ブルーライトニング 第29章
玲子はソレイユからファントムのロボットたちの想いを聞く。
「では、失礼します」
礼儀正しくロボットが礼をし、訓練ルームから出て行った。玲子はロボット相手に、軍隊式の格闘術の練習をしていた。ソレイユとセキュリティエリアで会うようになってから、話すだけでなく体も動かそうと、ソレイユが始めたのが格闘術だった。瑞穂とテニスをするようになったのは、ここ1年のことである。
はじめはソレイユと二人きりの練習だったが、そのうち「実践的な訓練をする」と言うことで、ファントムのメタロイドが参加するようになって、現在のスタイルになっている。
「今日のロボット、初めて見たタイプだわ」
玲子が聞くと、ソレイユは玲子にタオルを渡しながら答えた。
「ライトニングファントムの新鋭機種、Jー7よ。今日は初めて、ライトニングのロボットが玲子の練習相手に来たの」
「ライトニングファントムのロボットかあ」
玲子は納得する。ライトニングファントムは、ブルーファントムやレッドファントムと同じ“ファントム”の一部隊で、高機動戦闘を得意とするロボットたちだ。今まで格闘術の練習に付き合ってきたのは、ブルーファントムかレッドファントムのロボットだったから、初めて見るのも納得である。
玲子は熱いのか、手のひらで顔をあおぎながら言った。
「今日は、ブルーもレッドも暇がなかったの?」
「まさか! そんなギリギリの運用はしないわよ。ただ、ライトニングが自分たちにも玲子の相手をさせろって言ってきただけ。先日、玲子のことをマスター認証したでしょ。その影響よ」
玲子は「はあ」とため息をついた。
「ロボットって律儀ね。そんなに頑張らなくてもいいのに」
「あれで、彼らはやりがいと幸せを感じてるの。だから、付き合ってちょうだい。こういう時くらいしか、玲子に直接“尽くす”ことはできないからね」
「私って、そんなに尽くす価値があるの?」
「あるわよ。だから、争って玲子のために働くのよ」
ふと、玲子は気づいて、首をかしげた。
「ちょっと待って。ライトニングは私をマスター認証してるからとして、ブルーとレッドのロボットはどうして? ソレイユが頼んでくれてるから来てるんじゃないの?」
ソレイユは、けろりとした顔で言った。
「言ってなかったかしら。ブルーもレッドも、玲子のことをマスター認証してるの。マスターに尽くすのはロボットの幸福だから、わかってちょうだいね」
玲子はびっくりしてソレイユに聞き返した。
「でも、マスターになってくださいって言われたこと、ないわよ!」
「そんなの、勝手に認証してるのよ。マルスだって、玲子に『マスターになってください』って言ってないでしょ?」
「そういえばそうだわ。じゃあ、ゼムはなんで?」
「ゼムは生真面目なの。それだけ」
玲子は、はっとして顔を上げた。
「じゃあ、なに! 西郷中将が言ってた“ファントムのロボット達のマスター”って、私のこと?」
「そう、玲子よ。それ以外だと、まあ、サムのことをいくらかマスターだと思っているくらいかな。ノーマのマスターだからね。でも、筆頭は玲子」
玲子は頭がクラクラしてきた。
「なぜ、私なんかが」
「マスターを決めるのは、彼ら自身の意思よ。玲子のことを素晴らしい人だと思うから、マスターと認証したの。だって、あんなことがあっても、玲子は私の友達でいてくれたでしょ。私もうれしかったけど、みんなも玲子のことを認めたの」
玲子は顔を伏せ、首を振った。
「ソレイユの友達でいることなんて、たいしたことじゃない。当たり前のことなのに」
「そんなことはないと思うわよ。みんながみんな、できたことじゃないし」
ソレイユは玲子の手を握った。
「私たちはね、第1に玲子のために働くの。そして、そのほかたくさんの人たちのために。私は瑞穂のことも守りたいと思ってるけど、それは私が瑞穂と会っているから。ファントムの他のロボット達は、玲子以外は軍のスタッフしか知らない。だから、玲子が唯一の存在になるのよ」
その事実が、重く玲子の肩にのしかかってくる。自分の知らないところで、自分を支えにしている存在が、こんなにもいるのだ。
「あんまり深く考えないでね。誰をマスターにするかはロボットの自由だし、マスターだからって、そのロボットに何かをする必要はないから。ただ、マスターがいるといないとじゃ、彼らのやりがいが全然違うの。そのロボットの能力値が変わるくらいに。ポテンシャル理論っていうんだけどね」
「それ、聞いたことある」
玲子は、そこまで自分が影響を与えているということに、背筋がひやりとするのを感じた。
「繰り返しになるけど、玲子をマスターとして認証してるからって、玲子に何かを求めることはないの。だから、玲子は何も重荷に思うことはないわ。みんなのアイドルってことだけ」
玲子は、少しだけ目を閉じてから、息を吐き出した。何もかも、吹っ切るように。
「わかったわ。でも、ゼムが言っていたの。マルスを大切にしてくれって。だから、私はマルスを大切にする。私にできることは、それだけだから」
「私と友達でいてくれることもね。ねっ、玲子が普通にしていることでいいのよ」
「おねえちゃん」
というかわいい呼び声がして、玲子とソレイユは振り返る。入り口のドアを開けて、マルスが顔を出していた。
「マルス、訓練、終わったの?」
「うん、もう帰っていいって」
「じゃあ、一緒に帰ろうか。帰りにパジャマを買わないとね」
ソレイユが小さく手を振る。
「じゃあ、また、この次」
「ええ。今日はありがとう。いろいろ教えてくれて」
「うん」
玲子とマルスは手をつないで、そろってソレイユに手を振った。
「さようなら」
「さようなら」
二人の姿が見えなくなると、ソレイユはぽつりとつぶやいた。
「なんか、玲子、マルスといると楽しそう」
「パジャマは、これなんかかわいいね。マルスに似合いそう」
ショッピングモールの子ども服売り場には、カラフルなパジャマがぎっしりと並んでいた。動物の柄、星の模様、チェック柄。マルスはきょろきょろと首を動かしながら、それらを見つめている。
玲子は、袋に入ったサイズが合いそうなパジャマを一つ手に取った。
「マルスはどれがいい?」
「どれでもいい」
「そう」
玲子は笑みを浮かべながら言った。ロボットに「どれがいい」と聞いて、これがいいと選ぶとは限らない。ここは自分の好みで選ぶことにする。とりあえず、洗濯のことも考えて、二着をかごに入れた。
「あっ、そうだ」
玲子が何かを思いついたように顔を上げる。
「エプロンも買おうか」
「エプロン?」
「そう。食事の支度をするときに着けるやつ」
「ひらひらしてるやつ?」
「そう。お手伝いが楽しくなるよ」
(経営監査委員会でガタガタ言われたら、マルスのエプロン姿を見せつけてやる!)と、玲子は心の中でほくそ笑んだ。
「じゃあ、買って!」
今度は、マルスがはっきり「買って」と言った。このあたりのさじ加減は、どうプログラムしているのだろうと玲子は思う。
売り場の中を巡って、子供用のエプロンを探す。レースのついたもの、シンプルなもの、小さなポケットがいくつも付いたもの。その中から、玲子が「かわいい」と素直に思えるものを選んだ。
レジで支払いをし、バッグの中にパジャマとエプロンを押し込むと、玲子はマルスの手を取った。そのとき、
「敷島さん」
という声が聞こえた。玲子は内心「いやなやつ」と思いつつ、笑顔を作って振り向く。
「伊藤さんも買い物?」
同級生の伊藤綾と、その取り巻きの女子三人組である。
「その男の子、だれ?」と伊藤が言う。
「弟よ。アンドロイドだけど」
「ああ、ポンコツアンドロイドね」
きゃははと三人が笑う。マルスは意味がわからないまま、視線を足元に落とした。
「食事の支度があるので、私は行くね。さようなら」
玲子はそれ以上相手にせず、マルスの手を引いて、その場を離れる。
「何よ! あの態度!!」
背後で毒づく声が聞こえたが、玲子は無視した。マルスは玲子に引かれるまま、ついていく。
店の外に出たところで、マルスが口を開いた。
「お姉ちゃん、怒ってる?」
「うん? ただ、いやなやつから早く離れたいだけよ」
「今の人」と、遠慮がちにマルスが聞きかけると、玲子は強い口調で遮った。
「マルス、あんなやつ、相手にしないの」
玲子は立ち止まり、マルスの方を向く。
「瑞穂は、マルスのこと“かわいい、かわいい”って言ってるでしょ。瑞穂みたいに、マルスに好意を向ける人のことを考えればいいの。悪意を向ける人は無視! これでいいの!! 私も、あの人、嫌いだから」
「そうなんだね」
「そう。さあ、早く帰って、夕食の支度をしなくちゃ」
玲子は気持ちを切り替えるように、もう一度マルスの手を握った。マルスもそれに合わせて歩き出す。
二人の影が並んで伸びる通路を、玲子はマルスと並んで、家路についた。
2026年8月30日加筆




