ブルーライトニング 第38章
マルス型アンドロイドの2号機「リョーカ」が完成し、フォルテシティでのテストを受けていた。しかし、リョーカの成績がふるわず、リョーカをメーカーに戻すことを検討していた矢先、プレスト海軍パイロット「ルイス」がリョーカをパートナーに迎える。優しく接するルイスに対し、リョーカは。
プレスト海軍第7艦隊航空部隊所属の女性パイロット、ルイス・フォッカー少佐は、艦隊連絡機「アーチャー」でフォルテシティ防衛軍基地に降り立った。タラップを降りたところで、プレスト海軍から出向中のベイカー中佐が出迎える。
「ようこそ、フォッカー少佐」
「お迎えありがとうございます、ベイカー中佐」
握手を交わし、二人は並んで基地棟へと歩き出した。
「新型の《リョーカ》は少佐に任せる、と海軍司令部から伝えがあった。リョーカの近況は聞いているか?」
「伺っています。規定性能を満たさず、こちらでの評判は散々だとか」
ベイカーは渋い顔をした。
「空中戦訓練がひどい内容でな。量産体制が整って、フォルテ防衛軍もこれから導入という矢先に、これだ」
歩きながら、ベイカーは現状をかいつまんで説明する。
マルス型アンドロイドの生産ラインは、ダグラス・インダストリーと技術提携したローウェル・インダストリー・フォルテシティ本社に構築された。そこで最初に組まれた試作二号機がリョーカである。リョーカはプレストシティへ引き渡す機体だが、フォルテ防衛軍がテストを希望し、現在は暫定配備中というわけだ。
「アルトシティでのマルスの活躍で、期待が膨らんだぶん、失望も大きかった。正直、私も困っている。リームが世話をしているのだが」
リームは、フォルテ防衛軍に配備された情報分析型アンドロイドで、ノーマ型の最新型だ。ルイスは、ここへ来る前に行ったサムとの通信を思い出す。
『リョーカの不調は聞いてる。ひどい有様らしいね』
深刻な話なのに、サムはディスプレイの中で笑みすら浮かべていた。
『笑い事じゃないわ。そのリョーカが、これから私の担当よ』
画面の向こうで、サムが顔を引き締める。
『大丈夫。ベイカーに難しくても、ルイスならやれる』
『買いかぶりすぎよ』
ルイスは思わず鼻で笑った。ノーマの能力を余すことなく引き出した「サム」。予測を超える能力をたたき出すマルスのマスター「玲子」。自分がこの二人にかなうとはとても思えないからだ。
『ベイカーは照れ屋で、ロボットと線を引きがちだ。リームや、人間嫌いのアトスたちにはそれでも回るが、リョーカは違う』
『回りくどい言い方はいい。私に“マスター”が務まるのかって聞いてるの』
サムはにやりと笑って言った。
『抱いてやれ。ルイスならリョーカと妹みたいに接せられるだろ?』
『それだけ?』
あまりに単純な答えに、ルイスは思わず眉をひそめる。
『それだけだ。マルスもそれで玲子をマスターに選んだ。抱かれると嬉しいし、“守ってもらえる”って実感するらしい』
『私が守る? リョーカの方がはるかに強いわよ』
自分よりはるかに強い戦闘用アンドロイドを「守る」という発想は、ルイスにはぴんとこなかった。
『気持ちの問題だ。守ってもらえる実感が先に立つと、今度は向こうが君を守る。おあいこになる』
サムはそう言い切った。その顔が頼もしく見えて、ルイスは結局、何も言い返せなかった。
ベイカーの声で、ルイスの思考は現実に引き戻された。
「それより、こっちでも噂になってるぞ。ドルフィンでフェニックスに圧勝した模擬戦の件だ」
「ああ、あれですか」
正直どうでもいい話だ。ルイスは気のない返事をした。先日、ラルゴシティ沖で行われた演習で、世界最強とうたわれる戦闘機フェニックスを、哨戒機と揶揄されることもあるドルフィンで打ち破ったのだ。ガバメント社製システムを採らず、ローウェル社製を採用したプレスト海軍に対する外圧を受けての、能力実証でもあった。
「パイロットの練度差ですよ。もっとも、フェニックスは意外に乗りにくい機体ですけど」
ルイスはフェニックスの元パイロットでもある。
「フェニックスとドルフィン、選ぶならどっちだ?」
「ドルフィンですね。操るのが楽しいから。大量武装で鈍重なフェニックスは、ミサイルが無効化されつつある現状だと不利です」
「なるほど。ところで、頼まれていたリョーカのテスト用に、君のドルフィンを一機手配した。B型だ。前席が人間、後席がロボット仕様になってる」
「できれば、リョーカとは別機に乗りたいんです。私が乗るのは練習機でもかまいません」
「防衛軍に当たってみよう。それと、こちらではリョーカのテスト中止も検討中だ。メーカーに戻して徹底点検を、という意見が強い」
ベイカーの言葉は、ほとんど「見切り」を意味していた。
「私にテストさせてください。結論はそれからです。その前にリョーカに会わせてください」
ルイスはきっぱりと言い切った。ここまで来て、噂だけで「不良品」と決めつける気にはなれなかった。
ノックに、「ハーイ」と明るい声が返ってきた。顔を出したのは、黒髪にカチューシャ型センサーをつけたリームだった。
「フォッカー少佐。お久しぶりです。リョーカは中に」
部屋の中には、簡易な椅子にちょこんと腰かけた、小柄な少女がいた。金髪に赤いカチューシャ。よく見ると、姿勢がよすぎるほどまっすぐで、両手はきちんと膝の上に揃えられている。表情に不安がにじみ出ており、ルイスを見る目もおびえているようだった。
ルイスが近づくと、少女はおずおずと立ち上がる。青い瞳が、不安そうに彼女を見上げた。
「あなたがリョーカね」
「はい」
心もとない返事。噂どおりの「頼りなさ」だ、とルイスは思う。
そのまま両腕で、そっと抱き上げた。軽い。人間の少女と変わらない体の柔らかさが、制服越しに伝わってくる。
「自己紹介がまだだったね。私はルイス・フォッカー。あなたのマスターよ」
「知っています。わたしのデータに、フォッカー少佐と」
「その呼び方はナシ。これからは“ルイス”と呼びなさい。私たちはパートナーだから」
「はい、ルイス」
「よし」
ルイスはリョーカの頬に、軽く口づけをする。リョーカの表情がぱっと明るくなった。人工皮膚でできた頬は、思ったより柔らかい。
「ふふ、笑顔も可愛い」
今度はリョーカが、ルイスの首に両腕を回し、頬にちゅっと返した。ぎこちなさはあるのに、一生懸命な仕草だった。傍らで見ていたリームが、ほっと安堵の笑みを漏らす。
「心配かけたわね、リーム。もう大丈夫」
「はい。正直、中佐では少し頼りなくて」
午後。ルイス用のドルフィンが貸与され、リョーカ機(B型)との二機編隊で対戦試験が組まれた。敵役はフォルテ防衛軍所属のドルフィン二機だ。
「二人は、私を攻撃してください。リョーカは私の援護に回ります」
「はあ」とリョーカ不調の噂を知っている防衛軍パイロットは、半信半疑といった様子だ。
試験開始。ルイスとリョーカは適度な間隔を保ち、編隊を組む。予定通り、二機がルイス機へと突っ込んできた。
警報が鳴り、ルイスは定石どおり回避機動に入る。その直後。
『一機、撃墜』
リョーカの冷静な声が無線に乗った。判定を受けた機が離脱し、残る一機をリョーカが追う。
『二機目、撃墜』
「お見事」
ルイスは思わずうなった。さっきまで椅子で縮こまっていた少女が操縦する機体とはとても思えない。
二戦目は条件を変え、敵の矛先をリョーカへと向ける。ルイスは援護に入らず、三機の機動を観察できる位置をキープした。
右へ左へ、執拗に攻め立てられながらも、リョーカ機はしぶとく敵機を引きずっていく。無理な反撃はせず、ぴたりと距離だけを保ち続けていた。突破口がないかに見えた瞬間、リョーカは機首をぐっと起こし、垂直上昇用推力を作動させる。急上昇で後続二機をオーバーシュートさせ、一瞬の優位が生まれた。
体勢を立て直そうとする敵一機を、リョーカがロックオンする。もう一機は、観察のためか距離を取り離脱した。残る一対一は、激戦の末にリョーカの勝ちで終わった。
『こいつはすごい……』
防衛軍パイロットの率直な感嘆が、無線に漏れる。これで「不良品」とは言わせない。ルイスは内心、ほくそ笑んだ。
試験後、基地スタッフと敵役パイロットを交えたミーティングがひらかれた。リョーカはリームに任せ、会議には出席させていない。
「昨日までとは別物だ。まさに“噂どおり”だが、ここまで差が出る理由が分からん」
試験担当のマトソン大佐が口火を切る。昨日までの訓練で、リョーカは「反応が鈍い」「おどおどしているだけ」と散々な評価だったのだ。
「皆さんはアトスやリームのような“自立型”を念頭に置いていたはずです。でも、リョーカは違います。彼女は、人間に従属的に設計されていて、手をかける必要があるタイプです。それなのに、彼女の世話をリーム任せにして、誰も“ケア”をしてこなかった」
ルイスの指摘に、ベイカーが気まずそうに視線を落とした。
「私は、人間側のケア不足が不調の主因だと指摘を受けて、リョーカに“妹”のように接しました。ただ、それだけです」
室内に、驚きのざわめきが広がる。
「プレストシティが一号機を民間人に預けた理由は、つまりそこか」
「ええ。マスターに恵まれるほど、アンドロイドの能力は引き出されます。プレスト海軍が“保護者としてのマスター”を選任するのも同じ理屈です。マルス型一・二号機は従属性が強く、特にケアが必要です。三号機以降は、その点が徐々に改善されると聞いています」
言葉は静かだが、その意味は重く刺さる。マトソンはふむと頷いた。
「我々は4人のアンドロイドをプレスト海軍から借り受け、ベイカー中佐に一括して見てもらっていた。だが、それでは不十分だな。こちらでも、彼らの“マスター”となる人間を選抜し、受け入れるべきか」
「その方がいいと思います。人間嫌いのアトスは難しくても、ポルトスやアラミスなら、きっと受け入れてくれるはずです」
「分かった。検討に入ろう」
マトソンの一言で、会議は締めくくられた。
これで少なくとも、リョーカを「不良品」の一言で片づけようとする流れは変えられた。ルイスは、静かに胸の内で息をついた。




