ブルーライトニング 第34章
連邦大統領のリヨンがプレストシティに来訪する。マルスは女の子の姿となり、ライトニングファントムを率いて護衛任務に就くのだった。
「結構、変わるものね」
外装改修を終えたマルスを前に、玲子は感心した。髪型は整えられ、女の子の服をまとったマルスは、見まがうほど“女の子”だ。けれど、玲子に抱きつく仕草は、まぎれもなくマルスのままであった。
「ここまで化けりゃ、まあ問題ないな。博士、識別コードも変えたんですよね」
立ち会っていたサムが、上原に確認した。
「ええ、抜かりなく。いま“マルス”という個体は、登録上は存在しません。ここにいるのは別個体です」
ダグラス社製ロボットには、全機体に識別コードが付与されており、相互にデータリンクで個体識別できる仕組みになっている。
「大統領御一家の到着は15時過ぎ。そろそろ体制に入ろう」
サムに促され、玲子は膝をついてマルスと向き合った。
「いい? マルス、大統領御一家を、しっかり守って」
それは上原の指示であると同時に、玲子の本心でもあった。マルスは控えめに「はい」とだけ答える。
そこへソレイユがやって来た。
「マルスの準備はできた?」
「できてるわ。ね、どう?」
玲子が、水色のワンピース姿の“女の子”を指した。
「あら、かわいい。いいじゃない」
「そうでしょ。ただ、着替えは慣れてないから苦労するかも」
「何に?」
「ファスナーが背中にあるから」
「なるほど。着替えは私が手伝うわ。じゃあマルス、当面は“マーサ”って呼ぶね。いい?」
「はい」
玲子はマルスの頬に両手を添え、「じゃ、がんばってね」と送り出した。
「玲子、心配?」
上原がそっと訊く。
「心配に決まってる。ソレイユがいるから大丈夫かな」
「“ソレイユがいるから大丈夫”と言い切るのは嘘になるわ。マルスはソレイユの数倍は高性能だから。正直、リヨン大統領から名指しがなければ、マルスの単独任務にしていたわ」
「じゃあ、ソレイユが足手まといってこと?」
「そこまでは言わない。ソレイユには経験がある。自分とマルスの能力差も理解してるから、分をわきまえて支えるはず」
「実感がないなあ。マルスって、私の前だと甘えん坊で頼りないのに」
「玲子を信頼しているから、甘えられるの。任務は別。マルスを信じてあげて」
サムが短く付け加えた。
「俺も信頼してる。マルスはいつでも期待以上の仕事をする。アルトシティでも、プレスト沖でも。今回も同じだ」
玲子と別れた途端、マルスは人が変わったように機敏に動き出す。ライトニングのロボット群とデータリンクを確立し、大統領受け入れの準備に移行する。配備はJ-7型50人、J-9型20人、球形探査ロボット〈ボール〉100体、無人偵察機〈アルバトロス〉4機。アルバトロスは全長十三メートルの長時間滞空型無人機で、空港および市上空の監視と通信中継を担っていた。
「いま、マーサには何が見えてるの?」
ソレイユが尋ねる。
「えっと、いろいろ。空撮、ボールの映像、J-7とJ-9の警備データとか」
「そのへんは私には分からない。ねえマーサ、私、足手まといにはならないようにするから、必要なことは指示して。きっちりやる」
「うん」
プレスト市議会・議員会館の一室。
「先生、準備は整いました。あとは実行のみです」
「はっはっは、ここまで思い通りとはな」
仕立ての良いスーツをぴしりと着こなした壮年議員・小泉が、上機嫌に笑う。
「大統領警護の責任をテロ対策部に押しつけたことで、海軍までしゃしゃり出てきました。これで両者とも面目丸潰れになります」
と、初老の顧問弁護士・片山。
「不祥事を梃子に牧原を失脚させ、うまくすればテロ対策部と海軍の人事も一掃できる」
「まったく、そのとおりで」
秘書が続ける。
「暗殺は予定どおり講演会場で。例外的に“警備部のロボット”を入れる名目で、暗殺用ロボットを紛れ込ませます」
「連中は受け入れたのか」
「はい。人手不足ゆえ助かる、と」
「たわいない」
小泉は鼻で笑った。
「いっそ海軍ロボットに似せれば良かったな」
「ダグラス製は個体識別が厳格です。外見を似せても通りません。潜り込ませるのは不可能です」
「なるほど。だが主導が海軍なら、失態の責任は押しつけられる。楽しみだ」
連邦大統領リヨンは妻子を伴い専用機を降り、市長・牧原、ソレイユ、そして“マーサ”の出迎えを受けた。
「ようこそ、プレストシティへ」
「歓迎、感謝します」
固い握手。リヨンはソレイユに歩み寄り、手を差し出す。
「家族ともども、よろしく頼む」
「お任せください」
「後ろの女の子も仲間かね」
「はい。マーサと言います。護衛の中核を担います」
「そうか。マーサ、君にも頼む」
そう言ってマーサの小さな手を握る。リヨンの視線が、ふと二人のベルトのライトサーベルをかすめた。
「閣下、こちらへ」
牧原に促され、一行は会見会場へ向かう。
記者会見では、家族は別室。マーサは家族の護衛、リヨンにはソレイユが随伴した。少し離れて、スーツ姿の人型メタロイドJ-7が“影”のように控える。記者の視線はソレイユに集まり、J-7に気づく者はほとんどいない。
リヨンは演説で、アルトシティ防衛戦でブラックタイタンがドラグーン3機を撃破した件、プレスト沖会戦で旅客機と市民を救い、潜水艦4隻を撃破した件を評価した。
「現行の第7艦隊トライアルでも、主力空母を欠きながら高い作戦遂行能力を示しています。第7艦隊編成におけるプレストの選択は正しかった。連邦としても期待しています」
記者が問う。
「実績の薄いローウェル・ダグラスより、実績のあるガバメント社の兵器を採用すべきだったとの指摘があります。プレストの判断は“資金を捨てる”リスクの方が大きかったのでは?」
「ローウェル・ダグラスのシステムは、すでに複数シティで採用実績があります。“信頼性が低い”と言うなら、根拠を数字で示してもらいたい。ガバメントの主力戦闘機フェニックスの稼働率は5割そこそこ。一方、ローウェルのドルフィンは8割超。現場評価は高い。これだけでも“低信頼”という論は成り立たないですね」
「主力空母ジュノーは機関故障で演習不参加でした。システム全体の信頼性が低い証左では?」
「そのジュノーが駆逐艦2隻と共にセレクターズの潜水艦4隻を沈めています。本当に“機関故障”だったのかは疑問ですが、公式見解がない以上、これ以上は言いません。ただし同型艦3隻は世界で問題なく運用され、実績は優秀です」
最後列から質問が飛ぶ。
「閣下は今回、プレスト海軍のソレイユに護衛を依頼された。ソレイユとファントム部隊を高く評価していると?」
リヨンが微笑む。
「そのとおりです。ソレイユは幾多のテロを未然に防ぎ、市民を救ってきた。ファントムもまた然り。私は滞在中、家族の安全のため、彼女に護衛を依頼しました。常に家族のそばにいてほしいと考えています」
会見後、リヨンは市長・牧原と非公開で向き合った。
「主要メディアの偏向は相変わらずだな。世論は?」
「草の根系は好意的です。大手の一部も潮目が変わりつつあります。ソレイユの裁判でも、原告に批判的論調が増え、世論調査でもソレイユに好意的意見が多数です」
「裁判の見通しは」
「最終審も棄却の方向です。ピースメーカーにも焦りが見えます」
「それなら、ソレイユの権利回復を前倒ししたらどうかな。今回の護衛任務の成功をもって」
牧原の表情がわずかに強張る。彼は、世論迎合でソレイユを追放した過去を悔いていた。
「裁判の結果を受けて、私の手で回復する意向です」
「過ぎたことはよい。重要なのは今だ。暗殺計画が進行しているとの内々の通報を受け、私は海軍に護衛をたのむことに同意した。警備部があっさり退いたのは、計画が具体化している証左だろう」
「海軍からも同様の報告を受けています。暗殺計画の中身を、彼らはかなり正確に把握しています」
「恐るべきは海軍情報局の手腕だな。アルトシティも、プレスト沖も、事前に“読んで”いたはず。今回も最新鋭の部隊を当てると言う。ソレイユに加えて、あの“かわいらしい”マーサ、あれは最新鋭のアンドロイドだな」
「ええ。アルトシティ襲撃でも、巡航ミサイル迎撃やドラグーン2体の撃破に貢献したと」
リヨンは口の端を上げる。
「3日後、プレスト議会主催の講演会で暗殺が実行される見込みだ。私はソレイユとマーサを同行させる。彼女たちは必ず阻止するだろう。その功績で権利回復。悪くない流れだ」
「海軍の描いた絵図どおり、ということですか」
「政治の仕事は“決断する”ことだ。君の決断次第だよ」




