ブルーライトニング 第30章
武装テロリスト「セレクターズ」の戦力を削いだプレスト海軍は、連邦大統領の暗殺という企みに立ち向かうことになる。
神妙な顔でサムが上原に相談に乗ってほしいと言ってきた。二人は上原のオフィスの小さなテーブルで、向かいあわせに腰を下ろした。何事かと思いながらも、上原はとりあえずサムの話を聞くことにした。
「それでマルスが何かしでかした?」
「いえ、ノーマのことで」
上原はにっこりして、
「お転婆が手に余るとか?」
サムは言いにくそうに、小さな声で続ける。
「家にいる時なんですが、ノーマが私のベッドで一緒に寝たがるのです」
上原は賢明にも、吹き出しそうになるのをこらえた。
「以前は妹のメアリと寝ていたんですが、なんでもマルスは玲子と一緒に寝てるからと言って」
笑いをこらえきったのは、かなり真面目な話だと感じたからだ。
「ノーマがね。そうですか。サムはそれが嫌なのですか」
「気恥ずかしいだけで、嫌じゃありません。ただ、最近、甘えてくることが多くて」
上原はふうと息を吐いた。
「ノーマは、マルスを見ちゃったから、『これくらいはいいだろう』と思っただけですね。嫌じゃなかったら、ノーマの好きにさせてやって。ノーマの母としてのお願い」
「そうですか、わかりました」
「不思議なものね。ノーマは多少調整したと言っても、ソレイユやニーナ、アトスたち三銃士と、それほど思考パターンが違うわけじゃない。人間とは一線を保って自立できるようにしてあるんです。でも、こうなるのですね」
「私の接し方に問題でも?」
「いえ、その反対。理想なのよ。サム、あなたはロボットのそのままを受け入れてくれる。ノーマはそれをわかってるの。だからお転婆にもなれるのですよ。マルスもあなたに受け入れてもらっている。アルトシティでの活躍は、それなしには成立してないわ。たとえ、玲子の存在があったとしても」
サムは静かに頷いた。
「私のやり方が間違っていないのなら、ノーマの好きにさせてやります。ノーマには幸せであってほしいですからね」
「ありがとう」
上原は拳でコンとテーブルをついた。
「でも、私は間違っていた」
「何をです?」
「マルスを人間に従属的に調整しすぎたわ」
「それは。マルスが人間に反抗したら、惨事になると博士が言われていましたが」
「ええ。でも、マルスが人間に反感を抱いたのなら、それは人間に罪がある。ニーナやアトスたち三銃士が人間を嫌ったのは、ソレイユを理不尽にシティから追放したから。ロボットが悪いわけじゃない」
サムには、すぐにはその言葉の意味が飲み込めなかった。
「マルスが従属的に作られたのは間違いだったと?」
「ええ。ここ数日、マルスを見ていて思ったの。マルスは自立できない。人間の手厚いケアが必要なの。玲子はそれを無意識にしてるけど、すべての人にできることではない」
「別に不都合はなかったですが」
「それは、あなたも玲子と同じだから。人間のケアを失ったら、多分マルスの性能はがた落ちだわ。そんな不安定な兵器を軍は望まないでしょう」
「それはそうですが」
「二号機は間に合わない。もう人工頭脳の思考パターンが固まっている。でも、三号機からは改善するわ。従属性を下げることにする」
それは、上原の決意表明でもあった。サムは若干の不安にかられて口を開く。
「それで、もし、彼らが反抗したら?」
「それは人間の罪よ。受け入れるしかない」
サムは頷いた。確かに、そのとおりだと思えた。
「なるほど、わかりました。でも、二号機のマスターは考えないといけませんね」
「そうですね。誰かいい人、います?」
「一人、思いつく人がいます。その人に当たってみましょう」
マルス型アンドロイドの今後を左右する静かな相談は、そうしてひとまず終わった。
その日の午後、会議室にスコット司令、西郷中将、上原博士、そしてプレストシティ警察テロ対策部の藤波警部が顔をそろえていた。
「警察内部の揉め事をここに持ち込むのは心苦しいのですが」
藤波が切り出した。
「警備部長が『大統領警護はテロ対策部が主導すべきだ』と言い出しまして。しかも大統領ご本人が、家族を含めた警護をソレイユに要請しています。ソレイユは海軍所属のロボットです。正直、テロ対策部だけでは手に余ります。海軍に協力をお願いしたく、参りました」
海軍と警察は、対テロ対応ではしばしば共同で動く。藤波はその連絡役のひとりだ。話を聞き終えると、スコットが西郷に向き直った。
「このタイミングでその動き。警備部が何か企んでいる、と見るべきだな。西郷、どうだ?」
「同意します。警備部は議会の小泉議員の影響下にあります。大統領暗殺計画に関与している可能性は高い。そんな連中に警護は任せられません」
藤波の表情が険しくなる。
「暗殺計画が、あるのですか?」
「情報局のレポートでは“十分あり得る”ですね。首謀は小泉議員。もっとも現実的なシナリオは、議会主催の大統領講演会での狙撃です。会場準備を議会側が握るため、内通者がいれば手引きは容易です」
「あの小泉か」
スコットが唇をすぼめた。
小泉議員はかつてプレスト市長であった。牧原市長の台頭で主導権を失ったとはいえ、防衛軍と警察には今も影響力がある。西郷は感情を見せず、淡々と続けた。
「彼にとっては、海軍と“自分の息がかかっていない”テロ対策部を一気に潰せる好機です。こちらはあえて策に乗り、万全の体制で奴らの計画を潰しましょう。大統領の望みどおりソレイユを出すにしても、リヨン大統領とご家族に危機が迫っている今、ソレイユ単独では力不足です」
そこで西郷は上原に視線を向ける。
「そうですよね、上原博士?」
軍の嘱託として同席していた上原がうなずいた。
「マルスを投入すべきでしょう」
「マルス? 海軍の新型ロボットですか」
藤波が問い返す。
「ええ。見た目に惑わされますが、戦力としては頼れます」と西郷。
スコットが念を押した。
「ただ、衆目にさらして問題は?」
上原が即答する。
「外見を変えましょう。女の子の姿に。大統領にはご夫人とお嬢さんが同行されます。自然に行動できるでしょう」
「なるほど、いい」
場の空気がまとまりかける。
「大統領がどうしてもソレイユをと言われるなら、ソレイユとマルスをペアで」と上原。
「うむ、それでいこう」
スコットはうなずき、
「サム、ライトニング・ファントムとソレイユを大統領警護に回せるか?」
サムが即答する。
「ライトニング・ファントムは予備兵力運用ですから可能です。ただ、西郷司令、本当に大統領護衛に振り切ってよろしいですか?」「差し支えない。今この瞬間、最優先の“作戦”は大統領護衛だ」
「わかりました。ライトニングを投入します」
藤波が首をかしげた。
「ライトニング・ファントムとは?」
上原が補う。
「海軍で最も強力なロボット部隊です。マルスと直結でデータリンクを組めるので、要人警護の効率も段違いです」
「それは心強い」
スコットが実務に落とし込む。
「投入可能なのは人型だけか?」
「屋内は人型に加えて球型ロボット『ボール』が使えます。小型多数で警戒と対人制圧に有効です。上空・水上はホーネット、トルネード、クラブマンなどの特務機がカバーします。ライトニングは多目的に展開できます」
サムはそう答えた。
「よし。ライトニングだけで基礎警備は担えるな」
スコットが確認し、西郷に視線を送る。
「ええ。現状、敵の戦力はシティ本体を直接叩ける段階にありません。やれるのは小規模テロ、たとえば“大統領暗殺”です」
その一言に、室内の空気が凍りついた。
「暗殺が“小規模”か?」とスコット。
「少数の手駒で実行可能、という意味です」
藤波が割って入る。
「失礼。しかしあなたは敵の腹の内を知っているように話す。信用していい情報ですか?」
西郷の口端に、かすかな笑みが浮かんだ。
「情報局のレポートは精度が高い。暗殺は以前からのプランだが、連邦首都よりも“外遊先”が狙い目、そう読んでいます」
「では、なぜ彼らは大統領を狙うのです?」
「リヨン大統領は改革派。軍需市場をほぼ独占してきたガバメント社の利権を崩し始めた。十分な動機です」
「敵はガバメント社、という理解で?」
「その通り。まだ完全に追い詰める態勢は整っていませんがね」




