ブルーライトニング 第55章
ダグラスインダストリーの一角に間借りしているプレスト海軍情報局では、モニターに警察からの報告と盗聴記録がひっきりなしに流れていた。
シティの安全保障に関わる案件という名目のもと、海軍だけが捜査令状なしで通信を傍受できる。それが彼らの最大の強みであった。
「小泉議員が殺されたな。作戦目的の一つは達成だ」
西郷はぼそっとつぶやいた。
「そうですね」
短く答えたのは、情報局のマリー・オルソンだ。
小泉が高野長官の娘を狙っていると知った西郷は、それを逆手に取って小泉の排除を画策した。小泉の動きを警察のテロ対策部が察知したことを、プレストシティに潜むセレクターズのメンバーに、意図的に漏らしたのである。その任務を取り仕切っているのは、もともと西郷の片腕だった情報局員の仁科という男だ。オルソンは、彼が次々に手を打つ様子にいつも感心していた。
プレストシティの警察、防衛軍、マスコミに協力者を置き、テロを利用して支持基盤を築き上げた小泉だったが、海軍が本格的に活動を開始してからは、中央病院のテロも失敗し、リヨン大統領の暗殺も阻止された。かつてはピースメーカーを使い、ソレイユショックに乗じてソレイユとダグラスインダストリーの排除を画策したが、最近では世論も思い通りには動かなくなってきていた。
このうえ警察の網にかかったとなれば、組織は尻尾を切るだろう。西郷はそう予測していた。その動きを加速させるために、高野恵を狙うテロを抑止するのではなく、実行させたのである。
「それにしても、恵ちゃんや玲子さんが無事だったのは良かったですね」
西郷は姿勢を崩し、肩の力を抜いてオルソンの方へ視線を向けた。
「まあね。マルスやルーナを投入した甲斐があったということだ。ルーナをこの任務に就けてくれたサムにも感謝だな」
プレストシティに潜むセレクターズの中核を瓦解させたことは、西郷にとって大きな成果だった。
「防衛軍は動かなかったですね。伊藤司令は完全に小泉議員を無視してました。やっぱり、保身にかけては天才的ですね」
「共倒れを警戒したんだろうな。まあ、やつがこれからの中核だな」
「今度は防衛軍を引っかき回すおつもりですか?」
西郷は首を振った。
「無理だ。やつは不用意には動かない。とりあえず、テロリストの供給源でもあるピースメーカーを潰すのが先決だ。小泉が死んだから、世論の支持を得られなくなった大手マスコミは、自滅を待つだけでいい」
軽い口調でさらりと言ってのけた西郷だが、最近の調査でモルガンと伊藤司令の間に接点があることがわかり、それが気がかりだった。しかし、そのことは口にしない。
オルソンは、手元のモニターに次々と情報が集積・整理されていくのを眺めながら、話題を変えた。
「司令は、本当にルーナをファントムの総司令にするおつもりですか?」
西郷は冷めた目をオルソンに向ける。
「無論だ。そのために学校にも行かせたのだからね。学校でいい人に出会えたのはいい傾向だよ。ソレイユのいい跡継ぎになる」
オルソンは、やや非難を込めた目で西郷を見た。
「私、司令がルーナを厄介払いにしたのかと思ってました。ルーナをすぐに学校に通わせて、高野長官のお嬢さんを護衛させて」
西郷は口の端に笑みを浮かべた。
「君は厄介払いされていると思って、ルーナを預かったのか? マルスを預かろうとしたみたいに」
「正直に言えば、そうです」
西郷は、やれやれといった表情をした。
「厄介払いをするくらいなら、君に預けたりしないよ。オルソン少将、君は本当に優しいな」
オルソンは口元を引き締めた。彼女は西郷を恐れていた。有害だと判断した相手は、ためらわず排除に動く。時として、相手に死をもたらすことさえ辞さないと知っていたからである。
警察署を出たアリスと玲子とマルスの前に、ダグラス家の車が止まった。後席のドアが大きく開く。玲子はそわそわしながら言った。
「おばさん、お泊まりの用意を家に置いたままなの。取りに行きたいんだけど」
「いいわよ。帰り道に寄るから。さあ、乗りなさい」
アリスの車は、後席が向かい合わせに配置されている。玲子とマルスが前向きに、アリスは後ろ向きのベンチシートに座った。慣れない車に、玲子は落ち着かない様子で周囲を見回す。
「出してちょうだい。敷島家に寄っていって」
「かしこまりました、奥様」
運転席に座るメタロイドが答えると、車は滑るように動き出した。自動運転車が普及した時代に、あえて運転手ロボットがついているのは、高級車の証でもある。
「とんでもないことに巻き込まれて、疲れちゃったでしょう。今日はゆっくりおばさんの家でくつろぎなさい」
「ありがとう」
「まあ、メアリが玲子が来るってはしゃいでいたから、ゆっくりできないかもしれないけど」
「メアリなら、かまいません」
「それからマイクは気にならない?」
「えっと、それは」
「同級生だものね。気になるわよね」
困った顔をする玲子を見て、アリスはくすっと笑った。
「どう? 玲子の目から見て、マイクは」
「どうって、頼りになる人だと思います」
「本当に?」
「私のこと、助けてくれます」
「そうね。あの子、玲子を好いているもの。玲子はマイクのこと、好き?」
「わたしは、よく、わかりません」
マイクの気持ちをアリスに言われると、玲子は胸のあたりがむずがゆくなり、思わず視線を落とした。
「まあ、あの子にはもっと男を磨けって言っているのよ。玲子と釣り合うように、ってね」
「マイクって、女子に人気があるんですよ。私なんかよりは」
「誰を選ぶかはマイクが決めること。だから玲子も“自分なんか”なんて言わずに、あの子の気持ちもきちんと受け止めてほしいわ。マルスを受け止めたようにね」
「はい」
運転手のロボットが告げた。
「奥様、敷島家に着きました」
玲子は自宅に寄って、宿泊道具一式を持ち出した。
「週末はごゆっくりお過ごしください」とロビーは優しく声をかけ、玄関まで見送ってくれた。運転手のロボットが荷物を車に積み込み、玲子は再び車に乗り込む。
運転席に戻ったロボットが言った。
「奥様、住宅街で事件があったようで、一部通行に支障が出ています。回り道をいたしますので、ご承知おきください」
「事件? いやね、なにがあったの」
「小泉議員の自宅に、警察のロボット部隊が突入したそうです。何人か逮捕されたとか。ネットニュースではそう報じていますが、警察からの公式発表はまだありません」
「こわいわねえ。いいわ、回り道してちょうだい」
アリスは、それがまさか自分たちが関わった一連の事件のひとつだとは、夢にも思っていなかった。
2025年11月23日 加筆




