第13章 不安な気持
リーチェは学園にいるときは大概マリアンやポーラと一緒にいたので、王女一派に絡まれることは滅多になかった。
たまに一人でいるときに狙われることがあっても、元平民リーチェにとって、彼らの嫌がらせなど大したことでははなかった。
できるだけ遭遇しないように避けていたのは、怖がっていたからではない。
むしろ、無意識にやり返して怪我でもさせたら大変だと思っていたからだった。
下心があって近付いて来る令息達は相手にしていなかったので、全く問題なかった。
見かけだけの貴族令嬢である自分を、自分に相応しいと宣う彼らが滑稽で仕方なかった。
しかも簡単にこちらを操縦できると自惚れている様に呆れていた。
口喧嘩をしたら完璧に言い負かす自信があった。いや、そもそも女に反論された時点で向こうは引くだろう。
それでもしつこく迫ってきたら、木に登って上から木の実や枝でも投げつけてやろうか。そんな想像するだけで愉快だった。
ギフティーとはずっと一緒に切磋琢磨してきた。彼は決してリーチェを甘やかさなかったし、簡単に手を貸してはくれなかった。
しかし冷たかったわけではない。励まし合い、称え合って、共に手を取り合って日々過ごしてきたのだ。
そう。彼は天才だったが、いつも対等の立場で彼女と接してくれていたのだ。
そんな彼の側にずっといたリーチェが、妻を夫の付属品、あるいは駒として必要としている者となんて、人生を共にできるはずがなかった。
リーチェだってギフティーと将来結婚できると思っていたわけではなかった。
周りの者達から言われなくても、彼とは身分違いなだけでなく、何もかも不釣り合いだということは十分理解していた。
たとえどんなに淑女を装ったとしても、自分は木登りを好むような野蛮な人間だったから。
それでも彼の通訳として役に立てるのではないか、という思いを捨てることができなかったのだ。
だから、留学の話は暫く考えさせて欲しい。そう両親に告げたのだった。
ところが、学年末の修了式が迫ってきたある日、リーチェは学園の中庭で、ローゼマリアが大はしゃぎしている場面に遭遇した。
修了式の翌日にホームパーティーを開くことになって、そこにオーウェン子爵令息を招待したら、参加の返事が届いたと。
それを聞いてもリーチェは何とも思わなかった。というか、どうせ招待状を出してもギフティーが参加することはない。
きっと勘違いをしているのだろうと、ローゼマリアを憐れんだのだ。
しかしリーチェはその翌日、憐れなのは自分だったと、驕っていた自分の滑稽さに居た堪れなくなった。
ひと月前から、ギフティーは父親と共に領地へ行っていた。
学園に入学する前まではリーチェもずっと同行させてもらって、田舎暮らしを満喫していた。
プレセント男爵家は貿易で生計を立てていて、領地を持っていなかったので、彼女にとってはそこが自分の故郷のような場所になっていたのだ。
領地の子供達と一緒に木に登り、川遊びをした。馬の世話をしながら乗馬を教わった。
そして頼まれもしないのに勝手に領地の中を歩き回って、領民達と会話をして、彼らの希望やら意見を聞き出して、ギフティーに伝えたりしていた。
それが領民と領主の関係を良くすることに繋がり、皆から感謝されていた。
(私も領地へ行きたかったなぁ)
そう思いつつ子爵家を訪れたリーチェは、一番仲の良いメイドであるスージーにこう言った。
「三日後にギフティーは王都に戻ってくるのよね?
帰宅後すぐでは疲れていると思うから、その翌日に話したいことがあると伝えておいて欲しいの」
彼女は長い時間をかけてやっと準備した入学祝いの贈り物を彼に渡そうと、彼の帰国を心待ちにしていたのだ。
するとスージーはちょっと困ったような顔をしてこう言ったのだ。
「一週間後くらいにした方がいいですよ。五日後にご家族揃ってパーティーに参加する予定になっていますから、その前日だと準備などで忙しくされていると思いますので」
リーチェは瞠目した。
五日後とは終業式の翌日。パーティーと聞いて昨日の会話が蘇ったのだ。
「まさかマランディア侯爵家?」
「ええ、そうです。
これまでギフティー様は参加されていなかったのですが、間もなく学園に入りますからね。
さすがに、侯爵家からのご招待を無下に断ることができなくなったのかもしれませんね」
成人したら、嫌な家の人間とも付き合っていかなくてはいけない。当たり前のことだった。
それにリーチェはこれまでマランディア侯爵令嬢の話をしたことがなかった。
わざわざギフティーやフルーラ夫人に嫌な思いをさせたくなかったからだ。彼女のことは自分一人でも対処できると考えていたし。
それでも、彼女がしつこくギフティーを狙っていることだけでも忠告しておけばよかった。
そうリーチェは後悔した。彼がローゼマリアを相手にするわけがないと勝手に思い込んでいたのだ。
彼女は自分とは違って高位貴族のご令嬢で、しかもかなり美人だというのに。
性格なんてすぐには分からないのだから、もしかしたら一目ぼれする可能性だってある。そのことに初めて気付いたのだった。
その日からリーチェは、悶々とした気持ちで日々を過ごすことになった。
三日後、鬱憤晴らしをしようと侍女と外出した。市場へ出かけたり、人気の喫茶店へ入ったりしたが、全く気は晴れなかった。
それどころか人混みの多い中をふらふらしたせいか、ものもらいになってしまい、翌日には右目の上まぶたがひどく腫れてしまった。
「ものもらいは割と早く治りますが感染力が強いので、完治するまでの数日は人と接触しないでください」
そう医者に言われた。
人に迷惑をかけるのが何よりも嫌いなリーチェは、普段だったらその指示に素直に従っただろう。
ところが、今回はローゼマリアのことが気になって仕方がなかった。
二階の自室からオーウェン子爵家の門をくぐる馬車を目にした途端、彼女は急いで階段を駆け降り、隣の屋敷に突撃したのだった。




