ブルーライトニング 第26章
プレストシティ沖海戦はプレスト側の勝利で終わった。しかし、それはすべての問題が解決したことを意味しない。
捕虜から語られた旅客機襲撃の真相は、軍事衝突の背後に巨大企業と投資市場の思惑が絡んでいたことを示していた。そしてガバメント社を取り巻く状況は、戦場だけではなく経済界にも大きな波紋を広げていく。
一方で、戦いの陰で進められていたマルス計画も新たな局面を迎える。量産への道を切り開くため、マルスは軍の管理下を離れ、一般家庭での試験運用へと進もうとしていた。
それぞれの思惑が交錯するなか、玲子はソレイユたちとの再会を果たす。しかし、その再会は彼女自身の立場を大きく変える出来事の始まりでもあった。
戦いの余韻が残る中、世界は静かに次の局面へと歩み始める。
プレスト海軍第7艦隊司令である西郷は、スコット司令の命令に応じて、プレスト海軍司令部の会議に参加した。目的は、プレストシティ沖海戦について報告を求めることである。西郷は、これまで判明したことをゆっくりとした調子で報告する。
「確保した捕虜からの情報によると、今回の旅客機への攻撃は、乗客の一人を暗殺するためとわかりました。相手が旅客機であるので、併せて新人の戦闘訓練の標的にしたようです。もっとも、旅客機の回避運動が巧みだったことと、迎撃が間に合ったことで攻撃が失敗したということです」
きわどい事実を聞かされて、会議の参集メンバーは息を飲む。のんびりとした調子で西郷は報告を続ける。
「旅客機は航路管制装置に何らかのハッキングを受け、航路を逸脱したこともわかりました。旅客機はガバメント社の航行システムを搭載していたので、システムに何らかのバックドア(ハッキングの侵入口)が仕込まれている可能性もあります。これは現在も調査中です。乗客の誰をねらったのかは、捕虜は聞かされていなかったようですが、オルソン少将の報告によると、乗客リストに彼女がつとめていた投資会社のCEOが搭乗しており、状況から彼が標的であったと考えられます。詳細はオルソン少将の方から」
西郷に替わってオルソンが報告を引き継ぐ。
「私がつとめていた投資会社が、ガバメント社から大量の投資を引き上げることを決定しました。CEOはダグラス社への投資を決め、今回、ダグラス社との交渉のため、自らプレストシティを訪れたようです。私が、CEOに直接会ってお話を伺ったところ、この投資の引き上げには社内に反対する勢力もあったようですが、結局CEOの決定で実行されたとのこと。今回の旅客機襲撃は、CEOを暗殺することで、投資の引き上げを阻止するために実行されたと考えられます」
高野長官が疑問をぶつける。
「こんなことをいっては失礼だが、たかが投資会社のCEOを暗殺したところで、何とかなるものなのか?」
「ご指摘、もっともですが、彼の影響力は市場では大きいのです。ガバメント社はその影響力をおそれたものと思われます」
さすがに、元トレーダーであるオルソンの言葉を疑うものはいなかった。
「実際、ガバメント社は投資市場から資本を引き上げられています。これは相当、経営に影響を与えるでしょう」
「つまり、ガバメント社は経営にかなり打撃を受けるということか?」
「長官のおっしゃるとおりです。アルトシティ攻防戦で3機のドラグーンがタイタンに撃破されなければ、これほど、劇的な投資の引き上げはなかったでしょう。ドラグーンは実質ガバメント社の主力製品であるグリフォンの改修型ですから、ドラグーンの敗北はガバメント社の製品の敗北でもありますので」
オルソンの発言が一息つくと、会議の場は、ほっとした雰囲気に覆われた。しかし、長官の一言が、そのゆるみを吹き飛ばす。
「西郷司令、プレストシティに対する報復攻撃が考えられるが、君の考えはどうか?」
覇気のない西郷の様子は変わらない。わかってはいるものの、高野でも、少しいらいらしてしまう。
「はい、長官のご指摘どおりプレストシティへの報復攻撃を考えるのが自然でしょう」
「それに対し、君の対処方針は?」
「プレストシティ沖海戦で、セレクターズは潜水空母を失いました。戦力ダウンは避けられず、セレクターズによる攻撃の準備には時間がかかるでしょう。その間は政界や世論による切り崩し、もしくは、小規模な市街地でのテロをもくろむものと思われます」
「しかし、君が切り札と考えているマルスは、現在、経営監査委員会から量産を止められている。これからの対処は?」
「経営監査委員会において、アリス・ダグラス委員長の采配で、マルスの一般家庭での試験運用が提案されています。試験は敷島博士の姪である敷島玲子がおこないますが問題はないでしょう。彼女による試験で、マルス型アンドロイドの量産に移れると思います」
「自信ありげだな?」
「はい、スミス博士は、量産を中止しようと騒ぎを起こしたことを後悔しているはずです。これ以上、マルスプロジェクトを妨げることは無いと思います」
「これも君のプランで折り込み済みのことか?」
「いえ、必然的な流れです」
調達部長が意見を発する。
「軍用装備であるマルスを一般人に預けるのは問題ではないですか?」
その問いには高野長官自らが答えた。
「いや、彼女はソレイユに関わりが強い娘だ。マルスを預けるのに問題はないと私は考える。スコット司令、あなたの考えは?」
「私も問題ないと思います」
「それならば、私にも異存はありません」と調達部長も同意して議論は終了した。
「結構、めんどくさいんだね」
いくつかのゲートを通ってきた後に守がグチる。
「これで、最後だから」と、玲子はハンディの操作を続ける。ハンディの認証が済み、ドアがゆっくりと開いていくと、ドアの陰から少女と大柄な青いロボットが現れた。見慣れないロボットの姿に瑞穂は思わず「ひっ」と小さな悲鳴をあげるが、守は「かっこいい!」と、歓声をあげた。ソレイユの後ろに立っていたロボットは、玲子も見たことがないロボットだった。
「いらっしゃい、みんな。さっ、入って」と、ソレイユが3人を招く。
「でも、悪いけど玲子には会ってほしい人がいるの。せっかく、私に会いに来てくれたのに悪いんだけど」
「私に? 誰が?」
「会えばわかるわ。このゼムが案内するからついて行って。瑞穂と守くんには私がついているから」
大柄なゼムが玲子の前に進み出た。
「こちらへ」と、玲子をエスコートする。
「瑞穂、守くん、私、ちょっと行ってくる」
玲子はゼムの案内でセキュリティエリアの奥に歩いていった。二人が廊下の角を曲がり、姿が見えなくなると、
「ソレイユ、私、あのロボットに悪いことしちゃった」
「瑞穂が悲鳴を上げたこと?」
「うーん、だって、びっくりしちゃって」
「大丈夫、普通はびっくりするわよ。ゼムもそういう人間の反応には慣れてるわ」
「玲子は平気なのね」
「玲子はロボットを見慣れているもの」
大股でゆっくりと歩くゼムの後ろを、玲子は素早い歩調でついて行く。
「あの、間違っていたらごめんなさい。あなた、ライトニングファントムのゼムなの?」
ゼムの歩みがぴたりと止まり、玲子のほうへ振り返った。
「そのとおり、私はライトニングファントムのゼムですが、その部隊名を誰から聞かれたのですか?」
「うちにいるロビーに」
「ロビーですか。そういえば、あなたはロビーと一緒に暮らしているのですね」
ゼムは踵を返し、再び歩み始める。
「あなたのことはロビーやソレイユから聞いておりました。ですが、こうしてお会いするまで、実感がわきませんでした」
(実感って何?)と玲子は思ったが、口にはしなかった。
「マルスがあなたをマスターに選んだのも頷けます」
「マルス?」
「はい、あなたに世話していただいているマルスです。我々ライトニングファントムは、マルスをリーダーに迎えました」
「はい?」と、玲子は間の抜けた返事をした。マルスがリーダーって何? 再び、ゼムは歩みをとめて、振り返り、玲子の前で片膝をつく。体が大きいので、これで玲子とほぼ同じ目線となった。
「あなたが私をご存じなら話が早い。我々、ライトニングは、あなたをマスターとして認証します。お許しを」と、ゼムは頭を垂れる。出し抜けに言われたことの意味が玲子には理解できなかった。
「ええっと、どういうこと?」
「あなたをマスターと認証し、あなたを守り、あなたの意志に従うということです」
玲子は焦った。
「あなたは、軍のロボットでしょう。私の言うことを聞いていてはだめでしょう」
ゼムは頭を上げて答える。
「もちろん、軍の指令にも従います。軍の指令があなたの安全や意志と矛盾しないことは、すでに実証されています。問題はありません。それとも、マスターになることが、嫌ですか?」
「嫌じゃないわ」と、玲子は答える。拒絶するのはゼムの存在を否定するようでいやだった。
「では、お許しを」と、再びゼムが頭を下げる。
「いいわ、私でよければマスターになるわ。それで、私はあなたたちのために何かできることはある?」
「はい、マルスを大切にしてください。あなたにとっては当たり前のことでしょうが」
「そんなことでいいの?」
「はい、それ以上の願いはありません。マルスは我々のリーダーになってくれました。そして、マルスのマスターであるあなたは、我々にとってもマスターです」
ゼムは立ち上がった。
「申し訳ありません、時間をとらせてしまいました。ご案内します」
玲子はゼムの言ったことに思いを巡らせた。ゼムは我々、ライトニングと言った。ということは、ライトニングのロボットの総意なのだろうか。正直、今の玲子の理解を超えていた。
「後でおばさんと相談しよう」
2026年8月14日加筆




