みの日にキースの考古学研究の手伝いをするようになっていた。
というのも、リーチェが子供のころに、白竜の鱗の化石を見つけた話をマリアンから聞いていたらしく、声をかけられたのだ。
つまり、考古学に興味があると勘違いされたのだ。
しかし、彼女はそちら方面に興味があったわけではないし、当然知識があったわけではなかった。
生物に興味があったから、その化石の知識があっただけだ。
ただ、暇にしているとすぐにギフティーのことばかり考えてしまう。だから考えずに済むよくにと、彼女はその要請を受けたのだった。
すると発掘作業をしながら、リーチェは次々とお宝を見つけ出したのだ。
それに驚いたキースが、そのことを婚約者への手紙に綴った。するとすぐさまこんな返事が届いた。
「リーチェ様には人並み外れの優れた審美眼があると思います。憶測に過ぎませんが、それは考古学に限らずあらゆる物に対してだと考えられます。
それは、これまで私や友人のポーラ様が頂いた贈り物の全てが、購入時の金額よりもおそらく数十倍も価値のある物ばかりだと分かっているからです。
このことが世間に知れたら、彼女は欲深い人に狙われ兼ねません。ですから、彼女の名はできるだけ伏せるようにしてください。
そして、どうか私や従兄弟のギフティーの代わりに、彼女を護ってください。お願い致します」
と。
大切な婚約者に頼まれたからこそキースは、リーチェの側に誰か男性が近づこうとすると、まるで自分の大切な女性に近付くなとばかりに牽制するようになったのだ。
それまでクールな態度で人と接していたキースのこの態度の変化に、周囲は驚いた。そして、リーチェも困惑した。
リーチェはキースの手伝いをしながらも、できる限り二人切りにならないように心掛けた。
独身の若い男女が一緒にいて妙な噂が立てば、マリアンに無用な心配をかけてしまうと懸念したからだった。
そんなある日、彼女はとうとう彼に苦言を呈した。
「キース様は母国に婚約者がいると発表なさっていますよね?
それなのに私達が付き合っているという噂が流れでもしたら大変ですよ。
私も友人に疑われでもしたら困るのですが」
「大丈夫だよ。
そもそも恋人だと噂が立っても構わないから、君を守ってほしいとマリアンに依頼されたのだから。
異国での一人暮らしは危険だ。
たとえ護衛がいたって、高位貴族からのアプローチは防げないからね」
リーチェは目を見張った。
(自分の親友だからと言って、側で守って欲しいなんて婚約者に言うものかしら?
同性ならともかく異性なら普通心配になるのものではないの?)
「彼女は僕を信用してくれているし、君がギフティー君以外には目もくれないことを知っているんだよ」
そうキースは言った。
しかし、自分はそのギフティーを忘れようと思っているのだ。そんな人間を側に置いてもいいのかと訊ねた。
すると、彼はリーチェの首元のネックレスを指さして
「それ、ギフティー君からの贈り物だろう?
今もそれを外さないでいるということは、まだ彼を思っているということだろう?」
と言ったのだ。
彼との思い出の品はみな母国の屋敷に置いてきた。
しかし、学園の入学の祝いにもらったマラカイトのネックレスだけは置いていくことができなかった。
いや、首から外すことはできなかった。一生外さないと誓ったからだ。




