ブルーライトニング 第46章
突然、マスコミで発表されたガバメント社とダグラス社のロボットの決闘試合。マルスはガバメント社の戦闘用ロボットと対峙する。
2025年5月16日 加筆修正しました
2025年12月01日 加筆修正しました
「やられたか」
スコットの第一声に、西郷は無表情のまま応じた。
「想定内の動きです。オルソン・レポートでも把握していました」
世間を騒がせているのは、ダグラス社製とガバメント社製ロボットの“決闘”だ。海軍への事前連絡もないまま、派手な宣伝とともに一方的に既成事実化された催しである。
「防衛軍は結果次第で採用機の見直しを主張している。負けられません」と川崎が言う。
「向こうは大統領護衛についた2体のアンドロイドを指名してきた。ソレイユでは分が悪い。必然的にマルスだが、こんな茶番に使いたくはない」とスコットは顔をしかめた。
「ガバメントは『アンドロイドになら勝てる』と踏んでいるのでしょう。なめられたものです」
西郷は淡々と意見を述べる。
「マルスで勝てるのか」とスコットは疑問をぶつける。
「上原博士の見立ては」
「ガバメントの技術がゼムの能力を圧倒するとは考えにくいです。マルスは今やゼムとの戦闘訓練では連勝しています。しかし、そんなことを知らないガバメントは『アンドロイドはメタロイドに劣る』という常識に賭けたのでしょう。もっとも、マルスは常識外れですが」
西郷は結論を置く。
「連中は“こちらにメタロイドを出させない”舞台を用意しました。アンドロイド相手なら確実に勝てると踏んでいます」
「かつてソレイユに瞬殺されたのを忘れたか」スコットが刺す。
「進歩はしているでしょう。少なくともソレイユには勝てる自信はあるのでしょう。彼らの中では」
スコットは渋面のままうなずく。西郷は続けた。
「問題は観客です。最悪、観客席への射撃でこちらを揺さぶるでしょう。長期戦はマルスが不利です」
「そこまでするのか」
「お忘れなく。かつて彼らは民間人を巻き込む寸前だった。『人命は金で補償すればよい』そういう発想です」
「おぞましい」スコットの嫌悪は、そのまま場の空気になった。
「大丈夫です。マルスなら速攻で決められる。奴らに、どちらが浅はかかを思い知らせましょう」
模擬戦闘の相手はJ-5〈クラブマン〉。エビのように湾曲した胴、四脚、一対の大鋏。さらに二対の小腕も備えた重攻撃型だ。ゼムは“想定される敵”の動きを再現するため、あえてこの機体を選んだ。
J-5も機動性は高いが、マルスはそのさらに上を行く。クラブマンの大鋏に装着された訓練用レーザーが放たれても、照準が追いつく前に懐へ潜り込み、ライトセイバーで腰のブロックを断つ。その動きを、誤差なく反復していく。
「動きは完璧だ」ゼムが満足げに評した。
「重攻撃型は機動が鈍る。私に勝てなかった連中だ。マルスなら余裕だ。観客席を狙う素振りを見せたら、手加減は無用、即時無力化だ」
「そこまでやるかな」
「奴らはやる。あの時、ソレイユが止めなければ民間人に被害が出ていた。我らのマスターを悲しませることは許されない」
「うん。お姉ちゃんを悲しませたくない」
「マスターの意志が我らの意志。それにそぐわぬものは消す。民間人を脅かす機体など、許すな!」
マルスはにこりと笑い、「わかった」とだけ返した。
“決闘”の文字を見た瞬間、玲子の口から出たのは「嫌ね」の一言だった。上原は、仕組まれた舞台そのものへの嫌悪だと察する。玲子はニュース画面をさっさと閉じ、マルスにはただ一言。
「大変だけど、頑張ってね」
「うん。大丈夫だよ」
不安の影は微塵もない。それ以降、2人はあえてその話題を出さなかった。
「伯父さん、今ごろフォルテシティに着いたかしら」と玲子が聞く。敷島は大型メタロイド〈プロメテウス〉の開発支援で、ローウェル社へ出張中だ。
「無事到着、もう仕事してるそうよ。タフよね」と、上原は肩をすくめた。
「無理しなければいいけど」
「大丈夫。伯父さんは“8割パワー”が徹底してるから」
「8割パワー?」
「自分の能力の8割で動くこと。フルパワーだと、かえってひらめきが出ないって。もっとも伯父さんの8割は、普通を軽く超えるけどね」
「面白い人ね、伯父さんって」
寝る前、上原が言った。
「今夜は、いっぱいマルスを甘やかして」
「ええ、いっぱい抱っこする。おいで、マルス」
「はーい」
ベッドにもぐり、玲子はマルスを両腕で抱く。ふっくらした頬がすり寄ってくる。そのしぐさは由美子にそっくりだ。違うのは、マルスが決してわがままを言わないこと。手が掛からないのが、少し物足りない。
決闘当日。スタジアムは満員だった。スコットと高野長官は関係者席に座り、内心は穏やかでない。流れ弾が観客席へ入れば大惨事だ。スコットには観客席が巨大な人質に見えた。
議会の実力者・小泉が慇懃に笑む。
「市民の関心の高さがうかがえますな。どちらが優れているか、皆知りたいのです」
「比べるならメタロイド同士でやればいい。子どものアンドロイドを指名するなどフェアじゃない」と、スコットは抑えた声で返す。
「英雄でしょう、あの子は。これくらいは務めを果たしてもらわねば」と小泉は含み笑いを浮かべる。市長の牧原は沈黙を守り、防衛軍司令の伊藤は不気味な笑みを浮かべている。結果に自信があるのだろう。
ファンファーレが鳴り、二体が中央へ進み、定位置で停止する。
「やはり、あいつの発展型か」と、スコットは目を細めた。二足歩行の“カニ型”胴体に火砲を備えた腕。暴動鎮圧・戦闘攻撃用の最新モデルだ。対するマルスは、大統領護衛時と同じ、少女の姿。
合図と同時に、カニ型の砲が火を噴いた。
(実弾だと? 安全規定など完全に無視している)
着弾地点が爆ぜ、地面がえぐれる。轟音がスタジアムに反響し、歓声とも悲鳴ともつかない声が上がるが、マルスはすでに別位置にいた。遠目にも、冷たい視線のまま地上を加速していくのが分かる。続く数発はスタジアムの床にクレーターを刻むばかりだ。
地表を高速で走る。マルスを肉眼で追えるのは、あえて“見せている”からに過ぎない。
次の瞬間、マルスの姿が消えた。カニ型の腕が、明らかに観客席に向けられる。観客席を撃つ気だとスコットが悟った刹那。敵ロボットの両腕が落ち、腰ブロックが砕け、続けざまに頭部センサーが弾け飛ぶ。機体は膝を折り、崩落した。スタジアム中がどよめきの海と化す。
ライトセイバーを止めたマルスが、煙の向こうから姿を現す。スコットはようやく息を吐いた。さすが、敷島と上原の最高傑作だ。視線の端で小泉を見ると、怒りに支配された顔。その様子を見て、胸の底でふっと笑みが漏れる。
「性能差は圧倒的だ。アンドロイドにすら勝てぬなら、ガバメントの実力は知れたものだ」と、牧原が低く言った。
小泉がきっと睨む。
「海軍の整備方針に変更はない。こういう茶番は、これきりにしていただきたい」
牧原が冷たく言い放つと、小泉は立ち上がり、椅子を蹴るようにして席を離れた。
「これほど危険なアンドロイドを作ったダグラスは、世論の糾弾を受けるべきだ!」と捨て台詞を残し、伊藤とともに去っていく。
「我々も動く」牧原は高野とともに立ち上がった。記者会見へ向かうためだ。




