ブルーライトニング 第56章
高野は娘の恵とユリを連れ、ルーナを自宅に案内した。
「ルーナ、今日は家でゆっくりしなさい」
「ありがとうございます」
玄関から入ると、奥から恵の母親が出てきた。
「ああ、恵、良かったわ」
母は恵をぎゅっと抱きしめる。
「けがはなかった?」
「ユリや、ここにいるルーナが守ってくれたから」
母はルーナとユリに向き直り、
「ありがとう、ふたりとも」と頭を下げた。
恵は思い出したように言う。
「あっ、でも、ここにはいないけど、マルスとお姉さんも守ってくれたの」
「そうなの」
高野は妻に向かって言った。
「そのことなんだがね、マルスのお姉さんには結構世話になったので、明日、ダグラスさんのティーパーティで改めてお礼を言おうと思うんだ。一緒に来てくれるか?」
「ええ、いいですけど、そのお姉さんもロボットなの?」
「いや、人間なんだが、詳しいことはこれから話すよ。とりあえず、食事にしてくれないか」
「まあ、そんなことが」
食事を終え、これまでの経緯を聞いた恵の母は顔を曇らせた。
「全く警察の不祥事だよ。偽造した調書に署名させるなど。弁護士が今、告発の手続きを進めているんだが」
「でも、みんな無事に帰ってきたから良かったわ。本当に、玲子さんにもお礼を言わないと」
「私一人だったら、警察の人の言うとおり、名前を書いちゃったかも」
恵は小さな声で呟いた。今日一日でいろいろなことがありすぎて、すっかり気力を使い果たしてしまっていた。夕食もほとんど喉を通らなかった。
「あれは警察が悪いんだよ。恵は悪くない」
高野は娘をなだめ、それからふと首をかしげる。
「それにしても、なぜマルスのお姉さんと一緒だったんだい?」
マルスを学校に通わせる段階で、恵の護衛が任務であることは、玲子にも伝えてあると聞いていた。普通に考えれば、危険に首を突っ込むような真似はしないはずだ。それが高野には不思議だった。
「今日、高等部の人とテニスの練習をしたの。その後で、マルスのお姉さんから私に話しかけてきて、一緒に帰ることになったのよ。私がマルスと仲良くしているって聞いて、私と話してみたかったみたい。マルスのこと、かわいがってくれてありがとうって言ってたわ」
「そうか。恵がマルスを大事にしてくれたから、お姉さんも恵を守ってくれたんだな」
恵の母親はルーナに目を向けた。
「あなた、ルーナにもお礼を言わないと。ルーナもずっと恵を守ってくれてたのだから」
「もちろん、ルーナにも恵が世話になった。ありがとう」
高野が礼を言うと、ルーナは丁寧に頭を下げた。
「いえ、私も学校に行かせてもらいました。私こそ、お礼を言いたいです」
「そうか。学校に行ったのが、ルーナにとっては良かったのか?」
西郷がルーナを学校に通わせると言い出したとき、高野はてっきり、厄介払いをしているのだと思っていた。ところが最近になって、ルーナをソレイユの後継に、と真顔で提案してきたので、高野のほうが驚かされたくらいだ。
どうも、西郷という男は、表からは見えないところでいろいろと深い考えをめぐらせているらしい。
疲れを訴えた恵を、ユリは寝室に連れて行き、大きめのベッドに一緒に横になった。高野は、不安そうにしている恵の枕元に座り、しばらくの間、娘の話し相手になった。
「お父さんは、マルスが海軍のロボットだと知っていたの?」
「ああ、知っていたよ」
「お父さんが、マルスを私のそばに置いてくれたの?」
「それは違う。お父さんも、自分の家族のために軍の装備であるマルスを使うわけにはいかない。マルスとルーナを学校に行かせることは、軍の司令部が計画したことなんだ。もっとも、その人たちは恵を守らせることも考えていたようだけどね」
「海軍のロボットなのに、玲子さんは弟にしているの?」
「玲子さんはね、軍に協力してくれているんだ。マルスのことを引き取って、世話をしてくれている。マルスが軍のロボットだということは、ないしょのことだからね。クラスの友達に言いふらさないようにな。約束だよ」
「わかったわ」
「じゃあ、今夜はゆっくりお休み。恵、それからユリ」
恵が眠りにつくのを見届けてから、高野は部屋を出た。ルーナも「先に休ませてください」と客間のベッドで横になっていた。居間には、高野と妻だけが残り、なんとなくつけっぱなしにしていたニュース番組を眺めていた。
「殺されたのか(西郷のやつ、本当にやったのか!)」
政敵である小泉は、高野夫婦にとって決して好ましい存在ではなかった。特に妻は、あの顔つきが気に入らないと言って、前々から嫌っていた。人の本性は顔に出る。それが彼女の持論である。
「プレストシティのテロの首謀者ですって。あなた、知っていたの?」
「ああ」
高野は短く答えた。さすがに、この手の話を家族に詳しく話すわけにはいかない。妻もそれをわかっていて、それ以上は追及しなかった。
ニュースでは、警察のテロ対策部が公式の記者会見を行い、先のリヨン大統領暗殺計画の首謀者として、また今日の高野長官の娘を襲撃した事件の首謀者として小泉の名を挙げ、それらに連なる主要なメンバーを逮捕したと公表していた。
生きていれば、政治権力を使い、あらゆる手段で抵抗しただろう。だが、死者には抗弁のしようがない。高野は、小泉を死へと追いやる作戦をためらいもなく淡々と実行した西郷に、どこか薄気味悪さを覚えていた。
一方で、平和運動を暴力的に展開する市民団体「ピースメーカー」、テロ組織「セレクターズ」と通じているプレスト防衛軍、テロに加担してきた警備部や捜査課、そして世論の形成に協力してきたマスコミ。小泉は、こうした勢力を巧みに使い、自己の政治権力を築き上げてきた。その「要」とも言うべき人物を、西郷は砕いたのだ。
西郷は、残りの勢力を各個に撃破する計画を立てている。少なくとも高野の目には、そう映っていた。彼の目から見れば、西郷はテロの原因となるものを一つずつ潰しているにすぎない。
(テロリストではないだけ、ましか)
西郷に対する思考の末尾は、いつもこの結論に行き着く。
「あなた、この前のリヨン大統領の暗殺未遂には、警察の警備部が絡んでいたでしょう」
「ああ、そうだ」
「今日、恵たちを脅迫した捜査課の刑事も、一味なのかしら」
「だとしたら、テロ対策部が放ってはおかないさ」
高野は曖昧に答えた。妻はその含みを察し、それ以上は聞かなかった。だが、一つだけ、どうしても聞かずにはいられなかった。
「恵は、これからも狙われるのかしら」
「それはわからないが、ユリもいるし、マルスも引き続き恵を守ってくれるだろう。今回の件で、ロボットを連れている子供は、テロリストにとっては狙いづらい対象になったはずだ。実際、アンドロイドを子供のボディガードに導入する家族も増え始めている。まあ、抑止力だな。それに、いずれ警察のテロ対策部が、シティの主立ったテログループを一掃してくれるだろう。とにかく、そのときを待とう」
「それは、いつになるの?」
「そんなに先ではないさ」
高野はそう答えたが、その声色には、わずかな曇りが混じっていた。
2026年9月14日 加筆




