第三話 ~金色の獅帝~
私はジークに連れられ、村のはずれの方まで来ていた。
突然ジークが足を止める。
「ここだ」
そこには私が丸焼きにした小竜の死体があった。
『明らかに竜本来の魔力とは別種の魔力反応が混じっていますね』
もう解析を終えたのか、ミラがそう告げる。近づいてみると、目に見える多くの鱗は黒光魔閃にて焼かれて真っ黒になっていた。だが、なかには明らかに焦げた黒とは違う、どす黒い、少し紫が混じったような黒い鱗もあった。ジークがさっき持っていたのはこれか。
「気づいたようだな。この小竜はどうやら何かしらの侵食を受けている。ヴァルカン、お前はこいつをどう見る?」
ジークに問われる。
「ふむ……結論から言うと、ミカドレア王国周辺に放っておけない怪物がいる可能性が高い」
「ほう。なぜ?」
「まず、小竜がこんなところにいるのがおかしいとは思わないか?」
ここフエル村は、ミカドレア王国の最南端に位置し、周囲を森林に囲まれている。一方、小竜の主な生息地はここより東にある。王国の最東端とまではいかないが、少なくともこんな南方まで出てくる魔物ではない。
「竜は魔物の中でも縄張り意識が高い。こんなところにいるとすれば、まず考えられるのは、繁殖期にもかかわらず東部で獲物が取れなくなり、雄が縄張りを離れてここまで流れてきた可能性だが……」
「さすがにこの個体は幼体すぎる、それはあり得んだろうな」
「そうだ。そして、考えられる二つ目は……何者かに追い出され、ここまで来た……しかも、そいつは何らかの侵食能力を持つ」
「そう考えるのが自然だろうな」
なんだ、やけに素直に私の考察を受け入れるな。
「そう考えると、私の魔力探知に突然でかめの魔力反応が引っかかったのも、この小竜の鱗に不自然な腐食痕があるのも納得できる」
「私も同じ考えだ」
「君も小竜は追い出されてここまでやってきたと? どうやってその結論を導いたんだ?」
単純に気になったので聞いてみる。
「勘だ」
「……そうか」
こいつに理論的な説明を期待した私がおかしかったのだ。
だが、ジークの勘は妙なところで外れない。
「とにかく、そうなると、この小竜よりも強い魔物かなにかが東側、あるいはもう拠点を移動してほかのどこかに潜んでいる可能性がある。……この近くかもしれないしな」
「王宮に知らせて警戒令を敷いてもらった方がいいかもしれん。竜種の鱗を侵食するほどの能力……危険すぎる。ヴァルカン、お前は冒険者ギルドに連絡だ」
「君との会話中にもう済ませた。それより、この鱗を採取して、侵食能力を解析する。構わんな?」
「ふん。仕事だけは早いな。鱗は勝手に持っていけ、必ず役立てろ」
「当たり前だ」
そんな会話をしていると、騎士が一人走ってきた。
「団長! ヴァルカン殿! 至急報告したいことが!」
「なんだ?」
ジークが問う。
「村のはずれの湿地で異変が……」
私とジークは顔を見合わせ、それ以上の説明を待たずに騎士の案内で湿地へ急いだ。
「ここです」
村からはかなり離れた位置に来たが……案内された湿地は、ひどく濁っていた。
悪臭も立ち込めていて、色は紫に染まっている。
「なんだこれは……?」
ジークが鼻を抑えながら言う。
『先ほどの小竜の鱗と同じ侵食反応を検知しました。ですが、濃度が桁違いです』
「ミラ、濃度が桁違いなのは言わなくてもわかる。私は吐きそうだ」
本当に臭い。最悪だ。悪い予感が当たった。おそらく侵食の主は、小竜の元の縄張りから勢力を広げ、この近くまで移動してきているのだろう。
この湿地をこのまま放っておけば、村の方にまで侵食が進む可能性もある。
「かなりまずい状況だな。侵食の主を早く倒さなければ……」
ジークが苦虫を嚙み潰したかのような顔で言う。
『先生、周囲に鱗と同じ魔力を持つ複数の敵性個体を検知しました』
「なに……?」
私はすぐに警戒態勢に入る。
ジークも感づいたのか、剣に手をかける。
「貴様も気づいたか……どうやら囲まれているようだな」
「ああ、これは骨が折れそうだ……銀の星展開」
「貴様は下がっていろ……さあ、暴れるぞ! ゼファリス!」
この女、自分が暴れれなかったからと……
まあいい。私は後方で騎士を守りながら、魔物たちの侵食状態を観察することにした。ジークの攻撃に対する反応も、今後の対策を考える上では有用な資料になる。
怒らせると面倒だしな。
ジークが腰の剣を引き抜く。
鞘から現れた白銀に淡い紅を帯びた刀身に、赤い雷が絡みついた。
≪轟雷剣≫ゼファリス。
かつて私とジークが討ち取った雷轟竜ゼファー。その角と蓄雷器官を素材に、私がやつに造ってやった剣だ。
その刀身には目立った曇り一つない。
どうやら手入れだけは欠かしていないらしい。
そして、抜刀が合図かのように周囲にいた魔物もこちらに向かって飛び出してきた。
「『雷域』!」
ジークがゼファリスを地面へ突き立てる。
私は即座に連環魔壁を展開し、ここまでの案内をしてくれた騎士を守る。
刀身から放たれた赤雷が湿地を走り、彼女を中心とした半径十メートルを覆った。
水分を多く含んだ地面が雷を伝え、飛び込んできた魔物たちの全身を貫く。魔物たちは筋肉を硬直させ、その場で動きを止めた。
雷属性の魔力は、使い手によって色合いが異なる。ジークの雷は本来青白いが、ゼファリスを使用すると、赤く変質する。その剣の生前を思い出させるように。
「『連鎖雷牙』!」
ジークは動きを止めたゴブリンを斬り抜く。傷口へ流し込まれた赤雷は、隣の魔物へ飛び移り、さらにその先へと連鎖していく。赤い稲妻が魔物たちを一本の線で結び、立て続けに焼き払った。
魔物たちはすべて黒焦げになる。否、すべてではなかった。豚に似た顔と、人型の巨体を持つ魔物が生き残っていた。――豚男だ。
かなり体が変色して紫色になっている。通常は少しピンクがかった茶色のはずだ。
さらに通常個体と比べて、かなり大きい。
侵食がすすんで、何かしらの進化を果たしたのか?
私がそう疑問に思っていると、
「ふん、その厚い脂肪で我が雷撃を耐えたか、いいだろう!」
まずい予感がする。
「お前には特大を食らわせてやる。集え、雷!」
ジークがゼファリスを天へ掲げた。刀身を包んでいた赤雷が上空へ昇り、急速に集まり始めた黒雲の中で渦を巻く。
『先生、あれはまずいんじゃ……』
「ああ、まずい。おい、じゃじゃ馬! やりすぎるな、そいつは貴重な研究対象だぞ!」
私の制止など最初から聞こえていないらしい。
ジークは満面の笑みを浮かべ、オークへ剣先を振り下ろした。
「『天雷墜撃』!」
天地を揺るがす轟音とともに、赤い雷柱がオークへ叩きつけられた。
「グ、ウォォォォッ!」
オークは両腕を掲げ、必死に落雷へ耐えようとする。しかし、雷柱は途切れない。巨体を支えていた脚が震え、やがて膝から崩れ落ちた。
「はぁ……」
私は頭を抱えながらオークのもとに急ぎ、生命反応と侵食状態を確認した。しかし、期待するまでもなかった。オークは見るも無残な姿になっていた。
後ろを振り返るとジークは満面の笑みだ。
「おい! ジーク! 見ろ、貴重なサンプルがこのありさまだ」
「何を言っている? サンプルなどほかにもそこら辺にいるだろう?」
確かに周りには連鎖雷牙で倒されたゴブリンやスライムなどが倒れていた。
だが、そういうことではない。
「……君の馬鹿さ加減にはあきれるよ、このオークは明らかに侵食が今までの魔物と違う段階まで進んでいた。こいつを調べれば、侵食による変異過程を最も効率よく解析できたはずだ」
「む。そ、それはすまん」
ジークが反省した顔をして、目を合わせようとしない。
くそっ、苦手なんだ、こういう顔をされるのは……それに、こいつに悲痛な顔は似合わない。
「まあいい。オーク以外にもこれだけサンプルがあれば、問題はない」
「だ、大丈夫……なのか?」
紺碧の瞳に見上げられる。
「私を誰だと思っている? このエドワードに不可能はない」
「そ、そうだな! お前にはこれくらいやってもらわねば困るからな!」
まったく、調子のいいやつだ。
「では、私は一度研究所に戻り、この魔物たちの死骸から解析を進める。ミラ、ヘラクレスの修理も行う、準備をしておけ」
『了解です。先生』
「わかった。それではお前が解析を進めている間に、この村周辺の警備は私たち第三騎士団が請け負おう」
そう言って、ジークは任せておけ!と言わんばかりにいつもの真剣な表情に戻る。
頼もしい顔もできるじゃないか。
「任せる。何かあればすぐに連絡しろ」
そう言って私は銀の星を展開し、魔物の死骸とともに遥か上空へ飛び立った。
♢♢♢
同じ頃、湿地よりさらに東の森。
ゴキッ。
硬い何かが砕ける音が、薄暗い木々の間に響いた。
ぐちゃり、ぐちゃり。紫色に光る鱗をうねらせながら、巨大な何かが獲物を貪っていた。
「クルルルル……」
低い唸り声が漏れる。やがてその何かは食事をやめ、ゆっくりと鎌首をもたげた。木々の隙間、その遥か先にあるフエル村へ、濁った瞳を向ける。巨体が動くたび、触れた草木が紫色に変色し、音もなく崩れ落ちていった。
災厄はすでに、動き始めていた――
第四話は明日10/26(月)21:00投稿予定です。




