ブルーライトニング 第28章
「マルス、私はね、マルスがそばにいてくれて、うれしいの。西郷中将がマルスとずっと一緒にいてほしいと言われたとき、うれしかったわ。私でいいのかなとも思ったけど」
プレスト海軍第7艦隊司令の西郷は玲子にマルスを託す。玲子はずっとマルスのそばにいられることに喜びを感じていた。
夕食を終え、お茶を飲みながら、玲子は敷島と上原に、西郷に言われたことを話した。
「西郷中将には話を聞いたよ。まあ、玲子が受け入れるならいい」
憮然としている敷島とは対照的に、上原は上機嫌だった。
「よかったわね、玲子」
マルスがそばにいると、玲子が落ち着いていられることを、上原はよく分かっていた。
「でもね、ちょっと不思議なこともあるの。今日、会ったばかりのゼムっていうロボットに、マスターになってくれって言われたわ。西郷中将に聞いたら、マスターになってもかまわないって」
「ほおー、ゼムがね。それは意外だな」
敷島が言った。
「伯父さんがゼムを作ったんでしょ? どうして意外なの?」
「あいつはな、人間嫌いなんだ。人間がゼムを怖がるもんでね。大柄なロボットはどうしても威圧感があるからな」
「そんなに怖いかしら」
玲子は半信半疑だった。
「それは、玲子。おまえの感覚が、人とはちょっと違うからだ」
控えていたロビーが口を挟む。
「ゼムが通信で言っていました。お嬢様がちっとも怖がらなかったことが、ずいぶん嬉しかったと。それから、男の子にも“かっこいい”と言われたと喜んでいました」
「守くんのことね」
上原はカップをテーブルに置き、にっこり笑いながら言った。
「ゼムはマルスのことをリーダーに迎えたから、そのマルスのマスターである玲子のことを、自分のマスターとして認証したのよ。初対面で玲子がゼムを怖がらなかったから、なおさらゼムの心の琴線に触れたんでしょうね。そしてゼムがそう決めたことで、ライトニングファントムのロボットたちも、玲子のことをマスターとして認証したことになるわ」
「私でよかったのかなあ。ゼムって軍のロボットでしょう」
「全然問題ないわよ。西郷司令もそう言っていたでしょ」
「ええ、そうだけど」
「ロボットはね、マスターがいたほうが安定するの。場合によっては、能力も向上するのよ」
「ポテンシャル理論のこと?」
上原はにこりとして、
「よく知ってるわね。そう、ポテンシャル理論。ファントムのロボットが安定していて強いのは、マスターがいるからなのよ。ライトニングのロボットだけが危うかったんだけど、めでたく玲子がマスターになってくれたので、万々歳よ」
話が一区切りしたところで、ロビーが割って入った。
「ところで、マルスがライトニングファントムのリーダーになったということは、“ブルーライトニング”の名を継いだのですか?」
「うん。それがライトニングファントムのリーダー名だって。元々はロビーが使ってたんでしょ?」
マルスが言う。
「そうですね。懐かしいです。それをマルスが引き継ぐとは。ゼムは、マルスにこそその名がふさわしいと思ったのでしょう」
「どういうことなの? ロビー」
玲子が聞いた。
「“ブルーライトニング”は、人に尽くすロボットにこそふさわしい、とゼムは言っていました。ゼムは人に恐れられているので、それほど人間を好いていませんでしたから、自分でブルーライトニングを名乗ろうとはしなかったのです」
「そんなに人間を嫌っているようには感じなかったけど。結構、いいロボットだったけど」
「お嬢様を嫌っているロボットはいないですよ」
玲子は後片づけをロビーとマルスに任せ、学校のレポートを仕上げた。マルスもロビーの手伝いなら問題なくできるので、安心して任せることにしたのだ。入浴もすませ、パジャマに着替えると、タイミングを合わせたようにマルスがやってきた。
玲子はTシャツを引っぱり出し、マルスを着替えさせ、ベッドに寝かせる。大事な日課、エネルギーの補給である。だが、補給を始めてみると、メーターはほぼ満タンの状態だった。
「今日、誰かに補給してもらったの?」
「うん、サムに補給してもらったの。ゼムと模擬戦をやったので、だいぶ消耗しちゃったから」
「あのゼムと戦ったの?」
小柄なマルスが、あの大柄なゼムと戦うところなど、玲子には想像しづらい。
「ソレイユと瑞穂お姉ちゃんがテニスしていた部屋があるでしょう。あの部屋で。ぼく、ゼムに吹っ飛ばされて、何度も壁に激突しちゃったの」
「そうだったんだ」
それでも、ゼムはマルスのことをリーダーとして認めたのだ。
「マルスも一矢報いたんでしょ? リーダーとして認められたんだから」
「うん。スピードはね、ぼくのほうが上だから。でも、力と戦闘経験はゼムのほうが上だから、なかなか勝てないよ」
エネルギーの補給が終わったので、玲子はマルスの腹部からプラグを外し、シャツの裾を整えてやる。
「明日、マルスのパジャマを買ってくるから、今夜もこのシャツで我慢してね」
ぶかぶかのTシャツを着せられても、マルスは嫌がったりはしなかった。
「ぼく、これでいいよ」
「そんなこと言わないで。パジャマは買っていいって、おばさんにも言われてるから」
玲子はベッドに上がった。
「ベッド、狭くない? ぼく、本当に一緒に寝ていてもいいの?」
「いいの。私がマルスにそばにいてほしいんだから」
玲子はマルスに身を寄せ、
「そんなことばっかり言ってると、捕まえちゃうぞ!」
と、両手で抱きしめた。
「きゃっ」
マルスが玲子の腕の中でじたばたする。無論、本気を出せば、玲子の手など簡単に振りほどける力はあるのだから、マルスもふざけているだけである。
ベッドの上でふざけていると、玲子も楽しくなってきた。こんなことをするのは、いったい何年ぶりだろう。
しばらくすると、観念したのか、マルスがおとなしくなった。
「そう、最初っからおとなしく寝ればいいの」
玲子が言う。
「うん」
「マルス。私はね、マルスがそばにいてくれて、うれしいの。西郷中将が、マルスとずっと一緒にいてほしいって言ったとき、うれしかったわ。私でいいのかなとも思ったけど」
「ぼくはお姉ちゃんがいい。サムのことも好きだけど、お姉ちゃんはもっと好き」
「じゃあ、一緒のベッドに寝てもいいでしょ。由美子はね、何かというと私のベッドに入ってきたの。寒いとか、一人じゃ怖いとか、なんだかんだ言ってね。可愛かったけどね」
玲子の胸がきゅっと痛む。
「お姉ちゃん?」
「何でもない。さあ、寝よう」
玲子はマルスの頬に、お休みのキスをする。
「それじゃあ、お休み」
「お姉ちゃん!」
自分を真剣に見上げるマルスを見て、玲子は笑みを浮かべて聞き返した。
「なに?」
「あの、あのね」
声が小さくなっていくマルスに、玲子は顔をのぞき込む。
「なに? 言ってごらん」
突然、マルスが顔を寄せ、唇が玲子の頬にふれた。予想外のマルスの行動に、玲子は面食らったが、とてもあたたかな気持ちになった。
「もしかして、お姉ちゃん、怒ってる?」
「怒ってないわよ。うれしかったわ」
マルスはベッドの上に横になる。玲子はマルスに毛布を掛けて寝かしつけ、自分も横になった。
リモコンで照明を消し、二人は眠りについた。




