ブルーライトニング 第61章
マイクやメアリと勉強していた玲子を、アリスが呼びに来た。
「玲子、マルス。ちょっとお客さまに会ってほしいの」
「はい」
さっき、ホールを横切っていったひとだろうか。ロボットが警察用だと玲子にも分かったが、昨日のことならば、もう関わりたくないと玲子は思っていた。マイクも不安げに二人を見送る。
「何の用だろうね」
マイクもロボットが警察用だと気づいたので、来訪者が警察関係者だと察していた。メアリは「つまんない」と口を尖らせる。
「しばらく待とう」
マイクは妹をたしなめた。今の自分にできることはない。
ジムの書斎の応接用のソファに、私服の刑事とロボットが座っていた。ふたりは玲子とマルスが来ると立ち上がり礼をする。玲子も頭を下げた。ジム・ダグラスが言う。
「玲子、アリスの隣に座りなさい」
玲子はアリスの隣に、マルスはその隣に腰を下ろした。
「テロ対策部の藤波と申します。昨夜は不快な思いをさせ、申し訳ありません。まずご報告を。昨夜あなた方を脅迫した刑事は、今朝、テロ幇助の罪で逮捕しました」
「逮捕?」
意外に思う玲子をよそに、藤波は続けた。
「警察官の身分を悪用しテロを手助けした、極めて悪質なものです。裏付けのため、いくつかお尋ねしたいのです」
「幇助とは具体的に何ですか?」
「テロ実行犯の犯罪を揉み消し、釈放させようとした行為です。今回はあなたが踏みとどまってくれたおかげで、犯罪のもみ消しが阻止され、逮捕する証拠ができました。調べると余罪もあり、これを糸口に捜査課の不正を立件したいと思っています。ご協力願えますか」
話を聞いていたアリスが口を開く。
「玲子は2年前にも暴漢に襲われましたが、“ただのけんか”として処理され、うやむやにされています。ひょっとして、それも?」
藤波が身を乗り出す。
「興味深い。いつ頃です?」
「2年前の9月だったと思います」と玲子。
傍らのロボットが応じる。
「該当事件を1件検出。捜査課が『未成年の少女と25歳男性のけんか』として処理しています。双方の同意を得て不成立扱いにしています」
藤波は玲子に向き直った。
「思い出したくないでしょうが、そのときも捜査課に脅されましたか?」
「はい。書類にサインしろと。『相手にけがをさせたから傷害で牢屋にいれるぞ』とも」
「サインしてしまったのですね。無理もありません。2年前なら、あなたはまだ子どもだった」
藤波はロボットに聞いた。
「当時の取り調べ担当は?」
「すでに逮捕済みです」
「よし。余罪として追求するように手配を」
ジムが憮然と吐き捨てる。
「警察にも、ずいぶんと腐っておるな」
「はい。リヨン大統領暗殺に協力した警備部に加え、捜査課はテロ犯罪者に手心を加えていた可能性があります。我々テロ対策部の管轄外で処理された暴力事件にも、テロ絡みが疑われますので、慎重に捜査を進めます。ところで、昨夜はやり取りが録音されていましたが、2年前は?」
「録音はしていません。今回は2年前の件があったこと、万一、弟やルーナたちに害が及ぶといけないと思って」
「弟?」
「この子です」玲子はマルスを示した。
「なるほど。昨夜の録音とテキストは弁護士経由で入手済みですし、我々も護衛で状況は把握しています。確認だけさせてください。不当な取り調べに、恐れを感じましたか?」
「机を叩かれ、言葉も荒くて。恵ちゃんはとても怖がっていました。私は引けないと思っていたので、怖いと感じる暇もなかったですが」
「録音があるので脅迫は明白です。容疑者も録音までは想定していなかったようです。弁護士に“でっち上げ調書”を押さえられたのも誤算だったようで」
「あれは、刑事さんが渡したんですよね」と玲子が冷静に指摘する。
「ええ。不正は許せませんから。ともあれ、あなたが拒否したのは見事でした」
「おばさんが来てくれると信じていましたから」
「なるほど」
藤波は姿勢を正す。
「では、2年前の件をもう少し。今後の捜査に重要です」
玲子は膝の上で指を組み、ぽつぽつと語り出した。
「下校中でした。バットを振り上げた男が突然襲ってきたので、反撃しました」
藤波が咳払いする。
「危険では?」
「体が勝手に動きました。詳しくは覚えていませんが、バットの振り下ろしを避けて、相手の手首をひねって倒したと思います。首あたりに蹴りも入れたかもしれません」
「武術の訓練を?」
「軍隊式の格闘術を習いました」
「誰に?」
「親友のアンドロイドに」
「それは、珍しいですね」
藤波はロボットへ。
「犯人のけがの記載は?」
「首・背中の強打による打撲。『少女に負傷させられた』と結論づけています」
「凶器で襲っておいて正当防衛だろうに。彼女の負傷は?」
「『無傷』となっています」
藤波は玲子に確かめる。
「本当に無傷? これも捜査課の改ざんでは?」
「無傷です。相手の動きは鈍かったし、よければ済みました。格闘訓練の方がよほどきついです」
藤波は頭をかいた。
「あなたがテロの標的になった理由、心当たりは?」
「ありません」
ここでアリスが手を挙げる。
「その点、私に心当たりがあります」
「伺います」
藤波はペンを取って、視線をアリスに向けた。
「“ソレイユ・ショック”はご存じで?」
「はい」
「ソレイユがシティへの出入り禁止になったとき、私たちは玲子がソレイユに会えるよう手配しました。ダグラス社のセキュリティエリアなら、文句を言われる筋合いはありませんから」
「格闘術の教師はソレイユですか?」
「そうです。のちにファントムのロボットも加わり、実戦的な訓練になりました。ロボット相手なので、かなりハードでしたけど」
「なるほど」と藤波は半ば呆れたように頷く。アリスは続けた。
「そのころ、玲子がソレイユに会っていることを一部メディアが揶揄しました。弁護士を通じて、プライバシー侵害の報道はやめるよう申し入れた矢先に、あの襲撃です。無関係とは思えません」
玲子は当時のことを思い起こし、心がざわつくのを感じた。藤波は口の端をゆがめた。
「ソレイユに好意的な者への“制裁”という動機か。報道記録は?」とロボットに確認する。
「あります。ただし事件後は途絶しています」とロボットが答える。
ジムが低く言う。
「我々は中傷には法的措置で臨んだ。徹底的にな。報道機関にもテロリストにも効果はあったろう。連中は、噛みつく相手には弱い」
「なるほど」藤波は納得した。ダグラス社が本気なら、さすがに手は出せまい。
「おじさん、そんなことが」と玲子は初めて聞く事実に目を見張る。
「気にするな。玲子がソレイユに関わる以上、会社として必要な対応だ」
アリスも微笑む。
「そう。玲子が気にする必要はないわ。ソレイユを守るためにも必要だったの」
藤波は結論づける。
「事情は理解しました」
ほぼ聞くべきことは聞けた。ただ一つをのぞいて。
「ところで。あなたが高野氏の娘さんと一緒にいたのは偶然ですか?」
できすぎだ、と藤波は内心思う。マルスが海軍の最新鋭アンドロイドで、恵の護衛につく計画は海軍司令部から聞いていた。だが、海軍が未成年まで作戦に巻き込むはずはない。そう思いたかった。玲子は正直に話す。
「マルスが恵ちゃんの護衛に付くことや、危険が迫っていることは聞いていました。でも、マルスがあまりに恵ちゃんに懐いているから、どんな子か会いたくなって。だから帰り道、一緒に帰ろうと誘いました。襲われるかもとは思いましたが、マルスもいるし、なんとかなると。護衛の邪魔はしないつもりでした」
「なるほど、実際になんとかしましたね。海軍の指示ではない、と」
「はい。ただ恵ちゃんと話したかっただけです」
藤波はわずかに安堵した。あの西郷がそこまで計算していたのなら背筋が寒いが、少なくとも強制ではない。
「思いがけず過去の件の糸口も得られました。感謝します」
藤波とロボットが立ち上がる。
「お嬢さん、いろいろ貴重な話をありがとう。警察官としてあるまじき行為をした、例の男はきっちり罪に問います」
「正直、終わったことだから、どうでもいいんですが」
「いや、罪は罪です。被害者を加害者にでっち上げるのは重罪です。どうでもいいとはいかないですよ」
玲子は胸の中のつかえがとれた気がした。
「では、お邪魔しました。お茶会は楽しんでください」
ふたりが退出し、ジムは玄関まで見送った。アリスは玲子のそばに残る。
「玲子、今日の話は気にしないで」
「でも、私のために、ずいぶんお金を使ったんですね」
「だから気にしないの。玲子を守るのは“シティのため”でもあるから」
「シティのため?」
「玲子がソレイユの親友だから、ファントムのロボットたちは玲子を特別に思っているの」
マルスが玲子のブラウスの裾をつまむ。
「お姉ちゃん」
「なぁに、マルス」
「お姉ちゃんは、ぼくたちにとって大切な人。ファントムのロボットは、みんなお姉ちゃんが大好きなんだ」
「そうなの?」
「だからね、みんなでプレストシティを守るんだよ」
アリスは玲子の肩に手を置き、言った。
「そう、玲子はファントムにとって特別な人なの。玲子のことは会社や海軍にとっても、大切なのよ」
話が終わり、玲子とマルスはマイクたちのもとへ戻っていった。
「話は終わったの?」とマイクが心配そうに問う。
「ええ、終わったわ」
玲子のどこか吹っ切れた様子をみて、マイクは胸をなで下ろした。
「終わったなら、宿題の問題、解いておいたの。見て!」とメアリは玲子にせがむ。玲子はマルスをマイクのほうに行かせて、メアリの横に座る。問題と答えを確認すると、
「よくできてるわ。きちんと解けたね」と、玲子はメアリの肩を抱いた。マイクはマルスの肩に手を回し、見上げてくるマルスに笑みを返した。
11月19日 加筆しました




