第八話 ~ジークの覚悟・後編~
「ぐあっ……!」
地面を何度も転がり、全身に激痛が走る。どうにか立ち上がろうとしたところへ、再び尾が振り下ろされた。今度は轟雷剣を握る右腕を狙われた。
「うぐっ!」
衝撃によって右腕がしびれ、ゼファリスを取り落としそうになる。
≪「やめてください、お願いします」と言えば、命だけは助けてやる……かもしれぬぞ?≫
ラストは邪悪な笑みを浮かべていた。殺そうと思えば、とうに私を殺せている。やつはわざと急所を外し、私が苦しむ姿を楽しんでいるのだ。
バシンッ!
次の一撃が脇腹を捉えた。
「がっ……!」
バシンッ!
さらに背中へ尾が振り下ろされ、私は再び地面へ叩きつけられる。
「うぐっ……!」
攻撃を受けるたびに、全身から力が抜けていく。
指先の感覚さえ薄れ、剣を握っていることすら困難になっていた。
≪なんじゃ、つまらんのう。泣き喚きもせぬか≫
私は立ち上がることができず、ついに地面へ倒れ込んだ。
≪ミカドレア王国騎士団長の実力も、この程度か。フフフ……妾はさらに人を喰らい、さらなる力を得るぞ。そして、この王国を恐怖と混乱へ陥れてくれる≫
ラストは赤い瞳を細め、愉快そうに笑う。
≪それこそが、妾の生きる意味じゃ≫
「……そんなこと、この私が……王立騎士団が許さん!」
私はゼファリスを地面へ突き立て、残された力を振り絞って立ち上がる。
≪許す許さぬを語れる状況か? 鏡で己の姿でも見たほうがよい。まるで、ぼろ雑巾のようじゃぞ? フフフ……≫
「笑っておけ……それに、お前は重要なことを忘れている」
≪ほう?≫
「この国の民を守っているのは、我々騎士団だけではない……」
≪一緒に来たS級冒険者に期待しておるのか? フハハハ! 無駄じゃ、無駄じゃ! あやつは今頃、ベムの旦那に斬り殺されておるわ!≫
「ベムというやつが、どこの馬の骨かは知らんが……」
私は血の混じった唾を地面へ吐き、ラストをにらみつける。
「あいつは……エドワードは負けない」
≪信頼というものか? 反吐が出るのう≫
「お前には一生理解できんだろうな」
≪まあよい。その信頼が絶望へ変わる瞬間を見届けてやろう!≫
ラストが巨体をひねり、尾を大きくしならせる。
次の瞬間、横なぎに振るわれた尻尾が私の身体を捉えた。
「ぐああっ!」
私は木々を何本も突き破り、森林の外まで吹き飛ばされた。
しばらく宙を飛んだ後、地面へ叩きつけられる。そのまま土の上を何度も転がり、ようやく止まった。
「ぐぅ……」
全身に力が入らない。
だが、ここには何か見覚えがあった。
顔を上げ、周囲を見渡す。
老人、大人、子供。さまざまな人々が、家々の間からこちらを見ている。その中には、見覚えのある姿もあった。
「ここは……フエル村か……!」
森林に隣接する小さな村。ラストの一撃によって、ここまで吹き飛ばされたのか。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
一人の幼い少女が、私のもとへ駆け寄ってきた。
この子は、小竜事件のときの……。
「……ああ。大丈夫だ」
私は少女を安心させるように答え、震える足へ力を入れる。
何とか立ち上がった、そのときだった。
バキッ! バキバキッ!
私が吹き飛ばされてきた方向から、草木がなぎ倒される音が近づいてくる。やがて音が止まり、木々の隙間から赤い双眼がこちらをのぞいた。純白の鱗をうねらせながら、巨大な蛇竜が村の前へ姿を現す。
≪フフフ……この村、人間がうじゃうじゃおるぞ。その血肉を喰らい、すべて妾の糧としてくれる≫
私は少女を背後へ下がらせ、ラストの前へ立つ。
≪騎士様は、もう戦えぬじゃろう? そこでじっくり休みながら、村人どもが喰われる様を眺めておれ。絶望を楽しむがよい≫
家柄だけが取り柄のお荷物。騎士団へ入隊して間もない頃、私はそう呼ばれていた。入隊してからの日々も、決して楽なものではなかった。高圧的な上官に、何度も尊厳を踏みにじられた。同期には何度も泥をかぶせられた。後輩からさえ、先輩と認めてもらえなかった。
それでも、剣を手放さなかった。
一人だけでもいい。人を守りなさい。
今は亡き父の、その教えを守るため。
民こそが国の未来だと語る、我が王に仕えるため。
血反吐を吐いた。
何度地面へ倒れても、そのたびに立ち上がった。
そうして今の地位まで上り詰めた。
その自負が、私にはある。
「……私は!」
私は村人たちの前へ進み出る。
震える足で大地を踏み締め、片手でゼファリスを構えた。
「私は、王より騎士団を預かり、民より命を託された者!」
ゼファリスの切っ先を、ナーガへ突きつける。
「第三騎士団団長――≪獅帝≫ジーク・ライオネル!」
声の限り、私は吠えた。
「ミカドレア王国の民には、指一本触れさせん!」
≪……ぬっ。まったく、気味の悪い人間よのう≫
ナーガが大きく口を開く。
≪ならば望みどおり、死ぬがよい――『カース……』≫
村人たちを背後にかばい、私はゼファリスを握り締める。足の震えは止まらない。魔力もほとんど残っていない。それでも、退くわけにはいかなかった。
その瞬間。
無数の紫色の魔力弾が空から降り注ぎ、ナーガの純白の巨体へ次々と命中した。
≪ぐっ……! なんじゃ!?≫
魔力弾が白い鱗の表面で炸裂し、ナーガの巨体を村の外へ押し戻す。私も驚き、魔力弾が降ってきた方向を見上げた。
空中に、白銀の魔導義鎧が浮かんでいた。ひどく傷つき、ところどころ装甲が砕けている。それでも、その白銀の姿が誰なのか、見間違えるはずがない。
「ボロボロだな、ジーク。ドラグ殿にお仕置きでもされたか?」
こんな状況だというのに、この男は……だが、その声を聞いた瞬間。
私の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。
「……遅いぞ、馬鹿者」
読んでいただき、ありがとうございます!第一章もいよいよ大詰めです。
明日も二話連続投稿します。
第九話は明日10/29(木)12:00、第十話は明日10/29(木)21:00に投稿予定です。




