幕間 ~ジークの恩返し・後編~
ジークに連れられ、博物館に入ると、まず目に飛び込んできたのは、ひとりでに火を噴くラッパだった。その隣には、奇妙な臭いを放つ帽子や、触れたものから水を生み出す手袋、一定時間だけ使用者の姿を半透明にする外套など、さまざまな時代の魔道具が展示されている。
私は思わず目を輝かせ、目についたものから順に構造を観察していった。どのような術式によって動作しているのか、材料は何か、どのような用途を想定して作られたものなのか。考え始めると興味は尽きない。
そんな私の様子を見ていたジークが、不思議そうに尋ねた。
「お前から見て、魔道具とはどのようなものなんだ?」
「どのようなもの、とは?」
「正直に言えば、私には魔道具の良さがいまひとつ分からん。便利なものだとは理解しているが、お前ほど夢中になる理由が分からない」
私はすぐには答えず、周囲に並ぶ魔道具を見渡した。どれも異なる外見を持ち、異なる時代に、異なる目的のために作られている。
「願い、だろうな」
「願い?」
「魔道具には、それを作った者たちの願いが込められている。遠くへ行きたい、空を飛びたい、大切な者を守りたい、日々の暮らしを少しでも豊かにしたい。そうした願いを形にしたものが、魔道具なのだと私は思っている」
私は、展示されていた古びた魔導灯へ目を向けた。今となっては珍しくもない道具だが、これが初めて作られた時代には、夜の闇を照らす光そのものが、誰かにとってかけがえのないものだったはずだ。
「さまざまな時代を生きた、顔も知らない人々の思いに触れられる。それが私は好きなんだ。昔は魔道具とは違うものを作っていたが、根本にあるものは同じだった。魔術もまた同じだ。人が願いを形にして、一つのものを完成させる。美しいとは思わないか?」
ジークはすぐには答えなかった。改めて展示物を見回し、私の言葉の意味を確かめるように目を細めてから、静かにうなずく。
「そうか……少し、分かった気がする」
館内をさらに進んでいくと、一つの見覚えのある魔道具が目に入った。
『空を飛ぶ箒』
これはミラが初めて魔道具コンテストに出品し、銀賞を受賞したときの作品だ。忘れていたが、その原典はこの博物館に展示されていたのだった。
「これは、ミラが作ったものか?」
ジークが、作品名と製作者名の刻まれた銘板を見ながら尋ねてきた。
「ああ。魔導工学を教え始めてから、わずか三か月でこれを作った」
「三か月で?」
「そうだ。あの子には才能がある。それに、思いやりもある」
ミラはただ高性能な魔道具を作ったのではない。誰にでも扱えるよう安全装置を何重にも組み込み、搭乗者が落下しないよう姿勢制御機構にも工夫を凝らしていた。技術だけではなく、それを使う者について考えられることこそ、あの子の強さなのだ。
ミカドレア王国空制法等の理由で量産はされなかったが。
「優秀な弟子を持っていて、羨ましい限りだ」
「君も弟子を取ればいい」
「私にものを教えるのは向いていない」
「私も同じさ」
私がそう答えると、ジークは意外そうにこちらを見た。
「先生と呼ばれているではないか」
「本当に学びたい者というのは、こちらが何も言わなくても勝手にいろいろと吸収していくものだ。指導力など、案外そこまで重要ではない。大切なのは、師弟が互いを尊重し合えるかどうかだ」
私がミラへ何かを教えることもあれば、ミラの発想から私が教えられることもある。師弟とは、どちらかが一方的に何かを与え続ける関係ではない。
「尊重し合える相手なら、そのうち自然と師弟らしくなっていく。最初から完璧な師である必要はないさ」
「なるほどな……少し、考えてみる」
ジークはもう一度、ミラの作品へ目を向けた。先ほどまで魔道具の良さが分からないと言っていた彼女の瞳には、わずかながら興味の色が浮かんでいた。
博物館を出ると、外はすでに暗くなり始めていた。どうやら、展示物を見ることに熱中しすぎてしまったらしい。
「もう夜か。そろそろ帰るか?」
「……もう一つ、寄りたい場所がある」
「構わんが、どこへ行くつもりだ?」
「着いてからのお楽しみだ」
ジークはそれだけ言うと、先に歩き始めた。
城下町を抜け、並んでいる家々を通り過ぎていく。どこまで行くつもりなのかと疑問に思いながらあとを追っていると、やがて私たちは王都外れにある丘へたどり着いた。
緩やかな坂を登り、丘の頂へ出た瞬間、視界の先に無数の光が広がった。
夜の王都に灯された家々の明かりが、遠くから眺めることで、まるで地上に落ちた星のように見えている。
「どうだ? なかなか綺麗だろう?」
ジークは夜風に揺れる前髪を押さえながら、眼下の王都を指し示した。
「夜にこの丘を登ると、明かりを灯した家々が、まるで星のように見えるんだ」
「ああ。これは、すごいな……」
研究所に閉じこもっているだけでは、決して見ることのできない景色だ。しばらく言葉を失って眺めていると、ジークが意外そうにこちらを見た。
「お前も、こういう景色が好きなのか?」
私は眼下に並ぶ光を見つめた。あの一粒一粒の下で人が暮らし、笑ったり、泣いたり、明日を迎えるために働いたりしている。
「あの光の一つ一つに、人々の暮らしがある。嫌いじゃないよ、こういうものは」
「そうか」
ジークはどこか安心したように微笑んだ。それから再び王都へ顔を向け、しばらく夜景を眺めていたが、やがて意を決したように私を呼ぶ。
「エドワード」
「なんだ?」
「今日は……どうだった?」
「楽しかったよ。純粋にな」
私がそう答えると、ジークの肩からわずかに力が抜けた。
「それなら、よかった。それと、エドワード。この前は……その……ありがとう」
「蛇竜との戦いのときのことか?」
「ああ。お前のおかげで、私は命を救われた」
そこで私は、ようやく今日一日の違和感に思い至った。魔石店も、屋台も、魔道具博物館も、おそらくジーク自身が行きたかった場所ではない。どれも私が喜びそうな場所だった。
「……もしかして、今日の予定は全部、私のために考えたのか?」
「そ、そうだ! 何か悪いか!?」
ジークは怒ったように声を上げたが、その視線は私から逃げるように夜景へ向けられている。
「礼というわけか。助けたことくらい、気にする必要はなかったのに」
「ドラグが、こういうときに礼をするのは当たり前だと言っていたぞ!」
ドラグ殿は真面目すぎる。
だが、ジーク自身が私のために一生懸命考えてくれたことは分かる。これまでほとんど知らなかったであろう場所を調べ、私が喜びそうなものを探して、一つずつ予定に組み込んでくれたのだ。
その不器用な気遣いに気づくと、胸の奥に温かなものが広がった。
「ありがとう。今日のことは、心に刻んでおく」
ジークは驚いたように目を見開いたあと、満面の笑みを浮かべた。
「ああ!」
私たちは丘を下り、再び城下町へ戻っていった。
元の世界にいた頃、私は個人の力をひたすら磨き上げることだけが正しいと思っていた。だが、この世界へ来て、ミラやドラグ殿をはじめとする多くの者たちと出会い、その考えは少しずつ変わった。
仲間と切磋琢磨することの大切さや、互いに力を合わせることで、一人ではたどり着けない場所へ進める面白さ。それを教えてくれた者たちのなかには、当然ジークも含まれている。
いつかこいつとも、初めから互いを信じ、力を合わせて何かを成し遂げてみるのもいいかもな。
そんなことを考えているうちに、私たちは最初の集合場所である角麒麟の像まで戻ってきていた。どうやら、ここで別れることになるらしい。
「じゃあな、ジーク。あまりドラグ殿を困らせるなよ?」
「ぁ、ああ……」
返事の歯切れが妙に悪い。ジークは顔を伏せており、わずかに見える耳が赤くなっていた。
どうした? 心ここにあらずといった様子だが。
声をかけようとした、そのときだった。
ジークが決意したように顔を上げ、ずんずんとこちらへ近づいてくる。柑橘の香りが急に強くなり、視界いっぱいに艶やかな金色の髪が広がったかと思うと、頬に柔らかな唇が触れた。
あまりにも一瞬のことで、何が起きたのか理解できなかった。
私が呆然としている間に、ジークはさっと身を離した。その顔は赤く染まり、私から逃げるように横を向いている。
「……しゃ、社交辞令というやつだ」
「……そ、そうか」
なるほど、社交辞令か。この世界の貴族社会では、これくらいは普通なのだろう。それならば仕方がない。仕方がないはずなのだが、胸の奥では心臓が妙に大きな音を立てている。
「……じゃあな」
ジークはぷいっとそっぽを向き、そのまま足早に歩き出した。
「ああ。またな、ジーク」
私も自分の帰路へつこうとしたが、数歩進んだところで、ふとポケットの中に手を入れた。指先に触れたのは、昼間に購入した青い魔石だ。
取り出してみると、魔石は夜の闇の中で淡い光を放っていた。今頃、ジークもこれと同じものを持っているのだろうか。
そんなことを考えながら振り返る。
遠ざかっていくジークの後ろ姿から、その表情をうかがうことはできない。
それでもなぜか、彼女が笑っているように見えた――。
読んでいただき、ありがとうございます!
こういうのは初めて書きましたが、書いてみると意外と楽しいもんですね。
ジークの恩返しはここで終了……なのですが、ちょっと続きも書いてみました。
明日11/2(月)21:00、「ジークの恩返し」蛇足編➀更新予定です。(長くなったので➀、②に分けました)
名前にもある通り、蛇足編なので、後日談みたいなのが好きじゃない方は読み飛ばしてください。(本編には影響ありません、多分)




