ブルーライトニング 第33章
玲子は川崎中将にオフィスに招かれる。そこで改めてマルスのことを頼まれるのだった。
経営監査委員会の報告会のあと、玲子は川崎中将にオフィスへ招かれた。川崎はマルスの開発プロジェクトに深く関わっており、委員会の結論を好意的に受け止めていた。
「一時はどうなるかと思っていましたが、結果としては上出来です。玲子さんには感謝しかありません」
「私は、ありのままを話しただけです」
「いえ。ソレイユの件だけでなく、マルスにも尽くしてくれている。あらためてお礼を言わせてください。本当にありがとう」
玲子は落ち着かなかった。そばにいる上原も黙ったままだ。玲子は自分の思いを川崎に告げた。
「お礼を言いたいのは、むしろ私の方です。マルスを預けてくださってありがとうございます。あの子、私にずいぶん懐いてくれて、うれしいんです」
「そう言ってもらえるのは心強い。マルス型アンドロイドの量産に道筋がつき、我々としては極めて重要なマイルストーンを越えました」
「マルスは、そこまで重要なんですか」
玲子は尋ねた。何か大切なものを託されている気がして、不安なのだ。
「ええ。今後の作戦で要になり得る存在です」
「そんな重要なマルスを、私に預けてよかったんでしょうか」
川崎は口元に笑みを浮かべた。
「何を言います。適任は玲子さん以外にいない。マルスはアルトシティで“あなたのために”戦った。いいですか、あなたのためです。マルスはすでにあなたを、かけがえのない存在として認識している。ソレイユも、ニーナも同じだ。ファントムのロボットたちは、あなたを重要視している。あなたがソレイユの親友であり続けたことが、彼らの信頼をつなぎとめているのです。あなた以上に、マルスのマスターとしてふさわしい人はいません」
川崎は玲子の表情を見て、穏やかに続けた。
「少し、荷が重いですか」
「マルスのマスターでいるのは嫌ではありません。あの子はよく尽くしてくれるし、私のことを慕ってくれる。でも」
言葉が途切れる。川崎は促さず、待った。
「私は、マルスのために何ができるのでしょう。ゼムは私にマスターになってほしいと言ったとき、“マルスを大切にしてほしい”と言いました。私にとってマルスは大切な弟です。それは当たり前のことで、特別なことではないと思うのです」
わずかに上原が首を振ったのを、川崎は見逃さなかった。玲子は気づいていない。
「その“当たり前”が尊いのです」川崎は言った。
「あなたはソレイユの親友であり続けてきた。あなたにとっては特別ではないかもしれないが、誰にでもできることではない。マルスも同じです。“マルスのお姉さん”であり続ける、それだけで十分に価値がある」
川崎は身を乗り出し、玲子に真剣な眼差しで続ける。
「お節介な老人の戯言と思ってくれて構いませんが、マルスを心の赴くままに可愛がってください。それがマルスにとって何よりの糧になる。あなたには特別に思えなくても、マルスにとっては“特別”なんです。今はそれだけでも覚えておいてください」
玲子はどこか腑に落ちない顔をした。
「よく分かりません。でも、マルスのことは大切にします。約束します」
「今はそれで十分です。忘れないでください。それこそがマルスにとって価値のあることだと」
川崎は姿勢を正し、話題を切り替えた。
「さて、せっかく可愛がっていただいているマルスを、しばらく軍がお借りします」
「おばから聞きました。大統領の護衛ですよね」
「そうです。本来は警察の任務ですが、向こうが急にこちらへ振ってきましてね。嫌がらせかもしれませんが、軍の戦力なら対処可能です。とはいえ、リヨン大統領に差し迫った危機がある可能性もある。現状、最高レベルのロボット部隊であるライトニング・ファントムを投入します」
「ライトニングを出すんですか」
「ええ。ライトニングの投入が必要と判断しています。いまやライトニングはマルスを中心に動く部隊です。マルスも当然、投入せねばならない」
玲子は膝の上で手を組み、天井を仰いだ。
「正直、実感がわきません。マルスって、そんなにすごいロボットなんですね」
「すごいですよ。おそらくファントム最強でしょう。ただし、それはあなたの存在あってこそ。マルスはあなたをマスターにしたことで能力が底上げされている。その効果は無視できません」
「大統領が来るのは来週、ですよね」
「はい。明日からマルスには任務に専念してもらいます」
「分かりました。今夜は、いっぱい可愛がっておきます」
「お願いします。場合によっては、護衛任務中にもあなたの協力を仰ぐかもしれない。もちろん、学業に支障が出ないよう配慮します」
「それは構いませんが、どうして私が?」
沈黙していた上原が、そこで口を開いた。
「マルスは玲子と会えない状態が続くと、少し不安定になる可能性があるの。サムがいれば大丈夫だとは思うけど、今回は妥協したくない」
「任務中のマルスに会える、ということですか?」
「そうなりますね」川崎が答える。
「それは、うれしいです」
「そう言っていただけると助かります。その際はよろしくお願いします」




