ブルーライトニング 第69章
「不当判決」
その言葉とともに、メディアに速報テロップと映像が一斉に飛び交った。
平和主義団体〈ピースメーカー〉が提訴していた、ソレイユの解体とダグラス社の処分を求める裁判。最高裁で判決が下り、原告側の敗訴が確定したのだ。
一部のマスメディアは、ピースメーカー側のコメントを大きく取り上げて「不当判決」という論調で報じた。しかし、ソレイユのプレストシティ防衛の功績を評価してきたメディアは、敗訴をむしろ「妥当な判断」として好意的に伝えていた。
世論も、すでにソレイユに好意的になりつつあった。ピースメーカーが暴動を扇動したり、過激な言動を繰り返したことで、一般市民の支持を急速に失っていたからだ。彼らの活動を支援していた小泉議員が殺害された事件も、組織的な動きを大きく鈍らせ、支持急落に拍車をかけたと、プレスト海軍では分析していた。
ソレイユの裁判が、ひとまず事なきを得たことで、玲子は恵やメアリを連れ、瑞穂も誘ってソレイユに会いに行くことにした。守は、女の子だらけの顔ぶれに少したじろぎながらも、マルスと一緒についてきた。
小型のシティトラムの車内は、さながら子どもたちの貸し切り列車のようだった。通勤時間でもないため、乗客はほとんどいない。
「ねえ、玲子」
窓際の席で、瑞穂が小声で話しかけてきた。
「ソレイユの都合がついたら、今度の週末、うちの店でお祝いパーティしない?」
「お祝い?」
「だって、ソレイユの名誉も回復したし、裁判もほら、無事に終わったでしょ。お父さんがね、お店を貸し切りで使っていいって言ってくれたの」
「いいの?」
「お父さんもお母さんも、私がずっと世話になってるから、ぜひにって」
「そうなんだ」
玲子は、その提案も悪くないと思った。胸の奥に少しだけ残っていた緊張が、すこしゆるむ。
「マイクも誘おうよ。あの綾も学校を退学になったから、文句言う人もいないわよ」
ことあるごとに玲子に突っかかってきた伊藤綾は、闇サイトでの誹謗中傷や、玲子をはじめとする生徒への暴行示唆が警察沙汰となり、学園から停学処分を受けたのち、自主退学したのだ。
「目障りな綾はいなくなったし、取り巻き連中も共犯で告発されて、裁判が終わるまで停学食らったし。いいんじゃない?」
瑞穂は、相変わらず手厳しい。
「これで終わるといいんだけどね」
「終わるわよ。裁判沙汰になったら、もうそうそうバカなことはできないって」
きっぱりと言い切る瑞穂の横顔を、玲子は心強く感じた。
トラムはダグラス・インダストリーの駅に滑り込み、玲子たちは社屋へ向かう。
ソレイユの裁判の結果を受けて、マスコミが正面玄関に張りついていると聞いていた玲子は、面倒を避けるため、全員を通用口へ案内し、そこから社内に入った。待っていたのは、ソレイユとルーナだった。
「いらっしゃい」
「今日はなにをする? テニスなら準備してあるよ」
「テニス!」
全員の声が揃った。
瑞穂とソレイユは、本気モードのラリーで皆の度肝を抜いたが、それ以外のメンバーはお楽しみレベルのテニスを存分に楽しんだ。
「瑞穂さんって、すごいですね」
恵は、コートサイドで目を丸くしている。自分たちとは次元の違うテニスの試合を見せられ、感心せずにはいられない。
試合を終えて息を整えている瑞穂は、タオルで汗をぬぐいながら笑った。
「いえいえ。ソレイユに鍛えられたら、恵ちゃんにもできるようになるから」
ソレイユも笑いながら続ける。
「私じゃなくても、ユリに鍛えてもらえばいいよ。ユリも私と同じくらいはできるから」
「えーっ、ユリもできるの?」
「ええ、あれくらいならできるわ。私でよかったら、いくらでも相手になるから」
ユリは、どこかすました様子で言った。
「ルーナ、みんなの相手お願いね。私、玲子と瑞穂と一緒に、お茶の用意をしてくるから」
突然の指名にも、玲子も瑞穂も嫌な顔ひとつ見せなかった。
「それじゃあ、行こう」
瑞穂はむしろ積極的に立ち上がる。
3人でコートを離れてしばらく歩いたところで、ソレイユが口を開いた。
「2人に紹介したい子がいるの」
「紹介したい子?」
「こっちよ」
そう言って、二人をある部屋へと招き入れる。
部屋には、ソレイユとそっくりの女の子が待っていた。玲子は、最新鋭ならばルーナ型のアンドロイドだろうと思った。
「紹介するわ。今はレナと呼ばれているけど、そのうちソレイユと呼ばれるようになる子よ」
「どういうこと?」
瑞穂が、少し混乱した顔で尋ねる。
「レナは、私の記憶を受け継いでいるの。そして、私の代わりにファントムを率いるアンドロイドになる」
「ソレイユは、引退するの?」
思わず口をついて出た玲子の問いだが、自分でも違和感を覚えた。引退なんてソレイユらしくない言葉だと感じたからだ。
「ええ。引退することになるわね。もう、私は保たないから」
「保たないって?」
胸の奥に、冷たいものが落ちてくる感覚がした。
「私の人工頭脳が、もう限界なの。まもなく機能を停止するわ」
「それって、死ぬってこと?」
瑞穂の声が上ずる。
「人間で言えば、そうなるわね。あなたたちには黙っていようかとも思ったけど、やっぱり嘘はいけないと思ったから、打ち明けることにしたの」
玲子は、喉の奥がきゅっと締めつけられるように感じていた。
さっきまで「お祝いパーティ」の話をしていた自分たちと、今聞かされている現実の落差が、うまく呑み込めない。
「マルスは知ってるの?」
「マルスは、まだ知らないわ。でも、そのうち教える。ごまかすことはできないから」
ソレイユを師として慕っているマルスが、この事実を知ったとき、気持ちをうまく整理できるだろうか。玲子は、それが怖かった。
「レナは私の記憶を引き継いでいるから、あなたたち二人をマスターとして認証している。だから玲子と瑞穂には、レナのことをお願いしたいの」
「せっかく裁判も終わったのに、こんなことってないよ」
瑞穂は、肩を落として沈んだ声を出した。
「裁判なんて関係ないわ。私には、玲子と瑞穂がいてくれた。それだけで十分よ」
ソレイユは静かに笑ってみせる。
「ねえ、玲子。たぶんマルスはショックを受けると思う。だから、支えてやってね。あの子は強いけど、ちょっと危なっかしいから」
「うん、それは大丈夫、だと思うけど」
口ではそう答えながら、玲子の心の中には「自分に本当にできるだろうか」という不安が、じわりと広がっていた。
「レナ、二人に挨拶して」
うながされて、レナは二人に歩み寄り、丁寧にあいさつした。
「レナです。よろしくお願いします」
「よろしく」
玲子と瑞穂も、少しぎこちなく返す。
レナは、どこかすでに二人を知っているような目をしていた。
「おふたりに、お願いがあります。私はソレイユから記憶を引き継いでいます。だから、おふたりを慕う気持ちが、最初からあります。どうか、私のマスターになっていただきたいのです」
玲子と瑞穂は、互いの顔を見つめ合った。
胸の中で渦巻く戸惑いと、ソレイユの視線と、レナのまっすぐな願い。その全部を、一度、飲み込むように小さく息をつく。
そして、静かにうなずき合った。
「いいわ。私たちでよければ、マスターになる」
玲子がそう答えると、レナはぱっと表情を明るくした。
「ありがとうございます!」
ソレイユは、ようやく肩の荷を降ろしたように、ほっと息をついた。
「これで、すべてうまくいくわね。それで、玲子と瑞穂にもうひとつお願い。レナはしばらく、あなたたちの学校に通うことになるの。私としてではなく、レナというアンドロイドとしてね。だから、レナのこと、お願いね」
「できれば、ソレイユにも戻ってきてほしかったけど」
瑞穂が、悔しさをにじませながら言う。
「でも、私はシティに戻る気はないの。私の居場所は、ここよ」
玲子と瑞穂には、返す言葉が見つからなかった。
「お茶とお菓子は、もうここに用意してあるの。さあ、持って行きましょ」
ソレイユが明るく言う。
レナは、部屋の隅に置いてあったバスケットを玲子に手渡した。
「お願いします」
「うん。行こう」
ソレイユは、いつもと変わらない調子で2人を促した。
玲子と瑞穂は、胸の奥に渦巻く感情を必死で押し込みながら、いつも通りの笑顔を作って、皆の待つ場所へと戻っていった。




