ブルーライトニング 改訂版 第71章
翌日の朝、玲子とマルスは、ソレイユの機能停止の知らせを受けた。玲子は悲しむマルスを左腕で抱き寄せながら、ぎゅっと口を結び、涙をこらえていた。とはいえ、学校を休むわけにもいかない。二人はロビーが用意してくれた朝食をとる。ロビーはオムレツとスープとパンを用意してくれていた。いつもなら楽しい朝食だったのだろうが、その日の朝食は静かなものだった。マルスも玲子の横に座って、黙ってうつむいている。
(ロボットでも喪失感はあるのか)と玲子は思った。マルスにとってもソレイユは特別な存在なのかもしれない。朝食を終えると、そのままマルスを連れて登校する。
廊下の片隅で、玲子は瑞穂にソレイユの死を告げた。
「レナから知らせを受けたわ。分かっていたとはいえ、急だね」
瑞穂はそう言って、少し目を潤ませる。
「で、玲子。週末のパーティー、どうするの? 主賓がいないんじゃ」
玲子は言葉に詰まった。
「それがね、レナが代わりに来るって言うの。みんなと親しくなりたいって……」
「ばれないかなあ」
「多分、試してみたいんでしょうね」
瑞穂は首をかしげる。
「うーん、あのメンツなら、ばれたとしても秘密は守ってくれそうな気がするし……やっちゃう?」
「そうしようか」
玲子はレナに連絡を入れ、パーティーの決行を伝えた。
マルスのクラスはグラウンドで体育の授業をしていたとき、突然、先生が声を張り上げた。
「みんな、授業は中止! 校舎に戻って!」
ほぼ同時に、マルスのデータリンクに避難を促す指示が飛び込んでくる。学園長による校内放送も流れ、生徒全員に教室へ避難し、窓際から離れるよう指示が出された。
上空をかすめるように飛行機が通過し、その機体から人影がばらばらと降下してくる。マルスには、それがライトニングファントムのロボットだとすぐに分かった。
「ゼム、なぜ君が来ているの?」
マルスはデータリンクで問いかける。
「テロの目標にこの学校が含まれていたので、我々が出撃した。マスターの安全は最優先だからな。そのために、ヒューマノイド型はほぼ全員を投入している」
ゼムの言う「マスター」とは、玲子のことだ。ライトニングファントムのメンバーは全員、玲子をマスターとして認証している。ほかのファントムのロボットも玲子をマスターとして認証しているが、ここはより高性能なライトニングファントムに守備を任せたのだとマルスは推測した。ヒューマノイド型がほぼ全員来ているのなら、その数は八十体に達しているはずだ。
「そんな大規模な攻撃なの?」
「想定は三十人規模だ。ただ、この学校は敷地が広い。完全に守り切るには、それなりの戦力が必要だ。念のため、ボールや無人偵察機も投入している」
たかが三十人に大げさなとはマルスは思わない。ゼムの判断は妥当だ。
「ぼくも加わろうか?」
「いや、マルスは校舎内から全体の指揮を頼む。君は高野長官のお嬢様の護衛を最優先にしてくれ」
「お姉ちゃんは?」
「Jー9タイプを二体、マスターの位置を確認させ、護衛に専念させる」
「分かった」
校舎の脇に乗り付けた小型バスから降りた人間たちが、校舎内へ手榴弾を投げ込む。しかし、それらは空中で次々と爆発した。校庭内のJ-9タイプのロボットたちが、飛来する爆弾をハンドガンで撃ち抜き、その場で爆破処理していったのだ。彼らの命中精度は高い。飛来する手榴弾を爆破処理することなどお手の物だ。
「おい、ロケット砲をぶち込め!」という叫びが聞こえる。
携帯型ロケットランチャーを抱えた男が、校舎に狙いを定める。だが、風のように接近したロボットの一撃で、男の身体ごと弾き飛ばされた。ライトサーベルをスタンモードにした、ゼムと同型のメタロイドだった。吹き飛ばされた男は昏倒し、その場で動かなくなる。
「ロボットだ!」
襲撃者たちの間に、恐怖が走った。襲撃者の制圧任務に就いていたのは、ゼムと同型機やJ−7を中心としたライトニングファントムのロボットたちであり、人間が正面から太刀打ちできる相手ではない。校庭のあちこちで爆発が立て続けに起き、小さな生徒たちの中には泣き出す者もいたが、ライトニングファントムの重層的な防御網を抜けて校舎に届く攻撃は一本もなかった。
「マルスも戦っているのかな」
教室に退避しながら、玲子は思う。しかし、それを確かめる術はない。玲子のハンディには、さきほどからゼムからのメッセージが断続的に届いていた。ゼムが来ているということは、ライトニングファントムが動いているということだ。リーダーであるマルスが、何もしていないはずがない。
校舎上空に滞空する無人偵察機から状況を把握していたマルスは、制圧がほぼ理想的に進んでいることを確認していた。敵の位置情報はボールからリアルタイムで送られてくる。それをもとに味方ロボットの配置を調整し、作戦指示を出していく。だが、クラスメートとともに教室へ避難しているマルスの姿は、一見したところ他の生徒と何も変わらない。
「一人も逃がすな。すべて確保しろ!」
ゼムの指示が飛ぶ。爆弾を投げ終えて現場から逃走を図ろうとした者も、次々と取り押さえられた。最終的にテロ実行犯は二十八人。バスを運転していた人間もろとも、小型バスごと制圧された。投入されたライトニングファントムの規模からすれば、多勢に無勢の一方的な制圧劇となった。同行していた警察のロボットたちが、拘束した襲撃犯を次々と逮捕・連行していった。
やがて、学園長のアナウンスがスピーカーから流れた。
「状況は鎮静化したようです。生徒の皆さんは落ち着いて、先生の指示に従ってください」
ほぼ同時に、玲子のハンディにゼムからメッセージが届く。すべてが終わったことを告げるものだった。
『マスター。テロリストは全員拘束しました。学校に被害は出ていません』
玲子はそっと窓の外、校庭の様子をうかがう。
「敷島さん、大丈夫なの?」
クラス担任の藤本先生が、不安そうに声をかけてきた。
「ええ。もう終わったみたいです」
玲子は機械的にそう答えた。藤本もそれ以上は何も言わない。玲子がファントムのソレイユと親しいこと、ハンディを通じてロボットたちと情報のやりとりができることは、すでに周知の事実だった。もしかすると学園長よりも、玲子のほうが正確に状況を把握しているのではないか──藤本はそう感じていた。
傍らにやってきた瑞穂が、小声で尋ねる。
「あの校庭の真ん中にいるの、この前のロボットかな。すごく似てるけど」
「そうかもね」
玲子は曖昧に答える。量産型である以上、「同じロボット」ではなく「同型機」かもしれない。第一、そこかしこに、ゼムと同型のロボットがいる。さすがに外見から区別はつかない。
「玲子を守りに来たのかな?」
ライトニングファントムの多くが玲子をマスターとして認証している以上、玲子を守るために来た可能性は十分にあった。あるいは、リーダーであるマルスがこの学校にいるからかもしれない。
マルスから玲子に、改めて連絡が入った。プレストシティでは、この学園とダグラス社本社の二カ所で同時にテロが発生しているという。玲子に伝えられた情報では、テロの実行グループにはピースメーカーのメンバーが多数含まれているらしい。ここまで大規模なテロ活動を行ったとなれば、ピースメーカーの活動拠点にも警察の捜索が入ることになるだろう。仮にテロ組織として即座に摘発されなかったとしても、監視対象団体として当局の監視下に置かれ、自由な活動は大きく制限されるはずだ。
ソレイユを敵視し、これまでさんざん嫌がらせを続けてきたピースメーカーのことを、玲子は心底嫌っていた。これほどまでのテロならば、実行犯は即死刑になる。玲子はいい気味だとしか、思えなかった。




