ブルーライトニング 第44章
玲子の家に遊びに来た瑞穂は、マルスのお手製のケーキを振る舞われる。玲子に一途に尽くすマルスに、瑞穂はデートに誘う。その夜、玲子は上原からマルスが学校に通うことを聞かされる。一人の女の子の護衛任務を帯びて。
「ただいま!」
「おじゃまします!」
玄関の声に、マルスが飛び出してくる。
「お帰りなさい!」
マルスは玲子の鞄を受け取り、瑞穂にも「どうぞ」と手を差し出した。
「瑞穂お姉ちゃんもどうぞ」
「うん、そのつもりよ」
ダイニングに入ると、マルスが席へと案内する。
「今日ね、ロビーに教わってケーキを作ったの」
「わあ、食べたい!」と瑞穂。
「じゃあ、お茶を入れよう。待っててね、瑞穂」
玲子が湯を沸かし、手際よく茶葉をポットに入れる。ロビーが控えめに申し出るが、
「私がするわ」と言って、玲子はロビーを押しとどめた。その手つきを、マルスは興味津々な様子で見つめている。
「マルス、お茶を注いでみる?」
「うん」
マルスがポットを持ち上げる。玲子は慌てて茶こしをカップに構えた。
「茶こしの上からね」
「こう?」
危なっかしいが、ちゃんと2杯分を注ぎきる。
(ロビーに任せれば完璧なのに、あえてマルスにさせるんだ。まるでお母さんみたい)と瑞穂は微笑む。
席に着くと、瑞穂はさりげなく椅子を動かし、マルスの隣に身を寄せた。
「なんか、狭くない?」と玲子。
「だってマルスのそばがいいんだもん」
テーブルの片側に、玲子・マルス・瑞穂の順で肩を寄せ合って座る。ロビーは無表情ながら、どこか目元が柔らかい。
「このケーキ、おいしい!」
素朴なパウンドケーキはふっくらと膨らみ、香りがいい。
(初めてでこの出来。ロビーの指導って言ってたけど、家事機能のあるアンドロイドなら、最初から一人で作れてもおかしくないはず。でも“教わった”って言ってたな。ロビーは“できて当然”で、マルスは“できるようになっていく”ってことなのかも)
瑞穂の胸に、好奇心と小さな疑問がむくむくと湧く。
「とてもよくできてる。おいしいよ」
玲子がマルスの肩を抱くと、マルスはうれしそうに目を細めた。
(玲子、本当に楽しそう)
以前の空虚さが消え、日々が満ちて見える。きっとマルスとの生活が幸せなのだ。事情は複雑でも、いま喜んでいるならそれでいい、と瑞穂は思考をいったん止めた。
ケーキとお茶を楽しみながら、明日の予定の話になる。
「玲子、明日、予定ある?」
「特にないよ」
「じゃあ、マルスとデートしたいな。町歩き、どう?」
「いいね。行こう。マルスもいい?」
「うん」
「守くんは連れてくる?」と玲子。
「あいつはいい。かわいくないから」
「またそんなことを」玲子は笑う。
「私はマルスとデートしたいの。邪魔者はいらない」
口ではそう言いながらも、守のことを本気で嫌っているわけではないと、玲子は分かっている。
「私は守くんともデートしたいな。よかったら連れてきて?」
「玲子が言うなら、まあいいか。玲子って守が好きだよね」
「やんちゃでかわいいもの」
「ふーん、それは認めるけど」
(認めるんだ)と玲子は吹き出した。
夜。瑞穂が帰った後、伯父とおばが帰宅し、4人で食卓を囲む。
「玲子、マルスを学校に行かせることになったわ」
「ほんとに?」
玲子の顔がぱっと明るくなる。
「クラスは初等部だけど、いいわね」
「学費は?」
「小母さんが払うわ。一時的な通学だけどね」
「一時的なんだ」
玲子の声に、かすかな寂しさが混じった。
「理由は二つ。マルスにも学校を経験させたいこと。もう一つは、クラスの女の子の護衛任務」
「ルーナが護衛してる子とは別の子?」
「交代よ。ルーナはファントムの総指揮官になるから」
「ルーナが総指揮官に! でも、もともとそのために作られたんだよね」
「ええ。だから学校はやめることになるわ」
玲子は守の顔を思い浮かべる。きっと残念がるだろう。
上機嫌に話す小母とは対照的に、伯父の敷島は無口なまま、箸を動かす手がわずかに強張っていた。
(伯父さんは、私がマルスの面倒を見るのを快く思ってないのかな。でも、マルスがいると毎日が楽しい。そのことは分かってほしい)
玲子は胸の内でそう願う。
「それとね、マルスの服を3着作ってあげる。あとでカタログを見て選びましょう」
「ほんと?」
玲子は思わず身を乗り出した。ずっと気にしていたことだった。
「マルスの面倒をよく見ているご褒美よ」
「ありがとう、小母さん」
玲子は隣のマルスを抱き寄せる。
「よかったね、マルス」
「うん。ありがとう、小母さん」
食卓の灯りが、3人の笑顔をやわらかく照らした。




