ブルーライトニング 第57章
玲子たちを乗せた車は門をくぐり、玄関前に横付けされた。
玲子には見慣れた光景だったが、マルスにとっては初めての経験で、車がそのまま玄関前まで入っていくことに、少し目を丸くしている。
「大きいおうちだね」マルスが玲子を見上げる。
「そうね」玲子はほほえんだ。
「さあ、ふたりとも入ってちょうだい。すっかり遅くなってしまったわ」
時計はすでに8時を回っていた。玄関のドアが開くや否や、元気な女の子が飛び出してくる。
「玲子! いらっしゃい!」
アリスの娘、メアリだ。勢いよく玲子に抱きつくと、マルスにも「あなたがマルスね、いらっしゃい」と言って、そのまま抱きしめた。10歳のメアリは、9歳くらいの体格のマルスより、わずかに背が高い。
「メアリ、ママも玲子もおなかがすいているの。早く食事にしたいわ」
「わたしたちもまだなの。一緒に食べましょうよ」
「先に食べなさいって言ったでしょう」
「せっかく玲子が来るんだもの。一緒がいいわ。みんな待ってるの」
アリスは軽く肩をすくめた。
「じゃあ、一緒に食べましょう」
荷物を居間に置き、食堂へ入ると、テーブルには料理と食器がきちんと並べられ、この家の主ジム・ダグラスがすでに席について3人を招いた。
「玲子とマルスは、そこの席に」
「お待たせしてごめんなさい」
「玲子のせいじゃない。謝らなくていいよ。それより、大変だったね。よくやった。君が頑張ったおかげで、厄介な問題を回避できた」
ジムは、すでに報告で経緯を把握していた。
「弁護士が資料をまとめて、明日には告発する。あの刑事には、しかるべき報いを受けてもらう」
「もう、どうでもいいんですけど」玲子が腰を下ろしながら言う。
「いや、ああいう輩はこれまでもロクなことをしていないし、これからもしない。警察という組織から除かねばならない。君のためだけじゃない、社会のためだ」
ぱんぱん、とアリスが手を打った。
「はい、そこまで。食事にしましょう」
玲子の右にメアリ、左にマルス、真正面にマイクとアリスとジムが座る。
来客用の大きなテーブルは、6人にはゆったりと広い。いつもと違う大きなテーブルを前に、マルスは少し落ち着かない様子で、そっと玲子の方へ身を寄せていた。
最初にスープが運ばれる。
「これ、マイクが作ったのよ」メアリが玲子に耳打ちした。
「へえ、そうなの?」玲子がマイクを見る。
「うん、結局これしか作らせてもらえなかったけどね」
脇に控えていたロボットが、恭しく一礼して補足する。
「お客様にお出しするにふさわしい一品かと存じます。最近はマイク様も上達しました」
ダグラス家の執事役ロボット、ジスカルドだ。玲子とも顔なじみで、屋敷のロボットたちのリーダーでもある。
「おいしいわ。本当に上手」
玲子はスープを味わい、素直な感想を述べた。
「マイクはね、せめて一品は作らせてって、ジスカルドにお願いしてたの」と、メアリが暴露する。
「メアリ、余計なこと言うなよ」
「マイク、よくできてるぞ」と、父のジムも頷く。
「ジスカルドの指導のたまものね」と、アリスも目を細めた。
「よろしければメインをお出しします。パンのおかわりもお持ちしましょうか」
「ああ、頼む」ジムが応じる。
マルスとロビーとの3人きりの食事が続いていた玲子にとって、久しぶりの賑やかな晩餐になった。玲子が和んでいるせいか、マルスも次第に落ち着きを取り戻し、ニコニコしながら会話に耳を傾けている。
「あっ、そうだ玲子。明日のティーパーティにはお友だちも呼びなさい。あの、ソレイユとテニスしている子」
「瑞穂ですか」
「そう、その子。彼女が来るようになってからソレイユも一段と楽しそうだったし、シティへの出入りも自由になったでしょう? 明日はソレイユも呼ぼうと思うの」
“ソレイユ・ショック”後、危険視されてシティ立ち入りを制限されていたソレイユは、牧原市長の謝罪を経て、今では以前のように自由な出入りが認められていた。
「瑞穂の弟も呼んでいいですか。ルーナのお友だちなんです」
「いいわよ。姉弟で呼びなさい。お菓子は用意するから手ぶらでね」
ジムがちらりと妻を見てから、玲子に向き直る。
「遠慮はいらない。呼びなさい。ソレイユも喜ぶ」
「はい。食事が終わったら招待します」
「瑞穂お姉ちゃんも来るんだね」とマルスが言うと、アリスはニコニコしながら、
「マルスには、お姉ちゃんがふたりもいるのね」と返した。
「うん、お姉ちゃんと同じくらい、好き!」とマルスは照れくさそうに付け加えた。
食後、ロボットたちが片づけを始めると、マイクが声をかけた。
「玲子、明日の午前中、数学のレポート一緒にやらないか?」
「いいわね。一緒にやりましょう」
そこへメアリが、むっとして割り込む。
「マイク、ずるい! 玲子はわたしと一緒に宿題をするの!」
「メアリには高等部の数学は難しいだろ。玲子だって自分のレポートがあるんだ」
メアリはすがるように玲子を見る。
「いいよ、一緒にやろう。算数なら得意だから、メアリに教えるよ」
「やったー!」メアリが歓声を上げる。
「玲子は優しいなあ」マイクがぼやくと、
「マイクが意地悪なのよ」メアリが即座にやり返す。
「だったら、メアリはマルスに教わったらどうだ?」とマイク。
「えー、マルスはわたしより小さいんだよ」
マルスはキョロキョロと、玲子とメアリの顔を見比べる。
「マルスは初等部6年だぞ」からかうようにマイクが言うと、玲子がくすりと笑った。
「そうね。それにマルスは高等部の数学も理解してるから、頼りになるわよ。私もしょっちゅう間違いを指摘されてるの」
「えーっ、わたしは玲子と一緒がいい!」
兄妹げんかのような口論に、アリスが仲裁を入れる。
「もう、4人でこの部屋でやりなさい」
「明日のお茶会でここを使わないの?」と、マイクが尋ねる。
「明日は天気がよさそうだから、庭にテーブルを出すわ。4人でここを使いなさい」
マルスまで、当たり前のように人数に入れている。そんな細やかな気配りが、いかにもアリスらしかった。




