ブルーライトニング 第23章
経営監査委員会で解体処分が検討されていたマルスを救うため、西郷は決断する。
テロリストの潜水艦4隻が撃沈され、プレストシティは20時過ぎに警戒警報を解除した。空母ジュノーは2隻の護衛艦を従え、順調にプレストシティへ向けて航行している。
西郷は情報分析エリアで、金融市場の動きを追うオルソンのもとを訪れた。
「話しかけてもいいか」
「ええ、どうぞ」オルソンはディスプレイから目を離さずに答えた。
「旅客機撃墜を防げたのは、君の情報のおかげだ。礼を言う」
西郷にとって4隻の撃沈は、旅客機救出に付随した結果に過ぎない。
「おだてないでください。あの程度の情報で、あれだけ対処したあなたのほうがすごいと思います」
「『何かが起こる』という一報をくれたのは君だ。なければ大惨事だったかもしれない」
オルソンは肩をすくめる。西郷に手柄欲はない。彼女はようやく顔を上げ、口角を上げた。
「それより、少し面白い情報があります。聞きます?」
「ぜひ、聞きたい」
「先のアルトシティ攻防戦で、ドルフィンとブラックタイタンがテロリストのドラグーンを撃破しましたよね。その余波で、両機を開発したローウェル・インダストリーへ投資が集まっています。逆にガバメント社からは資金が引き上げられています。経営に相当な打撃ですね。それと、先ほどの旅客機には、私が以前勤めていた投資会社のCEOが乗っていました。彼がガバメントからの撤退を決断したことで、暗殺が企図された可能性があります」
「ふむ、なるほど。それも、あり得るな。しかし、今回は勝ちすぎたかもしれんな」
「勝ちすぎ、ですか?」
「勝ちすぎはよくない。次はより強烈な報復が来るかもしれない。もっとも、今回は敵の航空戦力を潰した。ガバメントが君の見積もる損害を被っていれば、テロリストに追加兵器を供与するのは容易ではないだろう。ところで、ダグラス・インダストリーの騒ぎはどうだ?」
「マルスが家事用機能を搭載していないという理由で、経営監査委員会で解体処分論が勢いづいています。スミス博士が煽っていて、スコット司令も困っている様子です」
「そうか・・・」西郷は小さくため息をつき、ぽつりと漏らした。
「厄介ならスミス博士を排除するか」
「司令!」と、オルソンは思わず声を荒らげ、顔を紅潮させた。
「冗談だ」と、西郷は両手を軽く上げる。
「司令が言うと冗談に聞こえません。やめてください」
「悪かった」
オルソンは恥ずかしさをかみしめながら言った。
「いえ、こちらこそ・・・ 中将に向かって失礼しました」
「気にするな。君も少将だ。ああ、マルスの件は何とかなる」
「子どものアンドロイドに本格的な家事用機能が必須なんでしょうか。私なら“かわいい”で十分だと思うんですけど」
「家事用機能がないということは、純粋な戦闘用アンドロイドだ、とスミス博士は受け取っている。ダグラスが戦闘用アンドロイドを作った事実が公になれば、ソレイユ解体を求める裁判にどう影響するか読めない。それを彼は恐れている。判決前で過敏にもなるだろう」
「マルスも気の毒です。一生懸命なのに、なぜ一方的に解体だなんて。殺すということですよ。できるなら、私が引き取って“家事用機能はいらない”と証明したい」
西郷は顎に手を当てた。
「君の出番はないよ。サムには実家庭での適用テストをさせろと言ってある。予定しているレポーターは未成年だが、しばらく一般家庭に置くのは悪くない」
「未成年? 軍人じゃないんですか」
「名前は知っているだろう。敷島玲子だ」
「ソレイユの友人の女の子」
「そうだ。あとはサムの母上に任せる。彼女はダグラス社の経営監査委員会委員長だ。うまくやる」
オルソンには、せわしなくマルスの戦力化を急いだ西郷が、なぜ今これほど落ち着いていられるのか判然としない。
「本当に、預けて大丈夫なんですか」
「目的はマルス1体の完成ではない。量産と配備だ。まず量産化に漕ぎつけねば話にならん。セレクターズの戦力は大きく削いだ。時間の余裕もある」
「抜かりなし、ですね」
「スミス博士も、すぐ自分のしたことを悔いて心変わりする。マルスへの圧力は消えるだろう」
「本当でしょうか」と、懐疑は残る。だが、西郷の読みが外れたことは、これまでほとんどない。
「近いうちにな。さ、気分転換にコーヒーでも」
西郷の気楽な物言いは、なぜか相手の心を落ち着かせる。彼は隅のポットで熱いコーヒーを注ぎ、オルソンにも手渡した。二人は湯気にひと息ついた。
戦の終結と警報解除を受け、ソレイユはマルスを休ませる決断をする。解体議論、欠陥品という評価、ここまでの圧力は、彼女自身も経験がない。上原博士は軍の嘱託で手が離せない。ならば、マスターのサムが戻るまで機能を止めるしかない。
彼女は自分のベッドにマルスを寝かせた。
「ぼく、生まれてきちゃいけなかったんだね」
「そんなこと言わないで。マルスを頼っている人もいるわ。サムが来るまで休みなさい」
機能停止コマンドが送られ、マルスの人工頭脳は静かに休眠へ落ちる。
「ごめんね、マルス。私にはどうすることもできないの」
ロボットである自分には、彼の“人への依存”に応えきれない。ソレイユはそれを痛感していた。彼女が部屋を出てサムを迎えに向かうと、廊下でスミスが待ち構えていた。
「ソレイユ。マルスはほぼ廃棄処分だ。もう関わるな」
その言葉は、のちに彼が生涯悔いるひと言となる。ソレイユはスミスを睨み返した。
「博士、あんまりです。マルスは望んで家事用機能なしで生まれたわけじゃない。私だって望んで“力”を持って生まれたわけじゃない。そう作ったのは、あなた方です。なのに、なぜ責めるんですか」
スミスは愕然とした。彼女が自分を「父」と呼ばなかったからだ。
「ソレイユ?」
「もう、あなたを父とは呼びません」
彼女は背を向け、去った。呆然と立ち尽くすスミスだけが残った。
夜遅く、上原が帰宅した。
「お帰りなさい」玲子が出迎える。
「ただいま、玲子。夕食は?」
「食べたわ」
スープにご飯を放り込んだ即席メニューだったことはロビーから聞いていたが、上原は触れない。食べないよりはいい。
「小母さんは?」
「会社の食堂でね。夜勤向けのメニュー、結構いいのよ」
「そうなんだ」
上原は着替えもそこそこに玲子を食堂へ招いた。ロビーが飲み物を置く。二人はそろって口をつけた。
「話って?」
「マルスのこと、覚えてるでしょ」
「うん。かわいい子。サムの家の子になるんでしょ」
「それなんだけど、玲子に預かってほしいの」
「私が?」
「ええ。それにお願いがあるの。家での様子を、ダグラスの経営監査委員会に“口頭で”報告してほしいの」
「経営監査委員会って、どういうこと?」
「もう薄々わかってると思うけど、マルスは軍用アンドロイドなの。それに、事情があって家事用機能がないの。それが委員会で問題になっていてね。“一般家庭で機能上の問題がない”ことを証明したいの」
「それならサムの家でもいいんじゃない?」
「委員長の家や軍関係者の家じゃ公平性に欠ける、って理屈。気が進まない?」
玲子は首を振った。
「ううん。マルスをしばらく預かるの、いやじゃない。かわいいし、少しでも一緒にいられたらうれしい」
「助かるわ。じゃあ明日の放課後、ダグラス・インダストリーに来て。迎えに来てほしいの」
「わかったわ」
2026年8月13日加筆




