ブルーライトニング 第62章
昼食のあと、玲子とマルスはダグラス家の庭をのんびり散策していた。よく手入れされた芝生の上では、屋敷のロボットたちが大きなテーブルをしつらえ、静かに茶会の準備にいそしんでいる。
「お茶会って、どんなものなの?」とマルスが、玲子を見上げながら聞く。
「お茶を飲みながら、おしゃべりをするの。楽しいわよ」
「楽しいこと?」
「そうよ」
庭の入り口に、見知った影が現れた。ロボットにエスコートされている瑞穂と守だ。
「玲子! マルス!」瑞穂は二人の姿を見つけて、うれしそうに声を上げた。
瑞穂は大事そうに抱えていた箱をロボットに渡した。
「たいしたものじゃないけど、クッキーを持ってきました。どうぞ」
「ありがとうございます。お預かりします」
メタロイドは丁寧に受け取り、屋敷の中へと消える。
瑞穂と守が近づくと、瑞穂が声を潜めた。
「すごいお屋敷ね。玲子も、さっき来たの?」
「ううん。昨日はマルスと泊めてもらったの。マイクのお母さんに招待されたのよ」
「へえ。伊藤綾が知ったら悔しがりそう」
「知らないほうがいいわ。マイクも伊藤さんのこと、あまり好きじゃないみたい」
「ふーん。ほかの男子には人気あるのにね。マイクはやっぱり別格か」
「お姉ちゃん、庭にテニスコートがあるよ」
守が目を輝かせて言う。手には二人分のラケットが握られていた。玲子が事前に、持参するよう伝えていたのだ。
「ソレイユが来るなら一本やりたいけど」
瑞穂は、こんな時でも闘志を隠さない。
「今日はマイクや妹のメアリ、恵ちゃんとユリちゃんも来るの。楽しくやろ」
玲子は笑ってなだめた。
「そういえば昨日、大変だったんでしょ。ニュースでも報道されてたわ。ねえ玲子、恵ちゃんと一緒に帰ってたよね。事件に巻き込まれたの?」
「まあ、いろいろね。でもマルスがいたから大丈夫」
瑞穂はさらに声を落とす。
「玲子も一人くらい、やっつけたんじゃないの。あんたならやりそう」
「黙秘します」玲子が笑う。マルスは黙って頷いていた。
(そこで頷かないで、マルス)と玲子は心の中でつっこんだ。
お茶会のテーブルへ向かうと、屋敷のドアからアリスが現れた。
「玲子、お友達が来たのね。テーブルにご案内して」
「はい、おばさん。行こう、瑞穂、守くん」
「あの人、マイクのお母さん? ちょっと緊張する」と瑞穂が小声で言う。
「大丈夫、怖い人じゃないから」
「守くん、そのラケット、コート脇に置いてくるね」
「うん、お願い」
マルスはラケットを抱え、小走りでコートへ向かった。
アリスに続いて、高野夫妻と恵、ユリ、そしてルーナが庭に出てきた。白いクロスのかかったテーブルの前で、一同が向かい合う。
「昨日は娘たちを助けてくれてありがとう、玲子さん」と、高野が礼を述べる。
「助けていただいたのは私もです。アリスおばさんに」
「いいえ、玲子の頑張りのほうが価値があるわ」
アリスが笑って返す。その様子に、瑞穂が目を丸くした。
「やっぱり玲子、何かやったのね」
「だから、黙秘します」
「黙秘することでもないでしょうに。お茶でも飲みながら、玲子の武勇談を聞きましょう」
アリスがおどけて席を促した。
ロボットが静かな所作でケーキとクッキーを運んでくる。焼き菓子の甘い匂いが、庭の風にふわりと混ざった。
「これ、河合さんの店のクッキー?」と、マイクが上機嫌で言う。
「ええ。店で出してるのを、そのまま持ってきたの」
「前に行ったときはお菓子食べなかったからな。今度から食べるよ」
「それにしても、そんな目に遭うなんて、玲子も災難ね」
「ひどいことにならなくて済んでよかったわ。恵ちゃんには怖い思いをさせちゃったけど」
「玲子さんがいたから、よかったです」恵が首を振る。玲子は恵を怖がらせた警察官を許せなかった。
高野の妻が、ふと思い出したように口にする。
「恵が言ってたけど、犯人をひとり倒しちゃったんでしょ? 玲子さんは結構強いのね」
またその話題だ。玲子は心の中で苦笑する。
「とどめを刺したのはマルスです。それに、最初の一撃もマルスが入れていましたし」
玲子にはマルスの動きは見えていない。振り下ろした腕を何かにはじかれた襲撃犯の動きを見ただけだ。
高野が口元に笑みを浮かべる。
「ファントムのロボットたちが言っているよ。『玲子さんは強い』って。海軍内でも有名なんだ」
「でも、私を訓練してくれたのは、そのファントムのロボットたちですけど」
高野はおかしそうに続けた。
「任務中のメタロイドが女の子と訓練してるって、規律派が騒いでね。川崎副司令が押さえていたんだ」
「押さえるって?」
「『かまわん』って言って、自由にやらせたんだ。彼らの唯一のわがままだったからね」
「わがまま、なんですか?」
「訓練に付き合うのは本来の任務じゃないけどね、みんな、玲子さんのために働きたいと思っていた。大柄なメタロイドは体格の問題で遠慮してたけど、代わりに待機任務を引き受けて、うまくやっていたよ」
話を聞いていたアリスが、茶を注ぎながら笑う。
「メタロイドが熱心に玲子を鍛えていたのは知ってたけど、軍の中でそんな面白いことになってたのね。あの川崎さんがねえ」
「玲子さんはファントムの“アイドル”だから」と高野が冗談めかす。
玲子は思わずカップを持つ手を止めた。
(やめてほしい。恥ずかしい!)
「会ったことのないロボットも多いんですけど」
高野が玲子の言葉を気にせず続ける。
「最近は、そっちのお嬢さんとテニスを楽しんでるのも話題でね」
「えっ、私?」と瑞穂が目をぱちくりさせる。
「訓練施設にテニスコートを作ったから、噂にもなるわ」とアリスが話を添える。
「私、わがまま言っちゃったかしら」
「いいのよ。ソレイユに楽しみを与えてくれたんだから。テニスコートくらい大したことないわ」
「ソレイユ、楽しんでくれてるんですか?」
「ええ。仲間のアンドロイドやメタロイドと練習もしていたし、あなたたちとの時間を大切にしてる」
玲子が歩み寄る人影に気づいた。
「噂をすれば、ソレイユが来たわ」
庭の向こうから、サムに伴われたソレイユが歩いてくる。
「今日はお招きありがとうございました」とソレイユが挨拶する。
「ようこそ。座ってちょうだい」
アリスは、玲子と瑞穂の間の席を示した。サムは末席に腰を下ろす。
「サム、ノーマは?」とメアリが首を傾げる。
「ノーマは仕事だ。俺はソレイユの付き添いで来た。休暇は取ってるがね」
「えー、つまんない!」
「そう言うな。あさってから非番で戻る」
ふたりのやり取りを、ソレイユはどこかうれしそうに見守っていた。
席についたソレイユが、さっそく玲子に向き直る。
「玲子、大活躍だったわね。ファントムのみんなが騒いでる」
「えっ」
「マルスやルーナ、それにユリさんを助けたでしょ。社内ネットでリアルタイム共有されてるの。特にあの警察官との一件は」
ソレイユの目は誇らしげに玲子を見ている。
(データリンクで、よりによってそれ!)と玲子の顔が熱くなる。
高野の横で黙って話を聞いていたジムが口を開いた。
「玲子、ダグラス社の重役も一部始終を把握しているよ。データリンクで共有されているのでね。大事な会社のロボットを守ってくれたから、経営監査委員会も『マルスを任せて正解だった』と言っている。胸を張りなさい」
「そうなんですか?」
「ああ。自分の娘だったら誇りに思う。敷島君と上原君は、いい娘を持ったよ」
玲子は、自分のしたことが思っていた以上に大きく受け止められていることに、気恥ずかしさと、少しのうれしさを感じていた。
11月20日加筆




