第12章 両親の思い
リーチェが学園に入学してからというもの、縁談がたくさん届けられるようになったことに、プレセント男爵夫妻はひどく困惑した。そして、娘を一人で屋敷に残しておくことが心配になった。
「どう考えても、お前や我が家を利用しようと考えているとしか思えない。
自分の益しか考えていないような家に娘を嫁がせるはずがないのに、完全にこちらを見くびっている。
腹は立ったが、商人はできるだけ穏便に事を終わらせるのがセオリーだ。だからこれまでは丁重に断ってきた。
しかし、そろそろ限界だ。
とはいえ、適当な人間とカモフラージュで婚約するというのも馬鹿らしい」
父親の話をリーチェはただ黙って聞いていた。
何も悪いことなどしていない自分が謝るのは違う気がしたからだ。
それでも、忙しい両親に迷惑をかけて申し訳なく思った。
「それで考えたのだが、家族でこの国から逃げ出そうかと考えているのだ。
お前の兄も隣国で妻を娶って暮らしているし、将来は移住も考えていると言っているしな。
ただし、今すぐというわけにはいかない。実行するにはまだ時間がかかりそうだ。
だから、とりあえず留学してみないか?」
これまでずっと、娘のリーチェをオーウェン子爵家に守ってもらってきた。
しかし、学園に入学後はそうはいかないと、男爵夫妻にも分かっていた。そのために人を雇って娘の様子を報告させていた。
それゆえに、娘が学園でアイリス王女やとある侯爵令嬢に目を付けられたことは早々に報告を受けて知っていた。
ありがたいごとに娘には信頼できる友人が二人できて、彼女達が共にいてくれることで守られていることに感謝していた。
とはいえ、このままではどんな厄介事に巻き込まれるか分からないと思った。
卑下するつもりはないが、男爵令嬢だというのに娘は優秀過ぎた。出過ぎた釘は打たれる。
同性からは妬まれ、異性からはお買い得だと狙われる。
留学しないかと娘に訊ねたが、夫妻にとってそれは決定事項だった。
リーチェがギフティーを好きだということ は、聞かなくてもわかっていた。娘の目はいつでもどこでも、無意識のうちに彼の姿を追っていたのだから。
話す内容も全て彼のことばかり。
でも、二人が結ばれることはないと彼らは思っていた。
商売人にとって情報は命綱だ。絶えずあらゆるところに気配り目配りをしている。
それゆえに彼らはすでに気付いていたのだ。
「南南西に頭を垂れぬ者に未来はない」
受けた恩には絶えず感謝の気持ちを持たなければいけない、というこの国の教訓の言葉。
それが王城から南南西に位置している、オーウェン子爵領を指しているということに。
本来なら伯爵位、いやそれ以上の爵位であるべき家なのだ。おそらく王家と一部の高位貴族しか知らないに違いない。
しかし、平民の方が却って物事の真実に気付いたりするものだ。商人達は昔から皆オーウェン子爵領に一目置いていたのだから。
男爵夫妻はその理由を数年前にようやく知ったのだ。
そんな名門中の名門の家の跡取り息子。しかも将来有望な天才。そんな人物と平民上がりの男爵の娘が結ばれるなんて夢のまた夢だ。
仮に結ばれたとしても、その後どんな苦労を背負うことになるかわからない。
「夢を壊したくないけれど、愛さえあれば幸せになれるのなんて小説の中の話だけなのよ。
幸せで平和な結婚生活を送るためには、身の丈に合った相手を選ぶのが一番なのよ。
ギフティー様のような素晴らしい方は無理でも、貴女ならきっと素敵なお相手が見つかるわ」
夫人は言いづらそうに娘にそう言った。
できるなら溺愛している娘の恋を成就させてやりたかった。
しかし、彼女は仕事柄厳しい現実を知っていたので、情に流されるような真似はしなかった。
それに、夫妻はオーウェン子爵家には大恩があった。それを仇で返すつもりなどさらさらなかった。
子爵令息に婚約話が出てくる前に、娘を離そうと前々から決めていたのだ。
プレゼント男爵夫妻は、オーウェン子爵家が最初から二人を結ばせようとしていたことに気付いていなかった。
ギフティーは身内やリーチェ以外には本性を隠していた。つまり男爵夫妻の前では猫を被っていた。
それゆえに彼がとても面倒で難解な性格をしていて、パートナーになれる相手が限られていて、貴重な存在なのだということを彼らは知らなかったのだ。
オーウェン子爵夫妻がもっと早くそれをプレゼント男爵夫妻に匂わせておけば良かったのかもしれない。
しかし、早すぎる婚約は社会的に問題になっていたので、二人が成人になる十五歳になるのを待っていたのだ。
そして彼らがそろそろ行動を起そうかと思っていた矢先に、男爵夫妻も別の動きを始めてしまったのだった。
両親が自分の現状を把握していることにリーチェは正直驚いた。
自分が愛されていることはもちろんわっていた。
しかし、両親は滅多に帰国することもないくらい多忙を極めていたので、自分のことに気を回す余裕なんてあまりないだろうと思っていたのだ。
それを嬉しいと思うと同時に困ってしまった。
彼女は十五歳になり、この国ではすでに成人に達していた。もう自分で自分の人生を判断できる年齢になっていたのだ。
たしかにアイリス王女やローゼマリア侯爵令嬢、そしてその取り巻きの下位令嬢からの嫌がらせは受けていた。
四年前のアイリス王女主催のガーデンパーティーで、恨みを買っていたのだ。そう、天道虫のブローチの贈り物の件で。
王女は今「幸運を手放した残念王女」と陰で呼ばれていて、高位貴族から相手にされていなかった。
しかし、それを知らない下位の貴族令嬢を味方につけたのだ。
王女に声をかけてもらったと舞い上がり、喜んで彼女の腰巾着になったのだ。
しかも、高位貴族と仲良くしている男爵令嬢に対して妬みがあったので、リーチェに攻撃するように命じられても躊躇いがなかったのだ。
高位貴族の令嬢で王女側についたのは、マランディア侯爵令嬢のローゼマリアくらいだった。
彼女はギフティーをとあるパーティーで見かけて以来、彼に夢中になって何度もパーティーに招待した。
ところが、その度にリーチェと一緒でなければ参加しないと言われて断念せざるを得なくなった。それを恨んでいたのだ。
マランディア侯爵家は格式を重んじる家だったので、新興貴族の子弟を親の同伴無しでいきなり招待することを認めなかったのだ。
しかも下位の貴族の子弟ならなおさらだった。
話はほぼ出来上がっていますが、見直し作業が追いつかない状態なので、明日からは投稿は夜の一回になります。




