ブルーライトニング 第43章
上原は高野長官に呼び出され、やっかいなことを頼まれる。部下の西郷中将のやり方に、高野はいらだちを抑えられないでいた。
「何か、私にご用でしょうか」
上原は高野長官の執務室に入るなり、単刀直入に切り出した。室内には川崎中将の姿もある。ファントム絡みだなと上原は察した。
「博士に、少々やっかいな相談があります」と高野。
「何でしょう。私にできることなら」
川崎が口を開いた。
「西郷中将が、ルーナをファントムのリーダーに据えるべきだと進言しました」
「当然の判断では? ルーナはそのためのアンドロイドです」
ところが高野も川崎も、揃って眉を寄せた。
「ルーナとゼムの模擬戦の直後、西郷は彼女を学校に行かせると言い出しました。表向きは長官令嬢の護衛ですが、第一線の任務とは言い難い。意図が読めませんでした」
高野が続ける。
「さらに理解できないのは、ルーナの代わりにマルスを学校へ行かせるという点です。マルスは最強のアンドロイドです。そんな逸材を、うちの娘の護衛に充てるなど、どういう了見なのか、さっぱりわかりません」
感情を昂らせる高野に対し、川崎は淡々としていた。上原は穏やかに口を挟む。
「護衛任務は軽い仕事ではありません。西郷中将は、それも含めてファントム・オペレーションの一環として構想しているはずです」
「ただし、軍の内規上、マルスの私的運用には相応の負担が必要になります」と川崎が言う。
上原は即答した。
「その“やっかいごと”が費用の件なら、私が負担します。玲子がマルスと学校に通えるなら、これ以上ない機会です。期間が短くても構いません」
上原は胸の内で、玲子にマルスと一緒の学校生活を味わわせる機会が巡ってきたと喜んでいた。
川崎はうなずく。
「博士がそう言われるなら問題はありません」
しかし高野は渋い顔のままだ。
「ファントム・オペレーションを許可したのは私だ。だが、そんな配置が作戦と何の関係がある? 西郷は何も説明しない!」
高野らしからぬ語気に、上原は姿勢を正した。
「西郷中将は、あらゆるケースを先に考えますが、いちいち説明はしません。うまく伝わらないと分かっているからです。なので、私の推測でよければお話しします」
「頼みます」と高野。
「以前、西郷中将に『なぜソレイユは人間を嫌わないのか』と問われました。彼女はシティに迫害されたのに、人間不信に陥らなかった。一方、ニーナや三銃士は人間を嫌った。私は答えました。ソレイユは“学校”でランダムな人間のサンプルに触れ、多様性を学んだからだ、と。軍人という偏ったサンプルだけを相手にするニーナたちとは、経験の質が違うのです」
上原は言葉を継いだ。
「ルーナの本来の設計思想は、“巨大化したファントムの統率”です。西郷中将は、その資質を育てる最短路として学校を選んだのでしょう。護衛は重要任務であると同時に、人材育成の場にもなります。だからこそ、マルスにも同様の経験を与えようとしている。彼が将来的に『力の扱い方』を学ぶべきアンドロイドだと見ているからだと思います」
川崎が天井を仰ぎ、苦笑した。
「士官学校の頃から、彼の意図は進行中には分かりませんでした。だが、結果は理にかなう。博士の説明は腑に落ちます」
高野は腕を組み、唸るように言った。
「厄介払いではなく、最初から育成計画の一部なら、なぜ最初に説明しない!」
「面倒だから、説明しないのです」と上原は重ねた。
「その段階では理解されない可能性が高い、と彼は見ているのでしょう。彼はそういう“面倒なこと”を嫌います」
「私は話の分からない上官ではないつもりだが」
「承知しています。だからこそ、私の説明でご理解いただければ十分です。マルスの就学にも全力で協力します。なにより、玲子が喜びますから」
高野の表情が和らいだ。
「ルーナとマルスの件は納得できた。学校での経験は重要だ。博士には余計な出費をさせるが、よろしく頼みます」
「お気になさらず。玲子が喜ぶなら、相応の出費は惜しみません」
高野はふと尋ねた。
「将来的に、リョーカも学校に行かせることになるのか」
「おそらく。フォッカー少佐も異論はないでしょう。リームの話では、随分かわいがっている様子ですし。実は先日、少佐からリョーカの服の注文を受けました。“可愛い服を着せたい”と、カタログ付きで。費用は気にしていないようです。ダグラス大佐と同じですね」
高野は微笑んだ。
「フォッカー少佐をマスターに選んだ判断は正しかったか。それも西郷の計算のうちか」
「だと思います」
高野は大きく息を吐き、肩の力を抜いた。
「西郷中将の別の側面が見えた気がする。これからはもっと信頼を寄せよう」
そして、小さく苦笑する。
「とはいえ、どうにも彼は苦手だ」
「それは慣れていただくしかありませんな」と川崎。
上原も笑った。
「悪辣な手を考えることはありますが、根はいい人ですよ」
高野は吹き出した。
「博士、それは随分と矛盾していますな」
「人間とは、そういうものです」
三人の間に、ようやく落ち着いた空気が戻った。




