ブルーライトニング 第24章 玲子の元へ
人類と機械の関係は、戦場だけで決まるものではない。
どれほど高性能な兵器であっても、誰かと食卓を囲み、同じ屋根の下で暮らせるのか。それを確かめることもまた、大切な試験だった。
マルス型アンドロイドの量産計画が進む中、軍と企業が注目する評価試験の舞台として選ばれたのは、意外にも玲子の日常だった。
戸惑う大人たちをよそに、少女とアンドロイドは少しずつ距離を縮めていく。
第24章「玲子の元へ」。
それは試験であり、同時に小さな家族の始まりでもあった。
「どういう理屈で、玲子がマルスの試験をやらなきゃいかんのですか」
出張から戻り、事の次第を知った敷島の第一声だった。
「成り行きですよ。マルスが家庭生活を支障なく送れると示さないといけないの。それに玲子はマルスを気に入っているの。サムの話だと、マルスも玲子を意識しているそうよ」
ダグラス社の経営監査委員会委員長、アリス・ダグラスは終始にこやかだ。彼女はジム・ダグラスの妻であり、サムの母でもある。上原は黙って2人のやり取りを聞いていた。敷島は、ローウェル・インダストリー・フォルテ本社から戻ったばかりで、現地ではマルス型アンドロイドの量産ライン構築と、大型ロボット〈プロメテウス〉の製造に関わっていた。マルス開発者の一人とはいえ、敷島は姪を巻き込みたくはなかった。
「まさか、こんな形で玲子を巻き込むとは」
「不満ですか?」
「本音を言えば不満です。ソレイユの件だけでも十分です。玲子はまだ16歳ですよ」
「もう16歳です」上原がぴしゃりと言う。アリスは苦笑した。
「年齢の話はさておき、玲子にいろいろ背負わせている。それは私たちも軍司令部も自覚しています」
「自覚しているなら、配慮を」
「玲子はマルスを気に入ってますよ」と、上原が素っ気なく続ける。
「玲子なら気に入るだろう。だが、悩みを増やしたくない」
アリスは口元に笑みを残したまま言った。
「父親は娘に甘いですね。5人の子の母として言いますが、玲子くらいの年は悩むものよ。それを越える時期でもある」
「それは、そうですが」
「案外、良い方向に転がるかもしれませんよ。母の勘ですが」
玲子は手慣れた手順でダグラスのセキュリティエリアに入り、待ち合わせのロビーでサムと合流した。
「厄介ごとを頼んで悪い」
「厄介ごとってほどでも。でも、私でいいの?」
「マルスが玲子を気に入ってる。あいつの気持ちも大事にしてやりたい」
玲子の胸がふっと高鳴る。
「私もマルスはかわいいと思うけど、どうして私? 少し会っただけだよ」
「アルトシティに行く前に抱っこしてくれただろ。マルスは甘えん坊なんだ」
「でも、あれは」
サムが手のひらで制した。
「アルトシティで俺たちがドラグーンを迎撃したのは知ってるな。マルスも参加した。2体に手傷を負わせ、巡航ミサイルも落とした。戦いのあと、あいつが俺に聞いたんだ。玲子が喜んでるかなって」
玲子は小さく息を呑む。
「わかった。マルスに会わせて」
通された部屋には、上原、敷島、アリスがいた。
「伯父さん、帰ってたの?」
「ああ、さっきな」と、敷島は短く答えた。少し機嫌が悪いようだ、と玲子は思う。顔なじみのアリスが言った。
「面倒を頼んで悪いね。1週間後くらい後に口頭でレポートしてほしいの。形式的な確認で終わるはずよ」
「それだけ?」
「それだけ。難しくはないはずよ。やってもらえる?」
「私にできることなら。マルスは?」
「今、ソレイユが連れてくるわ」
ソレイユに伴われて入ってきたマルスは、玲子を見るなりぱっと顔を明るくした。
「おいで、マルス」
小走りで抱きついてくる。もうすっかり懐いている。玲子はしゃがんで視線を合わせた。
「マルス、しばらく私と一緒に暮らすの」
「ほんと? 一緒に暮らせるの、玲子さん」
「それと、お願い。“お姉ちゃん”って呼んでほしい」
「お母さんじゃなくて?」
「私、まだ16歳なのよ。お母さんは早すぎる」
他愛もないやり取りに、アリスと上原が口の端を緩めた。
「今日はこのまま連れて帰っていい?」
「ええ、一緒に帰りましょう。敷島さんも今日は残業なしで」と、上原が促す。
「ああ、時差ボケがつらい」
(なんだ、時差ボケか)
玲子は内心で肩の力を抜いた。
夕食は和やかだった。玲子が上機嫌で支度し、ロビーが手際よく補助する。マルスもロビーのデータリンク指示で何とか足手まといにならずに済んだ。
「玲子の手料理は久しぶりだな」
敷島の機嫌も直っている。ロビーが席を用意し、マルスは玲子の隣に座った。家族が一人増えたような空気が漂う。
「ねえ小母さん、マルスの服、買ってもいい?」
玲子にしては珍しいおねだりだ。だが、上原の答えは即答だった。
「だめ」
「でも、枚数が少ないよ?」
「それは認めるけど、マルスの服は戦闘用防護服を兼ねる特殊装備なの。だから、一般服はだめ」
「そっか」
玲子はつまらなそうに言った。
「玲子、マルスは一時的に預かるだけだ」と、敷島は素っ気ない。対して上原は肩をすくめる。
「わかりませんよ。このまま軍が預け続けるかも。玲子はどう? “このまま預けたい”と言われたら」
「それは、うれしいわ」
マルスがぱっと顔を上げる。
「ほんと?」
就寝前、上原がエネルギー補給の手順を教えた。マルスをベッドに寝かせ、パンツのところにあるコネクタにプラグを差す。
「補給はマスターの義務なの。毎日やるのよ」
「毎日やらないと空っぽになるの?」
「日常動作なら一割も消費しないの。でも“常に満タン”が原則。あとはスイッチを入れるだけ。おやすみ、玲子、マルス」
スイッチを押すと、ぶーん、と微かな音。充電器に蓄えられた電力がマルスのジェネレーターへ流れ込む。マルスは仰向けのまま静かだ。玲子は箪笥を開け、寝間着になりそうなものを探した。
「お姉ちゃんと同じベッドで寝ていいの?」
「いいよ」
玲子は自分のTシャツを取り出す。裸で寝かせるのは抵抗がある。
「客室にベッドはあるけど、私と一緒じゃいや?」
「ううん」
充電は二分ほどで終わり、マルスは上体を起こす。玲子はTシャツを着せた。
「今夜はこれで我慢して」
ぶかぶかの裾をいじるマルスの後ろ姿に、玲子の口元が緩む。こういう仕草はどうプログラムされているのだろう。今度、上原に聞いてみよう。そう考えながら、自分も寝間着に着替える。
玲子はベッドに腰を下ろし、マルスを抱き寄せた。マルスはこてんともたれ、くすりと笑う。
「さ、寝ようか」
玲子は頬に軽くキスをする。マルスはきゃっと笑って端に丸くなった。
「そんなに端に行かなくていいの」
玲子は引き寄せる。
「狭くない?」
「気にしないで。おやすみ」
照明を落とす。マルスはすぐ休眠モードに入り動かなくなった。呼吸しない静けさに、わずかな違和感。いや、それ以上に「すぐ寝てしまう」こと自体が人間の子とは違う。妹の由美子はいつもきゃっきゃと騒いでなかなか寝なかった。玲子は思い出し、そっと腕の中に抱き寄せた。
「久しぶり、この感じ」
腕の中の小さな重みを確かめながら、玲子は眠りへ落ちていった。
2026年8月13日加筆




