ブルーライトニング 第35章
リヨン大統領の要請で、玲子は軍人のなりをしてリヨン大統領と面会する。自分を護衛している高性能アンドロイドのマスターが16歳の少女と知り、大統領夫妻は驚きを隠せなかった。
眠気はあるのに、眠りのふちで足踏みしている。玲子は仰向けになったまま天井を見ていた。ベッド脇の椅子にはロビーが座り、無表情の顔でこちらを見守っている。
「眠れませんか」とロビーが聞くと、
「眠いのよ。ただ、ベッドが広すぎて落ち着かないだけ」と玲子は答えた。
ロビーは表情を変えない。ただ、ふっと笑みを浮かべたように言った。
「マルスと一緒のほうが、かえって狭くはないですか?」
玲子はぼんやりとロビーを見上げた。表情はないのに視線がやさしい。玲子が手を伸ばすと、ロビーはそっと握り返してくれる。ひんやりとしているが、どこか温かい。
「狭くないわ。マルスは体が小さいもの」
「そうですか」
しばし沈黙。ロビーは言葉を挟まず、次の一言を待つ。
「由美子ってね、よく理由をつけて私の布団に潜り込んできたの。だから慣れてるの」
「そうでしたか」
「マルス、今ごろどうしてるかな」
「大統領の護衛任務で起きていますよ。警護ロボットの一括管制を担当してますから」
玲子はふっとため息をつくと、言った。
「明日、エネルギー補給のためにホテルへ来てほしいって、サムに頼まれたわ。ロビー、何か聞いてる?」
「大統領が、マルスのマスターと非公式に会談を希望されたようです。補給は口実でしょう」
「どうして私と?」
「理由は聞いていません。先方が会いたいと望まれているのなら、お会いになればよろしいでしょう」
「そっけないわね、ロビーは」
すねたように玲子がいい、
「私、眠いから寝るね」と、素っ気なく目を閉じる。
「おやすみなさい、お嬢様」
ロビーはその夜、椅子に座ったまま、眠る彼女を見守り続けた。
翌夕。兵員輸送車の車内で、玲子は用意された海軍の制服に袖を通した。ゼム級の重メタロイドを運ぶためか、内部は広々としているので、着替えは楽だった。
「よう、似合ってるじゃないか」
サムが、降車してきた玲子をからかう。玲子はちょっとふくれっ面で、
「やめてよ、恥ずかしい。これ、少尉章でしょ。やり過ぎよ」
ふふっとサムは笑いながら、
「今は俺の部下だ。文句を言うな、少尉」
玲子は恨めしそうに、
「はい、大佐」と、答えた。サムは玲子を手招く。
「よし、こっちだ」
大統領スイートの前に着くと、ドア脇のロボットが内線で取り次ぎ、ほどなくソレイユが姿を見せた。
「頑張れよ、敷島少尉」
サムが背を軽く叩く。ソレイユは玲子の腕をとり、部屋へ引き入れた。
リビングでは、ニュースで見慣れた大統領夫妻がティーセットの前でくつろぎ、向こうでは女の子姿のマルス、今は「マーサ」が、11歳のロザリーとカードをしている。ロザリーは年下に見えるマーサが相手だと嬉しいらしく、はしゃいでいた。
「失礼します。ソレイユとマーサのエネルギー補給に参りました」
大統領リヨンは玲子を一瞥し、少しだけ目を細めた。
「ああ、頼みます」
「では、私から」
ソレイユが立ち上がり、玲子の後に続く。
別室で、ベッドに横たわるソレイユに補給コネクタを接続する。方式はマルスと同じだ。「さっきの敬礼、決まってたわよ」
「緊張し過ぎて覚えてない」
スイッチを入れると、計器の表示がなめらかに伸びる。消費が少なかったのか、数分で満タンに近づいた。
「大統領が玲子と話したいって」
「聞いてる。でも私、政府の人間じゃないわよ」
「軍司令部との会談のあとで決まったらしいの。詳細は私もわからないわ。ただ、その場であなたの話題が出たのかも」
「何の話を?」
「マルスのことじゃない?」
ソレイユが小さく笑う。
「とても気に入られたみたい」
ソレイユの補給を終え、次はマルスの番だ。外見は完全に女の子だが、抱きつく仕草は変わらない。
「では、マーサをお借りします」
マーサの様子に、リヨンは興味深そうに目を向けた。
「補給が終わったら、君と話したい」
「承知しました」
玲子はマーサの手を引き、部屋を出る。マルスは玲子に体を寄せる。
「任務中でしょ」
「大丈夫。モニターは続けてるから」
マルスはけろりとしている。
別室での補給は滞りなく進んだ。玲子は横たわる頭を撫でる。
「任務は、順調?」
「うん。警備ロボットとのリンクも安定しているし、正念場は明日なの」
「そう」
充填が終わり、二人でリビングへ戻ると、夫妻は立ち上がって玲子をソファへ招いた。
「マーサ、ゲームの続き」と言うロザリーに夫人はそっと言う。
「マーサはこの人のそばにいたいのよ。続きはあとで」
ロザリーは一瞬むくれたが、すぐに引き下がった。
「君がマーサのマスターかね」
リヨンが問う。
「はい」
「軍服を着ているが、軍人ではないですね。まだ、未成年なのですか」
すっぴんの顔は隠せない。
「はい」
「そんなに緊張しないで」と夫人が笑みを向ける。
「お歳は?」
「16歳です」
少し驚いたようにリヨンが目を細める。
「そうか。マーサのマスターは軍の担当者だと思っていた。マーサは君にずいぶん懐いているね」
マーサは堂々と玲子に体をもたせかけている。
「お名前をうかがってもいいですか?」
「敷島玲子です」
「玲子さんは、マーサのお姉さんになるのね」
「はい。姉になります」
夫人が目を細める。
「ご家族は?」
「テロで亡くなりました。今は伯父の家で。血のつながりはありませんが、おばが面倒を見てくれています」
夫人ははっとして頭を下げた。
「立ち入ったことを聞いて、ごめんなさい」
「いえ」
カップから立つ湯気が、緊張をほどくようにやわらかい。
「おいしいお茶ですね」
「気に入ってもらえて嬉しいわ」
「差し支えなければ、どうして君がマーサを預かることになったのか、経緯をきかせてくれないか」
「はい」
玲子は、ソレイユに会いに行った際に偶然マルスと出会い、一般家庭でのテストとして預かることになったいきさつを、短く語った。
「ソレイユには良い友人がいるのだな」
リヨンがソレイユを見る。
「玲子は私だけでなく、ファントムのロボットたちにとって特別な存在です」
「なるほど」
夫妻は二人の暮らしぶりに感心し、リヨンは名残惜しげに笑った。
「本当は晩餐会をキャンセルしてでも話を続けたいが、致し方ない。当初は、君に会ってマーサの譲渡を頼むつもりだった。しかし撤回する。君たちを引き離すのは、あまりに酷だ」
玲子がほっと息をつくのを見て、リヨンは両手を広げた。
「しばらくはマーサをお借りする。寂しい思いをさせるが、もう少しだけ辛抱してほしい」
「はい」
玲子はマーサの前に膝をつき、目線を合わせる。
「大統領ご一家を、しっかり守りなさい」
「はい」
マーサの返事は、さっきまでの甘え口調を脱ぎ捨て、凛としていた。玲子は一礼して部屋を辞す。外にはサムが待っている。
「お疲れ」
彼はにやりと笑い、ねぎらった。
玲子が去ると、ロザリーがマーサの手を取る。
「ゲームの続き!」
マーサは素直にロザリーの相手を始める。夫人がぽつりと言った。
「しっかりした娘さんね」
「ああ」
リヨンは短くうなずく。
「本気でマーサを引き取りたいと思っていたのね」
「本気だ。最近は周りがきな臭い。信頼できる護衛が要る。ただ、重装メタロイドと四六時中は窮屈だ。ダグラス社が人間型ロボットを提供すると言ってきたのだが、マーサは理想的だ」
ソレイユが控えめに口を開く。
「その件で、プレスト海軍から正式な申し入れがあります」
「うん?」
「閣下のボディガードとして、海軍仕様の“マーサ型”アンドロイド一体を手配可能とのことです」
夫妻は目を見合わせた。玲子の話で性能は理解している。驚きは早くも期待へ変わる。
「本当か」
「加えて、ボディガード運用に最適化したロボット部隊も派遣すると」
「それは心強い」
リヨンは、その申し出を心から歓迎していた。




