ブルーライトニング 第45章
玲子とマルスは、瑞穂と守の姉弟とデートに行く。玲子と並んで歩く守は、玲子に相談事をしてきたのだった。
「ごめんね。お姉ちゃんがマルスを取っちゃって」
並んで歩きながら、守が玲子に謝る。少し前では、瑞穂がマルスと手をつないで楽しそうに歩いている。玲子はその様子を満足そうに見つめて、
「いいのよ。マルスはいろんな人にかわいがってもらった方がいいし、今日は守くんとのデートも楽しみだったから」
そう答えると、守は照れてうつむいた。
瑞穂は守のことを「かわいくない」なんて言うが、そんなことはない。言い返す口の達者さが、どこか由美子を思い出させる。男女の違いはあっても、少し生意気で、でも情に厚いところがよく似ているのだ。瑞穂に減らず口をたたくわりに、守は案外、瑞穂に甘えている。以前は玲子にも遠慮がちに甘えてきた。
さすがに初等部六年になって、手をつないで歩くのは照れくさいのだろう。守は玲子のとなりを、同じ歩調で静かに歩く。それだけで、玲子の心は不思議と穏やかになった。
「玲子さん、ちょっと聞いてもいい?」
「なに?」
「ソレイユは、どうして玲子さんの“友達”でいられるの?」
「友達だからよ。それ以上の理由なんてないわ」
当たり前の答えに、守はなお首をかしげる。
「じゃあ、ロボットにとって“友達”って、なんだろう?」
「どうしてそう思ったの?」
言いかけて、玲子ははっとする。
「もしかして、ルーナに“友達になって”って言われた?」
図星をつかれ、守は目を丸くした。
「どうしてわかるの?」
「ルーナから聞いたの。クラスに仲良くなりたい子がいるって。先週のことだよ。私は“いいじゃない”って答えたの」
「玲子さん、ルーナとも友達なんだ」
「ええ。私はずっとそう思ってた。でも、ルーナは“友達”の意味を、先週まではよく理解してなかったの」
「昨日、ルーナに言われたんだ。“友達になって”って。ぼくは“いいよ”って返したけど、ふと考えちゃって。ロボットにとっての友達って何だろう、ぼくに何ができるんだろうって」
こういう誠実さが、守のいいところだ。玲子は微笑む。
「ルーナは守くんを信頼してる。だから、守くんもルーナを信じてあげればいい。あとは、自分にできることをするだけ」
「それだけでいいのかな」
「うん、それでいい」
言いながら、玲子の胸にも後ろめたさがある。自分だって、マルスに“できること”しかしていないのだから、それ以上を他人に求めることはできない。それでもマルスは、玲子のことをマスターであり、お姉ちゃんと呼んでくれるのだ。
「それにね、ルーナが言ってた。守くんがとても親切にしてくれたって。だから、いままで通りで大丈夫」
「そっか」
前を歩いていた瑞穂が振り向いた。
「ねえ、ちょうどいいから、あの喫茶店でお茶していかない?」
「いいね。守くん、行こう」
「うん」
店内は空いていて、窓際の席に通された。ウェイターが注文を取りに来る。
「紅茶2つで。守はジュースでいい?」
「うん。オレンジジュース」
「じゃあ、紅茶2つとオレンジジュースを」
瑞穂に続いて、玲子が付け加える。
「それから、この子はロボットなので、場所代を」
「お客様、当店は付き添いのロボット2名まで無料でございます」
「あっ、そうなんですね。お願いします」
「紅茶2つとオレンジジュースをお持ちします」
ウェイターが下がると、玲子が言った。
「こういう“ロボット2名まで無料”の店、増えてるね」
「うちもそうしてるよ」と瑞穂。
「もともとは、一人の客がロボットを山ほど連れ込んで、店を占拠したのが発端。場所代って、そういう迷惑行為の抑止なの。ロボットの一人や二人なら常識の範囲でしょ」
「まあ、確かに」
「しかも、その迷惑客が連れてたの、ロボットのコスプレした“人間”だったんだって。ただの厄介者よ」
瑞穂が憤慨して言い切ると、マルスがぱちぱちと瞬きをした。瑞穂はマルスの頭をやさしく撫でる。
「ロボットは悪くない。悪いのは人間のマナーだよ」
やがてポットの紅茶とオレンジジュースが運ばれてきた。
カップを口に運びながら、玲子は思い出したように守へ向き直る。
「こんどね、マルスが守くんのクラスに転入すると思うの。そうなったらよろしくね」
「えっ?」瑞穂と守が同時に声を上げた。
「玲子と同じ、というか、私たちのクラスじゃないの?」
3人が通う学校はロボットの受け入れに寛容で、たいていはオーナーの子どもと同じクラスになる。2人が驚くのも無理はない。
「多分、守くんのクラスになると思う」
「まあ、私たちのクラスには伊藤綾がいるし、守のクラスのほうがいいかも」と瑞穂はすぐに納得した。
「じゃあ、ぼくのクラス、ロボットが3人になるんだ」
「ううん、多分マルスは、ルーナと入れ違いになる。守くん、ルーナから何か聞いてない?」
「えっ、聞いてない」
「そっか。隠してるのかな。でも守くんに隠し事はダメだね。私からルーナに言っておく」
「せっかく友達になれたのに、さびしいな」
「だから“友達になって”って言ったんだと思うよ」
「また会えるかな?」
「会えると思うよ」
「そっか」
守は気持ちを切り替えるように顔を上げた。
「マルスは、いつから学校に来るの?」
「手続きがあるから、1週間後くらいかな。マルスもそう聞いてる?」
「うん、“1週間くらい先”って聞いてる」
「へえ、玲子とマルスが一緒に通学か。楽しそう」
瑞穂の笑顔につられて、玲子の胸にも温かな灯がともる。その灯りがいつまで続くのかを思うと、ほんの少しだけ、切なさも混じった。




