ブルーライトニング 改訂版 第21章
旅客機撃墜を阻止した空母ジュノーは、テロリストの潜水艦隊と対峙する。機関不調を偽る空母ジュノーは潜水艦隊を迎え撃つため行動を開始する。
「司令、武装テロリストの戦闘機三機はすべて撃墜。旅客機は左翼に損傷あり。しかし飛行継続に支障なし。マルス機はGA一〇四便を誘導しつつ帰投中です」
中央司令室。指揮卓に肘をついた第七戦闘艦隊・西郷司令は、静かに頷いた。先ほどの張り詰めた空気は薄れ、軍人らしからぬ覇気のない風情すら漂わせる。エレクトラがソレイユから転送された戦闘データを戦術ディスプレイに投影した。
「艦隊防空は空振りですか」と副長の村山。
「一機は手練れ、残り二機は素人同然だ。ノーマとマルスでは相手にはならん。しかも二機は自爆――脱出手順と教えられていたのが自爆操作だったんだろう。危ないところだった。オルソン少将に感謝だな」
「新人の訓練ですかね?」と村山は頭をひねる。
「詮索はその後だ」
エレクトラが淡々と告げる。
「司令、脱出したパイロットをロボット部隊が確保。収容直後、脱出シートが爆発し、ロボット一体が損傷」
「損傷度は」
「背部装甲に被害。帰還は可能です」
「よし。捕虜は生きたまま本艦へ。必要なら鎮静剤を使用。情報は後回しだ。“生きている”という事実が今は要る」
「了解」
別のオペレーターが声を上げる。
「司令、第二戦闘艦隊より通信です」
西郷は口の端をわずかに上げた。
「来たか。捕虜確保は当面伏せろ」
モニターに第二戦闘艦隊司令・ホワイト中将が映る。
「西郷司令。艦隊旗艦がはぐれて漂流中とは、無様だな」
悪意を隠しもしない物言い。西郷は気の抜けた声で返した。
「どうも推進機関の調子が悪くてね」
二人は士官学校の同期だ。頼りなさげな西郷に対し、ホワイトは厳格そのもの。
「それはそうと、プレスト海軍の〈ファントム〉は見事だ。で、テロリストは捕らえたのか? 近くを哨戒機がうろついているが」
「脱出シートが突然爆発したと報告があった」
「生存者は?」
「さあ、報告はまだだな」
西郷は頭をかき、煮え切らない口調で答える。だが視線はホワイトの挙動を逃さない。
「そうか・・・ なら我々が捜索する。無能なお前たちは手を引け」
「ああ、頼むよ」
「まったく、同期の面汚しだな」
薄笑いを残し、通信は切れた。侮辱の余韻に室内がわずかに軋む。その中で村山だけが、西郷の口元に冷たい笑みが灯るのを見逃さなかった。
「司令は、第二艦隊がセレクターズと通じていると?」
「ああ。今回ので確信した。ホワイトはあの連中にふさわしい。ラルゴシティの第一・第二戦闘艦隊がテロリストと共闘していると仮定すれば、セレクターズの世界規模の作戦は説明がつく」
「なるほど・・・ 補給の問題ですね」
「エレクトラ、最新のオルソン・レポートを」
エレクトラが即座にタブレットへ情報を送る。西郷は目を走らせながら、続報を待った。
「司令、捕虜を収容。隔離室へ移送します。特に抵抗していないので、鎮静剤は未使用です」
西郷の口元が一瞬ゆるむ。
「オペレーター、第二艦隊に“捕虜確保。これより取り調べる”とだけ通信文で伝えろ」
「了解」
送信を確認した西郷がふと顔を上げる。ぼんやりした眼差しが、獲物に飛びかかる獣のそれへと変わった。司令部の背筋に冷気が走る。
「エレクトラ、第一級戦闘態勢。随伴する無人護衛艦二隻を、君の制御下に」
「了解。二隻、私の制御下に移行」
村山がたまらず問う。
「司令、何を?」
「今ここにいるセレクターズの潜水艦は艦載機搭載型だが、指揮官はテックスの可能性が高い。モルガンはアルトシティ沖だ。行き当たりばったりのテックスなら、本艦を必ず狙う。いや、狙う気満々だ」
「テックス? モルガンでは?」
「違う。さっきのホワイトの態度が示している。同行の潜水艦隊司令は、あいつの敬愛するモルガンではない。モルガンなら旅客機攻撃に艦載機を使わん。三機を捨て駒にするくらいなら、威力偵察がてら、この“無防備に近い”ジュノーを叩くはずだ」
村山は言葉を飲み、ようやく絞り出す。
「では・・・ ジュノーを囮に?」
「シティを狙われるよりはましだ。もっとも、相手がテックスでは“釣り”の意味は薄かったようだが」
出撃前、護衛艦が二隻しかいないと増援を求めた自分の進言を、西郷が退けた理由を、村山はようやく腑に落とす。
「もし君がテックスなら、今どうする?」
村山は考え、答えた。
「艦載機を三機失った。埋め合わせに手柄が欲しい。目の前には護衛艦二隻の空母、しかも推進機関不調で漂流中。長射程魚雷か巡航ミサイルで沈められるかもしれない・・・ ただ、なぜ最初から我々を攻撃しなかったのですか」
「推測だが、オルソン・レポートによれば、今回の市場操作は突発的。旅客機攻撃は、そのための本当に行き当たりばったりの作戦だったのだろう。私の考えすぎ、ということだ」
西郷の凍てつく笑み。司令室の航空参謀席にいるサムへ命が飛ぶ。
「サム、敵潜水艦隊を叩け。本艦への攻撃位置につくまで、あと三時間。おそらく一九時前後だ。誤差は三〇分」
「了解」
サムはノーマへ帰投指令をデータリンクで送る。西郷は艦長に向き直った。
「艦長、本艦は臨戦態勢へ。いつでも全力航行できるよう準備を」
「おっ、いよいよやりますか」
「少し過激な操船を頼む」
「お望みどおり。本艦の機関は絶好調です」
陽気な返事を合図に、空母ジュノーは臨戦態勢へ移行した。司令室にも作戦前の熱が満ちる。
同刻。旅客機攻撃を受け、プレストシティには警戒警報が発令。不要不急の外出は控えられ、玲子はロビーと自宅で夜を迎えようとしていた。台所で手際よく夕食を整える玲子。ロビーは少し離れた位置で待機する。
「おばさんは大丈夫かな」
上原は軍の嘱託でもあり、今夜は遅くなると連絡があった。伯父の敷島は出張中。今夜の食卓は玲子とロビーだけだ。
「ご心配なく。シティ政府が避難を命じていないのは、シティへの攻撃の恐れが低いということ。主戦場は沖合です」
玲子の手が止まり、ため息。
「旅客機の人たちが無事でよかった。このまま何事もなければ」
「そう願います」
「さっき“海が戦場”って言ってたよね。ソレイユも海に?」
「いえ、ソレイユはダグラス社へ帰還中です。いま海にいるのは〈ファントム〉の精鋭〈ライトニング〉です。ライトニングにはアンドロイドはいません。私のような“メタロイド”か、人間形態をとらない特務ロボットのみです」
「ファントムなのに、アンドロイドがいないの?」玲子は初耳だった。
「性能が高すぎて、いかにスーパーアンドロイドでも指揮管制が追いつかないのです。グループリーダーも“ゼム”と呼ばれるメタロイドです。一度、お嬢様にお会いさせたい。すばらしいロボットですよ」
「ゼム?」
「お嬢様の伯父、敷島博士の最高傑作と言われています。ただ・・・」
「ただ?」
「私の後継なのに、コールサイン〈ブルーライトニング〉を継がなかった。少々、頑固なところがありまして」
「ロボットの頑固者? ロビーの跡継ぎが頑固なんて、面白いね」
玲子は鍋のスープを味見し、残りご飯を投入した。ロビーは思わず身を乗り出すが踏みとどまる。玲子は自分だけの食事だと途端に大雑把になる。しかも一人のときは、ロビーに作らせようとしない。ロビーが作れば、もっとまともなものが出せるのだが。
「私はゼムを信頼しています」
ロビーは静かに付け加えた。鍋の湯気が、窓の外の不穏とは裏腹に、狭い部屋にぬくもりを満たしていく。




