第七話 ~ジークの覚悟・前編~
第八話は本日21:00に連続公開予定です。
私は迫り来る尻尾の一撃を、ゼファリスで受け止める。
ズンッ、と凄まじい衝撃が両腕を襲った。やはり重い。骨まで軋むような一撃に、私の両腕が悲鳴を上げる。
「ちっ……ドラグ!」
「〈燃え盛れ・渇望する狩人・叫ぶ炎・貫き焦がせ――熱牙焦槍〉」
ドラグが詠唱を終えると、その手に揺らめく炎で形成された槍が現れた。ドラグは半身を引き、炎槍を握った腕を大きく後ろへひねる。蛇竜の尻尾へ狙いを定めると、軸足で大地を踏み込み、腰の回転を乗せて炎槍を投擲した。
炎槍が空気をつんざき、蛇竜の尻尾へ突き刺さる。
「クルル……キアアアアッ!」
爆炎が弾け、蛇竜の力が一瞬だけ弱まった。
私はその隙を見逃さず、ゼファリスを振り抜いて尻尾を力任せに押し返す。すぐさまゼファリスを構え直し、蛇竜をにらみつけた。
「お前は私を怒らせた……『雷装』」
全身から赤雷が噴き上がった。
雷が筋肉を直接刺激し、普段以上の身体能力を強引に引き出していく。五感が研ぎ澄まされ、蛇竜のわずかな動きさえ鮮明に捉えられるようになる。
「ドラグ!」
「合わせますぞ!」
「よし!」
私は赤雷をまとい、蛇竜へ急接近する。
地面を蹴って高く跳び上がり、蛇竜の濁った瞳と正面から対峙した。
「『轟雷斬波』!」
ゼファリスを思い切り振り抜く。
剣先から放たれた荒れ狂う雷撃が、三日月状の斬撃となって蛇竜の頭部へ叩きつけられた。
「クルゥゥオオオッ!」
蛇竜の悲鳴が森に響く。
だが、それと同時に、勢いをつけた巨大な尻尾が私の背後から迫っていた。
「〈震えろ・むせび泣く姫・凍る大地・咲け、氷柱――氷姫蓮花〉」
ドラグの詠唱とともに、空中へ無数の氷晶が生まれた。
氷晶は花びらのように降り注ぎ、私へ迫っていた蛇竜の尻尾に次々と突き刺さる。そこから氷が急速に広がり、巨大な尻尾を瞬く間に氷漬けにした。
私はそのまま地面へ着地し、すぐに態勢を立て直す。
「……力は強大だが、動きは単純だな」
「ええ。しかし、長期戦は危ういでしょう。このまま押し切るべきですな」
「同感だ。畳みかけるぞ、ドラグ!」
「承知しましたぞ」
ドラグは倒れた騎士たちのもとへ駆け寄ると、杖を地面へ突き立てた。半透明の巨大な魔力障壁が展開され、負傷した騎士たちをドーム状に包み込む。
一方、蛇竜は動かなくなった尻尾へ頭を何度も叩きつけ、氷を砕こうとしていた。
すでに氷には無数の亀裂が走っている。
「ドラグ、もたせろ! あれを使う!」
「承知しましたぞ! 皆の者、私の周囲から離れてはなりません!」
私は両手でゼファリスを握り、刀身へ全魔力を集中させた。
薄く紅を帯びていた刀身が、次第に眩い金色へと変わっていく。周囲に無数の雷が弾け、その余波だけで大地が震え始める。
これが、今の私に放てる全身全霊の一撃。
この一撃で、やつを仕留める!
ナーガの尻尾を覆っていた氷が、音を立てて砕け散った。同時に、私はゼファリスを上段から一気に振り下ろす。
「『雷霆――!』」
剣先から無数の金色の雷が放たれた。
荒れ狂う雷撃が蛇竜の巨体へ殺到し、艶めく紫色の鱗を次々と貫いていく。
「クルゥゥアアアアッ!」
長くうねった身体を、金色の雷が駆け抜けた。
鱗が焼け焦げ、肉の焼ける臭いが周囲に漂う。蛇竜の巨体はしばらく痙攣した後、大きな音を立てて地面へ崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……」
途端に激しい立ち眩みに襲われ、私は倒れかける。
咄嗟にゼファリスを地面へ突き立て、どうにか身体を支えた。
魔力を消費しすぎたようだ。全身から力が抜け、呼吸をするたびに胸が痛む。
後ろを振り返る。
ドラグの張った魔力障壁は、ケラウノスの荒れ狂う雷を完全に防いでいた。その内側にいる騎士たちも無事だ。よかった。全員、生きている。
そう安堵した瞬間だった。
丸焦げになった蛇竜の身体が、わずかに動いた。
「ドラグ、後ろだ!」
「なに――」
雷霆を防いだことで弱っていた魔力障壁を、蛇竜の鋭く尖った尾の先端が突き破った。
そのままドラグの肩を貫く。
「ぐっ……!」
「ドラグ!」
尾が勢いよく振り抜かれ、ドラグの身体が遠方へ投げ飛ばされた。ドラグは木の幹へ激突し、そのまま地面へ崩れ落ちる。
「ドラグ! 返事をしろ!」
呼びかけても返事がない。ドラグは完全に意識を失っていた。
馬鹿な。
雷霆は確実に命中したはずだ。
私は前方へ視線を戻し、丸焦げになった蛇竜の巨体を確認する。
≪フフフ……憐れ、憐れよのう≫
「なに……?」
艶やかでありながら、聞くだけで不快感が湧き上がる声だった。
周囲から聞こえているのではない。まるで、脳へ直接響いているかのようだ。
≪妾を、あの程度で殺せるとでも思ったか?≫
パリ……パリパリッ。
丸焦げになったナーガの表面から、何かが割れる音が聞こえた。黒く焼け焦げた死体の背中に、一本の亀裂が走る。亀裂は首から胴体、そして尾の先端へと瞬く間に広がっていった。やがて焼けた外皮が左右へ割れ、その内側から純白の何かが、ぬるりと這い出してくる。汚れ一つない純白の鱗。血のように赤く染まった双眼。光を吸い込むような漆黒の牙。先ほどまでの蛇竜とは、まるで別の生物だった。いや、それだけではない。
「大きくなっている……?」
先ほどの二倍近くある。
純白の蛇竜が身体を大きく持ち上げ、私を見下ろした。
≪礼を言うぞ、人間。お前に脱皮を促されたおかげで、妾はまた一つ強くなれた≫
「フン。皮を一枚脱いだくらいで、何を得意げになっている?」
≪得意げにもなるわ。これほど力が湧いてくるとはな! 妾の名はラスト、お前ら人間を食い尽くす!≫
「お前などそこら辺の魔物と何ら変わらん」
脱皮によって、存在そのものが進化したというのか。
まさか、先ほどまでとは比べものにならない知性まで得たのか?
≪フフフ……強がりも大概にせよ。先ほどの攻撃が、貴様の全力だったのじゃろう? 立っているのもやっとに見えるぞ?≫
「ねちねちとうるさい! さっさとかかってこい!」
ゼファリスへ再び赤雷をまとわせ、私は吠える。
≪フハハハ! よかろう。命乞いはするでないぞ?≫
ラストが大きく口を開く。
その口内に、禍々しい紫色の液体が集まり始めた。粘ついた毒液のようなものが煮えたぎり、周囲の空気まで腐らせていく。
≪『腐瘴毒吹』≫
「雷域!」
ゼファリスを地面へ突き立てると、正面に赤雷の壁が出現した。
見ているだけで寒気を覚える紫色の奔流が、雷壁へ激突する。
「ぐっ……!」
腐瘴毒吹をせき止めていた赤雷が、接触した箇所から徐々に紫色へ染まっていく。雷壁の力が急速に弱まり、嫌な音を立て始めた。
腐食能力か!
このまま正面から受け続けるのはまずい!
「おおおおっ!」
私は両足で大地を踏み締め、残された力を振り絞ってゼファリスを横へ振り抜いた。
雷壁の角度が変わり、腐瘴毒吹の軌道が大きく横へそれる。紫色の奔流は森の一部を呑み込み、草木を瞬く間に腐らせた。
「はぁ……はぁ……」
≪あらあら。随分と息を切らしておるが、大丈夫かのう?≫
「黙れ……!」
私が態勢を立て直そうとした、その瞬間。
先ほどとは段違いの速度で、純白の尾が迫ってきた。
「なっ――」
防御が間に合わない。ラストの尾が脇腹へ直撃し、私の身体を上空へ吹き飛ばした。
読んでいただきありがとうございます!
前書きにも記しましたが、第八話は本日21:00に公開します。




