ブルーライトニング 第31章
玲子はうれしそうにお手伝いをするマルスを見て、家事機能がないということがよくわからなくなってきた。玲子はその疑問を上原に聞くことにした。
マルスは買ってもらったエプロンを着けて、楽しそうに玲子のお手伝いをしていた。上原は「かわいい」を連発しながら、ちゃっかりとマルスの様子を動画に収めていた。聞けば、その動画を経営監査委員会で見せるのだという。玲子も同じことを考えていると言って、二人で笑った。敷島は玲子がマルスを預かることを快くは思っていないのだが、玲子が楽しんでいることは喜んでいるようだった。
食事の間もマルスはエプロンを着けたままで、楽しそうに玲子と話していた。マルスが来る前、塞ぎがちだった玲子のことを知っている上原にとっては、喜ばしいことだった。敷島と上原が食事を終えたときでさえ、玲子はまだ食事の最中だった。上原は、
「玲子、話したいことがあるから、あとで私の部屋にきてくれない」
と言った。
「分かったわ、後片付けしたら行く」と、玲子は答えた。
玲子は食事を終えて後片付けをしようと席を立った。
「お姉ちゃん、後片付けなら、ぼくとロビーがやるよ」
エプロンをひらひらさせてマルスが言った。
「そう? じゃあ、頼むわ」
すっかり家事になじんでいるマルスを見て、(家事用機能を持ってないって、どういうことなのかしら)と考えてしまう。そのことをついでに聞こうと上原の部屋をノックする。
「はいりなさい」
玲子が部屋に入ると、上原は丸椅子を勧める。
「おばさん、私も聞きたいことがあるの。ついでに聞いていい?」
「いいわよ。まず、玲子の話を聞こうかしら」と言って上原は玲子を促す。
「マルスのことを経営監査委員会に報告しないといけないでしょう?」
「そうね、それで?」
「マルスって家事用機能を持ってないって言うでしょう。でも、お手伝いはちゃんとできているし、ほんとに家事用機能を持ってないの?」
上原は玲子の着眼点に感心しつつ、上機嫌に言った。
「ふーん、いい質問ね。それじゃあ、玲子、明日の朝食、マルスにすべて任せて、寝坊できる?」
とたんに玲子は不安におそわれた。
「えっ、ロビーがいたら何とかなると思うけど」
「わかってるじゃない。玲子も、マルスに家事は任せられないでしょう?」
「ええ」
「自立的に家事を遂行できない。それが家事用機能を持ってないと言うことなの」
「たったそれだけのことなんだ」
「それだけよ。腑に落ちた?」
玲子は頷きながらも、
「でも、それって、問題があるの? マルスは子どものロボットでしょう?」
「家事用のロボットなら、子どもでも家事用機能を持ってるのが現実よ」
「そうか」
玲子はがっくりと肩を落とした。
「あーあ、これで反論できると思ったのに」
「家事用機能を持っていないことに対する反論なんていらないわよ。玲子がどう思っているかで、会社の人は納得するから」
「そうなの?」
「正直、経営監査委員会も家事用機能なんかどうでもいいと思いはじめてるのよ。あれだけ騒がれたけど、マルスが家事用機能を持っていないから欠陥品だという意見は、だいぶ弱まっているの。そのことを最初に言い出したスミス博士が、何も言わなくなったから」
玲子はその話を聞いて意外そうな顔をした。スミスのことはソレイユの開発者として、よく知っていたからだ。
「スミス博士だったの、そんなこと言ったの。ちょっと、考えられないけど」
「今では後悔しているみたいよ。ソレイユがスミス博士に対するマスター認証を取り消してしまったからね」
玲子には驚きの連続だった。
「そんなことで、マスター認証を解除されちゃうの?」
「マスターはロボットから絶対的な信頼を得られないとつとまらないのよ」
「私、心配になってきちゃった。マルスに嫌われたらどうしよう」
「玲子がマルスに嫌われるとは思えないわね。今のままで、大丈夫よ」
「ほんとに?」
玲子は不安を感じながら聞いた。
「マルスは優しくしてくれる人がいいの。玲子は十分に優しいし、いろいろ面倒も見てくれる。パジャマだけじゃなくて、エプロンも買ってくれたでしょ。マルスは喜んでいたじゃない。あれでいいの」
「うーん」
玲子は、納得したような、不安なような複雑な思いを抱いていた。
「そうそう、パジャマとエプロンのお金は私が出してやるから、あとでレシートを見せなさい。玲子の電子マネーに追加しといてあげる」
玲子はとりあえず吹っ切ることにした。
「で、おばさんの話ってなに?」
切り替えの早い玲子に感心しながらも、上原は話を切り出した。
「ねえ、玲子、しばらくマルスが任務で家を離れるけど、いいわね」
「それは、マルスは軍のロボットだから仕方がないわ。泊まり込みの任務なの?」
「そう。来週、リヨン連邦大統領が来るでしょう。その、護衛」
「大統領の護衛なんて、警察の仕事じゃないの」
玲子は不満そうだ。これはちゃんと説明しないといけない。
「リヨン大統領ご自身が、ソレイユの護衛を希望しているの。でもね、ソレイユは大規模な部隊をまとめるには能力が不十分だから、マルスをつけてやりたいの」
「マルスって、そんなにすごいロボットなの?」
「そうよ」
「なんか、想像がつかない」
「それでね、玲子からマルスに大統領の護衛を命令してほしいの。ついでに女の子の姿になることもね」
「マルスを女の子にするの? どうして?」
「大統領の護衛を務めれば、メディアにその姿をさらすことになるでしょう。マルスは素顔を公にするわけにはいかないの。正体が広まったら、いろんな思惑の人間が近づいてくる。玲子とも一緒に住めなくなっちゃうわよ」
玲子はマルスを女の子にすることに抵抗はあるものの、必要性は理解した。
「そうしないといけないわね。マルス、女の子になるの納得するかな?」
「玲子が言えば逆らわないわよ。玲子はマスターだからね」
「私、マルスに女の子にならなくてもいいって言ったのに」
「それとこれとは意味が違うわ、任務ですもの。玲子の命令はマルスにとっては最優先事項になるから、行動基本原則に違反しない限り、無条件に従うから」
「いつ、命令すればいいの? 今夜?」
「急がなくてもいいわ。報告会の後に、軍司令部から大統領の護衛について話があるから、そのあとでマルスに言ってくれればいいの」
「分かったわ」
改まった様子で上原が言った。
「玲子はね、マルスのマスターとしてきちんとやれているわ。自信を持って、マルスをかわいがりなさい」
「自信をもってかわいがるって、なんか変」
上原は笑った。
「意味は伝わるでしょ」
玲子も笑顔で答える。
「ええ、分かるわ」
二人の笑い声が上がった。
エネルギーの補給も終わり、パジャマに着替えたマルスは、その場でくるっと体を回してみせる。
「マルス、パジャマ姿もかわいいよ」
「そう?」
「うん、よく似合ってる。さあ、寝よう」
玲子はマルスに両手を伸ばした。マルスは玲子のそばに近寄り、ちゅっと玲子の頬にキスをする。玲子もマルスの頬にキスをした。
マルスはベッドに上がると横になる。(素直だなあ)と、玲子は感心する。実は、ノーマのはじけた性格のことはサムから聞いていたので、マルスもそうならないかと密かに期待もしていた。しかし、今の様子だと望めそうもない。(まあ、いいか)と玲子はマルスを抱きしめて、照明を暗くする。
(女の子になって、大統領の護衛に行くマルスか)と、一瞬だけ胸がちくりとした。
「お休み、マルス」
「お休み、お姉ちゃん」




