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マギテック ~地球の天才科学者、異世界へ行き最強S級冒険者になる~  作者: 痺れるたんたんめん
第一章 ―鋼喰らいの蛇―
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閑話 ~ジークの恩返し・蛇足編➀~

長くなってしまいました…

 翌日。

 研究所へ戻った私は、昨日購入した青い魔石を机の上に置き、眺めていた。

 魔石の表面には目立った傷や濁りもなく、内部の魔力にも大きな揺らぎはない。店頭で確認したとおり、品質はかなり良好だ。これなら既存の通信装置よりも遠距離まで、確実に音声を届けられるかもしれない。

 ただし、そのためには術式の構成を一から見直す必要がある。

 どの回路へ接続すれば効率よく魔力を引き出せるかと考えていると、不意に指先が頬へ伸びた。

 昨夜、ジークの唇が触れた場所だった。


「……社交辞令、か」


 この国の貴族社会では、親しい者同士であのような挨拶を交わすこともあるのだろう。私はその手の慣習に詳しくないため、多少驚いただけだ。胸の鼓動が速くなったことについても、予想外の行動に身体が反応したにすぎない。

 そう結論づけ、再び魔石へ意識を戻そうとした。


「先生、さっきから何をしているんですか?」


 背後から声が聞こえ、私は頬に触れていた手を素早く下ろした。振り返ると、ミラが不思議そうな顔でこちらを見ている。


「何もしていないが」

「頬を触りながら、ぼうっとしていましたよ」

「気のせいだ」

「先生が研究中にぼうっとするなんて、珍しいですね」


 ミラはそう言いながら、露骨にこちらの顔をのぞき込んできた。

 その手には作業用の工具が握られている。どうやら、先に蛇竜の鱗を使った装甲材の試作を進めていたらしい。


「昨日、ジークさんと何かあったんですか?」

「なぜそうなる?」

「帰ってきてから、少し様子がおかしいからです」

「私の様子はいつもどおりだ」

「そうですか?」


 ミラは疑わしそうに目を細めたが、それ以上追及することなく、机の上に置かれた青い魔石へ視線を移した。


「これが昨日買ってきた魔石ですか?」

「ああ。通信システムの不具合に使えるかと思ってな」

「ちょっと見せてください」


 魔石を手渡すと、ミラは光に透かしながら内部の状態を確認した。続いて、作業台の端に置かれていた魔力測定器へ魔石を載せる。装置の針が小刻みに動き、内包する魔力量や波長を順番に示していった。


「かなり品質がいいですね。これなら通信機の中核に使えそうです」

「そうか。それはよかった」

「安定性も十分です。加工次第では、今までより小型化できるかもしれませんね」



 ミラは測定結果を紙に書き留めながら、何気ない口調で尋ねてきた。


「それで、昨日はどうでした?」

「何がだ?」

「ジークさんとのお出かけですよ」

「楽しかったぞ。魔石店へ行ったあと、屋台で食事を取り、魔道具博物館を見学した。そのあと、丘の上から王都の夜景を見た」

「……完全にデートじゃないですか」

「デート?」


 何を言っているのだろうか。

 昨日の外出は、蛇竜との戦いで助けたことに対するジークなりの礼だ。本人もそう説明していた。そこに、それ以外の意味があるはずもない。


「恩返しだぞ。ドラグ殿が、礼をするのは当然だと教えたらしい」

「ドラグさんは、ずいぶん良い仕事をしましたね」

「何の話だ?」

「こちらの話です。それで、ほかには何もなかったんですか?」

「ほか?」


 ミラは測定結果を書き込む手を止め、こちらへ顔を向けた。


「ジークさんが、いつもと違う様子だったとか」


 言われてみれば、普段とは異なる点がいくつかあった。

 かなり高そうな黒いドレスを着ていた。金色の髪も、わざわざ団子状に結い上げている。魔石店では私の代わりに代金を払い、同じ青い魔石を大切そうに持ち帰った。ホットドッグのソースを拭った際には、なぜか顔を赤くしていた。

 そして、別れ際には――。


「まあ、最後に頬へ口づけられたくらいだな」


 ガシャン、と金属のぶつかる音が研究所内に響いた。

 見ると、ミラが持っていた工具を床へ落としていた。


「……今、何と言いました?」

「頬へ口づけられたと言った」

「ジークさんに?」

「ほかに誰がいるんだ?」

「先生は、それを今まで黙っていたんですか!?」


 ミラの声が、研究所中へ響き渡った。

 その声に反応し、天井から伸びていたムラクモの機械腕が動きを止める。


『何事でござるか、お嬢』

「ムラクモ、聞いてください。先生、昨日の帰りにジークさんから頬へ口づけされたらしいんです」

『なんと』


 なぜ、そのような大事件が起きたような反応をするのだろうか。


「本人は社交辞令だと言っていた。貴族同士では、よくあることなのだろう?」

「誰にでもするわけないじゃないですか!」

「そうなのか?」

「そうです!」


 ミラは即答した。

 彼女に貴族社会の経験があるとも思えないが、少なくとも私よりは世間一般の人間関係に詳しい。まったく根拠のない発言ではないのだろう。

 とはいえ、ジーク本人が社交辞令だと言っていたのだ。それをわざわざ疑う必要もない。


「なら、ジークが貴族の慣習を勘違いしている可能性もあるな」

「どうして先生は、そういう方向にだけ頭が回るんですか?」

『大殿は研究に関しては聡明なれど、男女の機微にはいささか疎いようでござる』

「ムラクモまで何を言い出す」

『拙者、事実を申し上げたまで』

「お前に男女の機微が分かるのか?」

『恋愛に関する書物や記録も、多少は収集しておりますゆえ』

「どこから収集した?」

『企業秘密にござる』

「お前は企業ではないだろう」


 ムラクモは答える代わりに、機械腕を器用に折り曲げ、視線をそらすような動作を見せた。

 そのような挙動を、いったいどこで覚えてくるのだろうか。


「ともかく、昨日の話はいったん置いておきましょう」


 ミラは床に落とした工具を拾うと、改めて青い魔石へ向き直った。ただし、その表情には先ほどまでとは異なる、妙に楽しそうな笑みが浮かんでいる。

 嫌な予感がする。


「先生。昨日、ジークさんが一日かけてお礼をしてくれたんですよね?」

「ああ」

「それなら今度は、先生が直接会いに行って、昨日のお礼を伝えるべきだと思います」

「礼なら昨日伝えたぞ」

「そうではなくて、先生もジークさんをどこかへ誘うんです」

「なぜ?」


 ミラが深いため息をついた。


『ミラ殿』

「何、ムラクモ?」

『大殿に遠回しな説明は通じませぬ。ここは明確に、“もう一度ジーク殿と出かけるべき”とお伝えするのがよいかと』

「なるほど。さすがムラクモ」

「お前たち、私を何だと思っているんだ?」

『研究以外では察しの悪い御仁にござる』

「少しは否定してくださいよ、先生」


 否定しようとして、私は言葉を止めた。

 昨日一日をかけて、ジークは私を楽しませようとしてくれた。

 魔石店では、私が必要としていた魔石を見つけてくれた。屋台では、ドラグ殿から評判を聞いていた料理を紹介してくれた。魔道具博物館では、本人にそれほど興味がなかったにもかかわらず、私の話を真剣に聞いていた。

 そして最後には、王都の夜景を見せてくれた。

 ジークは私が喜びそうなものを考え、あの日の予定を組んだのだろう。本人が気にする必要はないと言っても、そこまでしてもらった以上、何も返さないというのも落ち着かない。


「……確かに、私も何か礼をするべきか」

「そうです。その意気ですよ、先生!」

「しかし、ジークは何をすれば喜ぶんだ?」


 ミラの顔が、目に見えて明るくなった。


「それを先生が考えるんです」

「見当もつかないから聞いているんだが」

「昨日、ジークさんが何を見て喜んでいたか、思い出してみてください」


 何を見て喜んでいたか。

 最初に思い浮かんだのは、ホットドッグを頬張りながら目を輝かせる姿だった。あの様子を見る限り、少なくとも食べ物には満足していたらしい。

 次に浮かんだのは、魔石店で同じ青い魔石を受け取ったときの表情だ。ジークは魔石そのものを必要としていたわけではない。それでも、あのときは確かにうれしそうだった。

 魔道具博物館では、展示品よりも私の話に耳を傾けていた。丘からの夜景を見ていたときも、自分が景色を楽しむというより、私の反応を気にしているように見えた。

 そう考えると、昨日のジークは自分のために何かを選んでいたわけではない。


「……やはり、分からんな」

「先生」

「何だ?」

「ジークさんは、先生と一緒に過ごせたこと自体がうれしかったんじゃないですか?」


 予想していなかった言葉に、私は思わず黙り込んだ。

 私と一緒に過ごすことが、うれしかった。

 その可能性を考えた瞬間、昨夜と同じように胸の奥がわずかに騒がしくなった。


「なぜ、そうなる?」

「そうでなければ、興味のなかった魔道具博物館へ行ったり、一日中先生の好きそうな場所を回ったりしませんよ」

「恩返しだったからだろう」

「では、恩返しが終わったあとに口づけしたのは?」

「……社交辞令だ」

「まだ言いますか」


 ミラは呆れたように言いながらも、その顔には笑みを浮かべていた。


『大殿。難しく考える必要はありませぬ』

「先生、ジークさんの行きたい場所へ一緒に行けばいいんじゃないですか?」

「ジークの行きたい場所か……」


 昨日の会話や行動を思い返してみるが、やはり自分の望みらしいものは、ほとんど口にしていない。

 無理にこちらで決めるより、本人に尋ねた方が確実だろう。


「分かった。明日にでも手紙を書こう」

「今日じゃないんですか?」

「ジークがせっかく魔石を手に入れる機会を設けてくれたんだ。先に通信機の適合設計を進めておきたい。一日あれば完成する」

「こういうときだけ仕事が早いですね」

「こういうとき、とは?」

「何でもありません」


 ミラは楽しそうに答えると、机の引き出しから新しい紙を取り出した。

 私たちはそのまま、通信機の設計へ取りかかった。


 私がそう答えると、ミラは何も言わず、ムラクモの機械腕へ視線を送った。ムラクモも心得たように関節部を一度だけ曲げる。

 どうやら、二人の間だけで何かが通じているらしい。

 まったく、失礼な弟子と機械腕だ。

読んでいただき、ありがとうございます。

「ジークの恩返し」蛇足編②は明日11/3(火)21:00公開予定です。

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